乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
第58話 再会 Ⅰ
目の前ではあかりが俺に捕まれた杖を必死に引き抜こうとしていた。
一体どうしてあかりがこんな場所で俺に攻撃を仕掛けてくるんだ?
確かに相手にはまだ俺が和哉だと伝わっていないが仮にも俺は一度グループのピンチを救った冒険者だ。
命を救った冒険者を普通襲うだろうか?
完全に俺の意見だが襲わないんではないだろうか。
正気を保っていれば……。
「おい、正気を取り戻せ! あかり!」
そう呼ぶが俺の言葉は届いていないようで構わず俺に捕まれた杖を引き抜こうとしてくる。
呼ばれているのに返事も返さないこの状態は誰かに操られている可能性が高い。
呼ばれているにも関わらず反応がない。
そして呼ばれていることを気にせずに杖を引き抜こうとする行動にロボットが命令を受けて動いているようなそんな印象を受けた。
──誰がこんなことを……。
俺がそんなことを思っていると……。
「ふむ、これは失敗だったかな」
どこからか聞き覚えのある声が俺の耳に届いた。
この声は先日ダンジョンで……。
「おっとすまない客人、申し遅れたな。俺は魔王様直属の部下ゼガール。少し実験に付き合ってくれたまえ」
目の前からコツコツと足音を鳴らして現れた人物、それは先日ダンジョンで俺が倒した暗黒騎士だった。
生きてはいるだろうとは思っていたがまさかこんなに早く動けるようになるとは思ってもみなかった。
やはりあのときに止めを刺すべきだったか……。
「おや、お前はこの前俺の剣を粉々にしてくれた冒険者じゃないか」
近くまできた暗黒騎士は俺の顔を見ると良い獲物がきたという感じで笑みを浮かべる。
その余裕はなんだ? 普通は一度やられた相手ならどんな馬鹿でも警戒をするはずだ。
それにも関わらずこの余裕な態度は少し異常である。
いや……もし後ろにもう一人仲間がいると考えたらどうだろうか?
もし後ろにもう一人いてそいつが暗黒騎士と同等もしくはそれ以上の強さだったら暗黒騎士の心にゆとりが生まれるかもしれない。
予測だけ立てていても仕方ない。
今は目の前の暗黒騎士とあかりだけに意識を集中させよう。
「お前があかりをこうしたのか?」
「あかり? ああ、この娘か。それはこの娘が望んでいたことなのだよ。まぁ最後は多少強引だったかもしれないがな」
「お前は!」
「なんだ? この娘の知り合いか、そうか……」
暗黒騎士はそう言うと顔が見えないように俯く。
しばらくすると腹を抱えて笑い出した。
「そうかそうか知り合いか。それなら残念だったな。この娘はもう元の人間には戻れんよ」
元の人間? もしかして何かされたのか?
「元の人間には戻せないってなんだ?」
「おいおい、その娘と戦っていて気づかないのか?目の色を見てみろ」
あかりの目の色をよく見てみると薄い赤色だった。
元々は日本人特有の黒い瞳だったはずだ。
それともう一点、あかりの口元からは犬歯が上歯から下に向かって生えていた。
この特徴から考えられる人間ではないもの……。
──それは……吸血鬼……。
その言葉の響きに目眩を感じる。
嘘だ……もう既に人間ではないなんて……。
「何てことを……もしかして他の二人も?」
「他の二人? ああ、そうだな。そういえば他にも今日捕まえてきたのがいたな。そいつらにはまだなにもしていないから安心しろ」
落ちつき始めた俺の心は再び闇に支配されつつあった。
原因となるものを叩き潰す、それだけでは満足出来なくなっていたのだ。
原因を苦しませて苦しませて苦しませてから殺してやる。
俺は目の前のやつを殺すことしか考えられなかった。
「おお、怖い怖い。そんな目で俺を見るなよ。俺は別にその娘をどうこうしていないよ」
「なら一体誰が!」
「それは妾じゃよ」
暗黒騎士の後ろからもう一人コツコツと歩いてくる少女が一人いた。
腰まで伸びた長いブロンドの髪に黒いドレスを身に纏った美少女。
よく見てみると彼女もあかりと同じく赤い目をしている。
──なるほどコイツがあかりを……。
「お前は?」
「妾に向かってお前呼ばわりか……まぁ良いとしよう。妾はアリシア。そこの騎士と同じ魔王様の部下じゃよ」
やはり暗黒騎士の他に仲間がいたか。
俺は目の前の二人を交互に見る。
まずどちらから殺るかを考えるためだ。
「それでまずどっちから来るんだ?」
「ほぉう、妾と殺りあう気かの。残念じゃが今は出来んじゃろ。おぬしの横の娘を見てみろ」
横の娘……あかり!? 俺は慌てて横を見る。
あかりは未だに杖を引き抜こうと奮闘していた。
さすがにいつまでも杖を引き抜こうとするのはおかしい。
コイツらはあかりに何をしたのか……。
「あの騎士から聞いていると思うがその娘はある実験のために妾が吸血鬼にしたんじゃよ。本当はそのまま妾の兵士にするはずだったのじゃが少々誤算があってのぉ。少し狂暴になってしまったんじゃよ。それでも兵士として使えると思ったのじゃがまさか知能まで低下してるとはのぉ。まぁ妾を守ろうとはしてくれるから結果的には良かったのかのぉ」
「お前ら……」
俺の拳は自然と固く握りしめられていた。
なぜあかりがこんな実験の犠牲にならなければいけないのか。
なぜこういう不幸な役回りはいつも俺達なのか。
拳を握りしめると同時に頭の中では理不尽なこの世界を嘆いていた。
「そういうわけじゃから妾を倒す前にその娘を倒さなければいつまでもおぬしの邪魔をし続けるぞ。それではまたな」
「おい、待て!」
俺の言葉を気にせず吸血少女、アリシアは彼女自身の来た道を引き返していく。
「ではな」
その後を暗黒騎士もついていった。
二人は奥まで行くと地下へと下っていく。
どうやら地下へと続く階段があるようだ。
「クッ……」
俺は今回の事件の元凶である二人を取り逃がしてしまったことに焦りを感じていた。
あの二人を取り逃がしてしまったらそれだけ鈴音達が犠牲になってしまう可能性が上がる。
ならまだあの二人と俺が直接対面していた方が遥かにましだ。
「追いかけたいが……」
いつまでもこのままではいけないのは分かってはいるがどうしようもないのが現状である。
そう俺にはあかりを手にかけるなんて到底出来ない。
つまり倒せないのだ。
実力的には問題ないだろうが気持ち的な問題で手をかけられない。
それなら別の方法を探すしかないということになる。
大丈夫だ。俺はいつだってなんとか出来た男だ。今回のことだってきっと上手くいく。
俺はあかりの動きを上手く封じながらあかりを無力化する方法を探し始めた。
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