FEATHER

「S」

第一章5  『光』

「はぁ…はぁ…」

息を切らし佇むフェザー。
広げていた片翼は、萎らしく折りたたみ、淡い光の塵となって消えていく。

土煙が舞う中で、腹部に空いた風穴、垂れ零れる血痕を手に、その痛みに耐えながらも崩れそうになる身体を意志だけで支え、目は相手から離さなかった。


――何故なら、


「おっほ…おっほ…」

視界を阻む煙の中に、倒したはずの相手の影があったから。

「なぜ、まだ立っている……」

息をするだけでも苦しいのに、声を出すとより一層傷に障る。
それほどまでに、信じ難い光景だった。

並の人間なら死んでいるはずの混合魔法。
それなのに何故、あいつは立っているのか。

けれど、その答えは明白で。

「間一髪、だな……」

ギリギリの采配だとでもいうように、冷や汗を垂らしながら彼は言う。


霧が晴れるように舞う砂煙が収まる頃、目の前に広がっていたのは、何枚にも展開された透明な球体を描く壁が張られていた――。





「正直、やったことなかったけどな」

フェザーによる魔法が目の前まで迫ってくる中、脳は考えることをやめなかった。

残り僅かの魔力量で何ができるか。
防ぐと考えた時に頭に浮かんだのは、とっさの防御魔法で。

「できてよかった……」

不安と安堵。
実戦にて成功するとは、どれだけの幸運か。

「名付けて……《インビジブル・シールド》ってところか」

無色透明の半球壁。
微量の魔力を繋ぎ構成された魔法。

とっさに作ったもの故に、雑な作りとなっているが、5枚ほど展開して何とか防ぐことができた未完成技。
習ったこともないことを自らの手で作り出したのだから、我ながら凄いと思う。

「そんじゃ、そろそろ……」

「……っ」

フェザーの表情。
その驚愕した顔に含み笑いを浮かべて、彼女の作戦を思い出す。

「お前を、封印する」

目を凝らし、空気中にある光粒子を確認する。
先ほどの魔法でさらに数を増やしていることに気づくと、目の前にいる敵の憎悪もさらに増していた。

「俺を、封印するだと?」

「ああ」

「戯言を」

変色する瞳。
黒眼と金眼が対峙し、互いの背に広げられるは黒い翼と白い片翼で。

舞い散る羽。
漆黒を纏いし彼と同等の白翼を羽ばたかせていることに複雑な感情が渦を巻く。

自分の中に彼女がいる。
人間離れした治癒力と、あるはずのない魔力量。

それはもう、フェザーの象徴でしかない。


つまり、俺は――、


――俺は、フェザーだ。


もう人間なんかじゃ、いられないんだ。

「行くぞ」

白い片翼を背に生やし、向かってくる敵を威嚇する。
が、相手は翼を使って獰猛果敢に攻めてくる。

「《ダーク・ストーム》!!」

低空飛行で接近しながらの空中技。
何枚もの黒羽が嵐の咆哮のように身を襲う。
けれどこちらにも同等の白翼があるため、平然と薙ぎ払う。

「《シャドウ・ミスト》!」

それに気を取られていたせいか、彼の口から黒い霧が発生させられ、視界を奪われる。

広範囲の闇魔法。
これではどこから来るのかわからない。
この金眼を頼っても、何も見つけられない。

「《ファントム・ブレイク》……」

一瞬、闇の中からか細くも声が聞こえ、背後からの不意打ちを防ぐ。
運良くも白翼にぶつかり、こちらも反撃しようとするが、相手はすぐさま闇へと消えてしまう。


――さっきの音……。


気づいたことに、先ほどの攻撃を防いだ瞬間に鳴り響いたのは鉄の音で。
それは剣を交えた時に鳴る音と似ていた。

「……」

それ故、冷や汗が頬を伝う。

どこから来るかもわからない敵。こちらは武器がないというのに。
魔力も空欠で。


策があるとすれば――、


「……っ!」

不幸中の幸いにも手に入れた翼で、霧を掃い、相手の驚く顔を眺めて追撃を防ぐことくらいだった。


――あれか。


見つけた矢先、彼の手に持っている剣に目が行く。

それは羽を集めて固めたような一本で。
彼が油断している間にそれをへし折る。

と同時に、彼の胸倉に一発ぶちかます。

「ぐはっ……」

吹き飛ばされ、床に倒れ込むフェザー。

未だに腹部の傷口から血を垂らし続けながら、歯を食いしばって起き上がろうとする彼の生命力に驚嘆する。
その光景を目に、ゆっくりと瞳を閉じ、左手を指し出す。

脳裏に浮かぶは、先ほどあった彼女とのやり取りで。


『いい?よく聞いて』

突如として切り出される会話。
情けない面を見せ、目の前にはその元凶が覚醒している。
若干の焦りと戸惑いを押し殺し、打開策もないため彼女の指示が唯一の頼りで。

『……羽亮はもう、人間じゃない』

聞き耳を立ててみれば、今更の発言で。


――だろうな……。


わかっていたことだった。
だから、慌てることもなかった。


あの時――、


魅剣羽亮は今日、死んだはずだった。
でも、生きていた。

死に際に見た彼女は迎えに来たのではなく、助けてくれたおせっかいな天使。

とても優しい女の子。
投げ掛けられる言葉一つ一つに魅了され、その笑顔に心奪われた。

そして今日、そんな彼女に二度、命を紡がれた。

一度目は今朝。二度目は先ほど。
どちらも死んでいるはずの出来事で、生きている現状がおかしな話で。

一度目の時点で、一つの仮説に至っていた。

迎えに来てくれた天使。
彼女が自分を救うために自ら犠牲になったのだと。

自分の中に彼女がいることが、不死身並みの生命力が、フェザーの大々的な特徴で、何よりの証拠だったから。

だから気づくことができた。
自分はもう、人間ではないのだと。

『そして、羽亮の中には私がいる』


――そうだな。


時間を忘れさせるような感覚。心の中での会話。
とても暖かな光に抱かれながら、確認するような言い草に生返事する。

『つまり……』

目の前に広がる心象風景。
そこに立つは白天の彼女で。
振り返り気味に見せるは、見覚えのある苦笑で。

『羽亮は、フェザーなんだよ』

その言葉が、確信へと変えた。


――そうか……。


やっと、納得がいった。
あの時、彼女が言った『ごめんね』の意味、その理由が。


――これで、条件は五分と五分、か。


『え……?』


――まさか、自分がフェザーになるとは、思いもしなかったな……。


『羽亮?』

キョトンとしている彼女。
心と外の風景を目に、活路が見えてくる。


――なぁ、


『何?』


――名前、教えてくれないか。


『急にどうしたの?』


――一緒にいるのに、名前がないと不便だろ。


『……ないよ、そんなもの。しいて言うなら、天使のように可愛い天使ちゃんだってこと』


――なんだよそれ……まぁ、事実そうだから仕方がないか……。


『ふふ』

窮地に陥っているというのに、呑気に笑い合う。
そして、名もない天使に名前を付けることにする。


――じゃあ、天白あましろソラ、だな。


『あましろ?どうして天白?』


――白い天使のように可愛い。


『だから、天白……』


――そう。


『ん?ソラは?』


――空のような瞳をしているから。


『そういうことか♪』


――そういうこと。


『うん、気に入った♪』


――それは何より。


おかしな会話。
和ましいこの空間に浸っていたいが、そうも言っていられない。


――それで?


『んー?』


――俺が完全なフェザーになるには、どうしたらいい?


『それは……』


――……?


戸惑いの様子。
何かを迷っているように見える。
だからなのか、ソラは申し訳なさそうに口にする。

『羽亮は今、フェザーだって言ったよね?』


――ああ?


『でも正確には、半フェザーなんだよ』


――……。


『羽亮が完全なフェザーになるには、私と同化しないといけない』


――それって、今とどう違うんだ?


『今は別々で、真に一体となってないから、フェザーとしての本領を発揮できないだけ。一体になったらちゃんと、あいつみたいに背中に私の片翼が生える』


――なるほどな。


『でも……』


――でも?


『それをすると、本当に羽亮は……』

自分を押し殺し、言い淀むソラ。
口にしなくても、その先の言葉に何となくの察しはつく。
それでもソラは、歯を食いしばって口を開く。

『人間に、戻れなくなる……』

その言葉を聞かされるも、予想した事であったため、落ち着いている。
そんなことよりも、人間に戻れる中途半端な状態だということに微笑してしまう。
だってそれは、いつもの自分と大差ない状態だったから。

『もう、笑い事じゃないんだからね?』

今にも泣きだしそうだった顔を少しお怒りの表情へと変えるソラ。
それが何とも可愛らしく、何度も確信してしまう。

彼女は優しい。
彼女は本当に、天使なのだと。


――大丈夫だよ、ソラ。


『ぇ……』


――覚悟はできてる。


『……そっか』

涙を拭う素振り。
苦笑の後に見せるは、決意のある顔で。

『羽亮……』

向かい合った瞬間、


――……っ。


彼女の温もりが、心を通して伝わってくる。

『ごめんね……』

申し訳なさそうに涙曇った声を乗せる。
ギュッと抱きしめられ、ほのかに香るお日様のような匂いに心が安らぐ。


そして――、


『ありがとう』

その笑顔を機として、淡く彩られた心象風景が終わりを告げた。


「……」

そんな回想を終えて、改めて思う。
今の自分は、完全なフェザーで。
自分は今、同胞であるフェザーを籠の鳥にしようとしている。

そこに少しの複雑な感情を抱くも、彼を野放しにしておくことはできないため、ただ一つの策を実行する。

「《天使の輪》!」

差し出した左手。
その合図をもとに、大気中の光の粒子が彼の体内へと集中し、光玉へと変わって彼の身体を拘束する。


それを圧縮していくように一つにし、握る――。


「《解放(パージ)》!」

瞬間、集めた光が弾け飛ぶように拡散する。
キラキラと光を放つ姿は、まるで小さなビックバン。
けれど、ロマンの欠片もない星の輝き。


――何故なら、


そこにあったのは、残酷なものだったのだから――。


散りばめられた光に包まれ、浄化されるように光へと変わっていく同胞の姿。
世界は白き光に呑まれ、どの粒よりも強く輝く彼をこちらへと寄せる。

魂と化した彼の存在。
罪悪感を抱きながら、それをそっと抱きしめる。

「ごめんね」と、許しを乞うように。
心へと仕舞い込み、破られた天井から差す光を仰ぎ見る。

途端、ドクンという心臓の高鳴りを合図に悲鳴を上げた身体からドッと疲れが溢れ出し、その場へと横たわり。


意識は遠い彼方へと飛び立ってしまった――。

          

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