FEATHER

「S」

第一章2  『目に見えた予感』

――黒陰国こくいんこく学院。


ここは、騎士としての剣技、魔術師になるための魔法など、この世界を生き抜くための術を学ぶことのできる、黒陰国首都:《レイヴン》の山頂に設立された学院。

生徒数は10万を超え、地位関係なく通える超巨大な有名校。

初等部、中等部、高等部、大学院と階級が区分されており、実力によって飛び級が可能なこの学校で、行き場を失くした魅剣羽亮は、その事情を知ったとある人物によってこの高等部へと転入した。

もともと、シスターのもとで読み書きや魔法についての類は学んでおり、剣術なども自主トレを兼ねて特訓マスターしていた。

というのも、シスターと兄弟二人の三人暮らしの孤児院で、あまりお金もなく、ほとんど自給自足という形で森に住むモンスターや湖に潜む魚などを狩って生計を立てていた。

そのため、実力は魔力の多い貴族や名家に生まれた騎士たちなどにも劣らぬという状況下にあった。


――それ故に、


己の血を大量に浴びた身体をシャワーで流し、控えのシャツへと着替えて登校し、ガラリと教室の戸を開けて入ったのだが、

「「「「「……」」」」」

周りからの視線を一斉に浴びていた。


「――魅剣君。遅刻ですよ」


不意に聞こえるお馴染みの声。
長い茶髪と黒い軍服のような服装。


聞き慣れたその主は、この学校へと入ることを進めた魅剣羽亮の支援者であり、この学院の魔術講師――『花園彦内はなぞのげんない』のものだった。


「すみません」

だが、学校ではただの教師と生徒ということを弁えているため平然と謝罪した。

「おや?ブレザーはどうしたのですか?」

痛いところを突く。
黒陰国学院、高等部の紺色の上着、その行方。

正直に申し出ればいいだけなのだろうが、ここで本当のことを言ってしまえば、より一層この場の空気が悪くなりそうなので、適当に言葉を並べることにする。

「あー、昨日間違えて洗濯してしまって、ボロボロになってしまいました」


「―――」


あからさまな嘘。
周りはクスクスと笑っており騙せているようなのだが、先生の薄眼は半開きへと変わって、明らかにこちらを疑っていた。


――けれど、


「そうですか」

その瞳が閉じられ、一応この場を穏便に納めることができたことに、胸を撫で下ろす。
そしてまた平然を装い、周りの視線を気にすることなく席へと着いたのだが、


「――で、本当は何してたんだよ?」


後方窓際の席。前列から振り返るようにこちらへと声を掛けてくる一人。


それは気怠さと陽気さを持ち合わせた、白銀のくせ毛に灰色の瞳をした変人――『如月きさらぎ龍司りゅうじ』のものだった。


「さっき言った通りだ」

「嘘つけ」

「……」

何故か如月とは、学年順位が近いからとかでよく話し掛けられるようになり、気づけば自然と会話する仲となっていた。


「――あーそれ、僕も気になる」


その隣の席。
エメラルド色の瞳に茶髪の長身をした、ほのぼのとした笑顔を向ける。


だが怒ると超怖い二重人格者――『月島颯斗つきしまはやと』もその一人で、彼ら二人には自分の嘘は通じていないようだった。


「白状しちまえよ~」

「そうそう」

二人に嘘は通じない。ならばどうするか。


そんな答えは、ただ一つ――。


「一目惚れしてた」

お得意の戯言を並べればいい。
それっぽく、堂々と。

「「はっ?」」

唖然としている二人。
別に嘘はついていない。ただ事実を口にしているだけ。

「おいおい、冗談はよくないぜ?ここまで来て」

「白を切っても無駄だよ」

当然の反応。
自分の印象から察するに、案の定、信じてもらえてはいない様子。

「……だから言いたくなかったんだよ」

だから、不貞腐れるように演技する。
窓へと視線を移し、本当のことだと押し通す。

「……まじか?」

「いやいや、羽亮に限ってそんなことは……」

半信半疑。
戸惑っている二人の視線が、こちらへと集中する。
それに対し、自分は無言で対応する。

「え、図星……?」

「嘘、だろ……」

「……」

有り得ないとでも言いたげな表情を浮かべる二人。
何気に失礼な物言いに嫌気がさしてくる。

「誰?」

「どんな子?」

途端、彼らの興味は彼女へと移り変わり、余計に面倒臭くなったことにため息が零れる。
答えることに少し迷いながら、しつこさ故に口を開こうとしたのだが、

「二人とも、ちゃんと授業に集中しなさい?」

先生の目が、再び半開きになり、彼らはぞくりと背筋を凍らせていた。

「はい……」

「すみません……」

そのことに微笑し、三度窓の外へと視線を移すと、今朝の出来事が頭の中に映し出される。
そこに少し、複雑な感情が心の中で渦を巻く。

天使のように綺麗な容姿。背には白き片翼。舞い散る光沢の羽。


彼女は――。


「今日の授業はここまで」

気づけば授業が終わり、起立し礼をすると、先生が立ち去って行く。
教室を後にする寸前、先生は立ち止まり、こちらへと視線を向ける。

「魅剣君は後で職員室に来なさい」

「……」

予想通りの展開。口に出さなくても、わかっていたこと。
軽く会釈し、合図すると、気が乗らないせいか腰を下ろしてしまう。

何度も何度も蘇る、あの光景。死の淵に出逢った少女の姿。
あの堪らなく素敵な笑顔が、忘れられない。

それ故に思う。

今まで憎んできた存在。シスターの教えに背いてまで、成し遂げようとした復讐。
その運命の歯車が、不穏に軋む。揺るがないはずの信念がぐらついている。


だって、一目惚れした彼女は――、


――『フェザー』なのだから。





先生へと呼び出しを食らい、職員室へと向かうと、案の定の尋問だった。

「それで?君は今朝、一体どこで何をしていたのかな?」

その問いに対し、やはり答えるかどうか迷ってしまう。

はっきりと口にしてしまえば楽にはなれる。
だがそれは、この世界の命運にも関わる事件でもある。

だから簡単には、口を開くことができない。

「私にも、言えないようなことですか?」

卑怯な言葉だ。
支援者であり、ここでの生活を与えてくれた恩人。
それを利用してくるなんて……。

「すみません……今のは少々意地悪でしたね」

「……いえ、悪いのは先生じゃないですから」

悲し気に肩を落としてしまう先生。
そう、悪いのは先生じゃない。


――だから、


先生にだけは、本当のことを口にしたいと思う。

「……先生」

「何ですか?」

目を逸らし、少しばかり口を噤む。

言いにくいことではある。
けれど言わなければ、始まらないし、終わりもない。

そのため、意を決して口を開く。

「……フェザーに、遭遇しました」

「……っ」

驚き気味の表情。
拳を強く握り、罪悪感を押し殺す。


自分は悪くないというのに――。


ここに一つだけ、嘘があるから。
それを吐いてしまえば、もうここにはいられないから。
そういう後ろめたさが、心の中を蝕んでいく。

「そうですか……」

落ち込み、思い深そうに考え込んでいる先生。
ふと、その顔が上がり、苦笑を浮かべる。

「制服が使い物にならなくなるわけです……」

「すみません……」

「いえ、生きてくれていたのだからよかったです。ほんと……」

「……」

「替えの制服は私が何とかしましょう。君はもう戻りなさい」

「わかりました」

優しい言葉。
その言葉に内心、安堵を浮かべて職員室を後にする。

「まったく、大変なことになりましたねぇ……」


背後にいる先生の声を、知る由もなく――。





職員室の戸を閉めると、そこには如月と月島が二人揃って出待ちしていた。

二人の頬は意味深にも緩んでおり、こういう時の彼らには関わるとロクなことがないため、黙然と教室へ戻ることにする。


――のだが、


廊下を進んでいく中で、平然と彼らは肩を並べるようにして歩き、何を思い出してか、如月は口を開いた。

「さっきの話聞いて思ったんだけどさ……」

教室へと到着し、その戸を開ける。
すると途端、聞き覚えのある声が響き渡る。


「――ウ~~リュ~~ウ~~っ!」


それに気づいたときにはもう遅く。
一人の少女が胸元へと飛び込んでくる。

「お嬢、苦しいです……」

意外にも勢いはソフトで。
代わりに熱い抱擁による圧力で瀕死になる。
いろんな意味で……。

「聞いたよ?パパからお叱りを受けたんだって?」

「ええ、まあ」

「まったく……うちの羽亮を叱るなんて、パパには後で文句の一つでも言ってやるんだから」

「いや、悪いのは俺の方ですから……」

天真爛漫な少女。

金色の長髪を揺らし、赤眼の瞳を輝かせ、その無邪気さと豊満な胸に心揺さぶられるものを感じながら、困り気味にも頭を搔く。


彼女の名前は――『花園華聯はなぞのかれん』。


自分がお世話になっている先生の一人娘であり、ありがたいことに酷く溺愛してくれている。


――一方で、


「……なぁ」

「なに?」

背後では、ひそひそと会話を始める如月と月島の姿があった。

「羽亮が一目惚れしたって話、お嬢に知れたらやばくね……?」

「だよね……」

「絶対、堕ちるよな……」

「うん……」

「羽亮はこれをどうするつもりなのかねぇ……」

「さあ?僕にはわからないよ」

華聯の対応によって内容に関しては聞こえず。

そんな二人を置いて、こちらでは。
幸せそうに微笑む華聯と、他愛無い話で談笑していた。


――のだが、


「ところで羽亮」

「何ですか?」

「どうして家族なのに離ればなれに暮らさなければいけないの!?ずっと敬語だし!?」

「それは……」

息が詰まる。
言う理由としてはいくつかあるけれど、それはほとんど自分勝手なもの。

だから口にするのは忍びないし、何より、こんなに良くしてもらっているのに、そんなことを口にしてしまっては申し訳が立たない。

それ故に、沈黙を浮かべてしまう。

「私のこと、嫌い……?」

「……っ」

すると何を勘違いしてか、華聯は萎らしくも落ち込む。


私のせいなのか、と――。


「それは違います!」

だがそれを、自分はすぐさま否定する。

そして改めて、負い目を感じながら、ありがたくも感謝の意を浮かべた。
心の内に秘めた本音を、吐き出すように。

自分勝手な理由で家を出たこと、そのせいで責任を感じてしまっている華聯の心を晴らすために。

「お嬢や先生には感謝しています。身寄りのない俺を引き取ってくれて。今も尚、こんな俺の面倒を見てくれているんですから……」

「なら……」

「でも俺は、ただの平民で、お嬢は貴族です。血の繋がった家族でもなければ、ただの異性の男女です。同じ家に住むことはあってはならないし、本来ならこうやって言葉を交わすことさえおこがましい」

「……」

「全てはお嬢のためなのです。俺がお嬢に馴れ馴れしくしてしまっては、周りから嫌悪され、品格を疑われてしまう。皆がお嬢を毛嫌いして、一人になってしまっては困るのです……」

汚い言い訳。
でも、事実そうであるのだから仕方がない。

救ってくれた恩人が、自分のせいで周りから敵視されること、それが何より嫌だった。
だから無理を言って、一人暮らしという形で家を出た。

恩を仇で返すようなことをして、とても心苦しかったけれど、それしか方法が無かったから。

そうすることでしか、華聯の居場所を守ることができなかったから。

「……やっぱり、世間体を気にするのね」

「……はい……」

「でも、そんなのは有難迷惑だわ!」

「……っ」

「誰もそんなこと頼んでないし、ましてやここは黒陰国学園。身分なんて関係ないわ!」

「ですが……っ」

暗黙のルールとして、少なからず貴族は皆、身分を気にしている。
この学園では裏で秘かに、貴族たちの優劣争いが確かにある。
それを無視してしまっては、貴族を全員敵に回すようなもの。

「あなたは私たち花園家において優秀な騎士です。恥じることも、他人から疎まれることも、気にする必要はありません」

「……」

「それに、世間体を気にするようでは、それこそ心の狭い貴族と見られます。互いに競い合い、切磋琢磨することは素晴らしいけれど、優劣を気にしているようでは、それこそ名家の恥です。そんな安いちっぽけな関係などいりません」

華聯の手が、優しく頬を撫でる。
愛しい目が、こちらへと向けられる。

「あなたは私たちの誇りです。血は繋がってなくとも大事な家族です。周りを気にする必要はありません」

何度も言い聞かせるように紡がれるその言葉。
そんな気遣いは無用だと、そう訴えかけているのがわかる。

「だから、敬語なんてやめて、お嬢ではなく名前で呼んで?家族なんだから」

優しい微笑み。
それ故に自然と、甘えるように従ってしまう。


あなたはどうして、そんなにも――。


「……わかったよ、華聯」

大人しく、それでいて堂々と、久しぶりにも懐かしい、ずっと呼びたかった彼女の名前を口にする。


ほんと、いつぶりだとでもいうように――。


「はぅ……」

「……?」

突如聞こえる彼女の声。
気づけば、華聯の頬が赤く染まり胸を押さえておかしな反応を示していた。

「華聯?」

「な、何でもないわ!さ、さぁ?お昼にしましょう!?」

「うん?」

取り乱し気味の彼女。
そこに何度も、首を傾げてしまう。

「あー、お二人さん……」

「僕たちがいること、忘れないでね?」

すると背後にいた二人の声よって、気を取り直す。


――しかし、


その和やかな空気でさえ、鳴り響くサイレンが掻き消す。

『緊急警報発令!緊急警報発令!』

事態に辺りの静けさが増す。
何事かと思うも、今朝の光景が何故か不思議と脳裏を過ぎる。


――そして、


当たってほしくなはい嫌な予感が、的中する。


『黒翼のフェザーが出現しました!場所は――』


心臓が高鳴る。
周りは騒つき、その言葉を聞いた途端に誰もが顔を引きつらせる。

『黒陰国学園、屋上です!』

瞬間、騒然にも生徒たちは急いで避難の態勢を取る。
顔色悪く、血相を変えながら。

『皆様は、直ちに避難してください!』


最後の言葉を機として、廊下にはたくさんの足音と悲鳴が乱反射していた――。

          

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