乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
第32話 模擬戦 Ⅲ
ガンゼフは降ってくる三つの大きな岩をいとも簡単に拳で砕いていく。
「急に岩が降ってきたが、これもお前の魔法か? どれもこれも見たことない魔法ばかり使うんだな」
見たことないのも当然だ。何故なら魔法ではないのだから。
まぁ魔法だと勘違いしていてくれた方が俺としては都合が良いので訂正はしないが。それにしてもただ岩を落とすだけでは傷一つつけられないか。
あれから何度か『メテオ(笑)』を使ったがやはり結果は同じだった。
なんとかこの状況を打開したい。
そんなことを思っていた俺に奇跡が起きたのかガンゼフを倒せるかもしれない一つの案が頭の中に舞い降りた。
『一つでダメなら、数で押せってな。』
◆◆◆◆◆◆
思い付いた作戦を実際に実行に移すためガンゼフの近くへと移動する。
「ようやく姿を現したか」
「ここからが本番だ」
俺はガンゼフの周りで砂を巻き上げる。そしてガンゼフの目の前にもう一人の俺を実体化で作り出した。
もちろんそれだけじゃない、ガンゼフの上に複数の岩を出現させる。
「目の前に二人現れたと思ったらまたこれか、忙しいな!」
そう言いながら降ってくる岩を高速で打ち砕き対処する。そのタイミングに合わせて、もう一人の俺と俺がガンゼフの元へと突撃した。
「考えたな。これじゃ確かに両手が使えねぇな! まぁそれだったら手を空ければ良いだけだけどな!」
ガンゼフはそれまで両手で対処していた『メテオ(笑)』を片手で対処する。それから空いた片手でもう一人の俺を掴み、俺からの攻撃を防ぐ盾に使った。俺の攻撃を受けたもう一人の俺は遠くへと吹き飛んでしまう。
「これで俺の勝ちだな!」
そうガンゼフは言っているが、そのセリフは逆だ。
俺の視界の隅、ガンゼフの後ろには大きく腕を振りかぶった俺の本体がいた。
◆◆◆◆◆◆
『どうやら作戦は上手くいったみたいだな』
作戦としては始めに一人俺自身を実体化する。
この実体化した俺は、思考パターン、記憶が完全に一致したいわば俺のクローンだ。自分自身の実体化は何故か一人しか出来なかったので、実体化した俺にもう一人を実体化してもらった。
こうして生み出した二人の俺のクローン達に戦ってもらい隙を見せたところで俺が一撃入れるという手筈だ。
今はその作戦が成功し、俺の目の前には背中を向けたガンゼフがいた。後はガンゼフに全力の一撃を叩き込むだけだ。
「おりゃぁ!」
俺の声でようやく気づいたらしきガンゼフが驚きの表情を浮かべながら振り返る。流石のガンゼフもこの至近距離では対処出来るわけがない。
──いける!
俺は確実にガンゼフを倒すため顎へと俺のステータスの全力を使った右ストレートを叩き込んだ。
「……ッ!」
俺の右ストレートは見事に顎へと直撃しガンゼフの意識を刈り取ることに成功し、ガンゼフはそのまま地面へと倒れた。
「やったのか……」
喜びが内から溢れでてくる。これが強敵に勝ったときの喜びか……っとそれよりも相手は大丈夫か?
本当に気を失っているだけか確かめないとな。
俺は地面に倒れたガンゼフの顔を覗き込む。
「何で笑ってんだよ」
ガンゼフの顔を見ると満足そうな良い笑顔を浮かべていた。
こうして俺とガンゼフの模擬戦は俺の勝利で終わった。
◆◆◆◆◆◆
「カズヤ! やるじゃない!」
「うん……格好良かった」
模擬戦を行った広場を出るとソフィーとリーネが俺を迎えてくれた。
「やっぱり中の様子は全部見ていたのか?」
俺の問いにはソフィーが答えてくれるようでソフィーは一歩前へとでる。
「そりゃそうよ! カズヤとギルドマスターが戦うのよ? 気になるわよ! それに見ていたのは私達だけじゃないわよ?」
「一体誰が見てたんだ?」
「誰がってギルド内の人達全員よ」
「はっ?」
ギルド内の人達全員? どれだけ暇なんだ。依頼でも受けていれば良いものをなんでわざわざ。
「ギルド内の人達全員よ」
「いやさっきのは聞こえなかったわけじゃない……ってそれより俺途中から消えてたりしたけど大丈夫か? 違和感なかったか?」
「あーあれね。違和感はあったはあったけど。皆、新しい魔法ってことで納得していたわよ」
「なんだそれなら良かった」
「良かったって言ってるけど新しい魔法も十分すごいことなのよ! むしろ正体がバレるより大変になるんじゃないかしら」
そうなのか。でもあれだな。起きてしまったものは仕方ない。そう仕方ないのだ。
「この件は一旦置いておいて、とりあえず上に上がろうか」
それから地下の階段を上がり、受付のあるギルドのメインホールへと戻る。
俺が階段の先の扉を開けてギルドのメインホールに顔を出すと、複数の視線が一気に俺へと突き刺さった。
「うわ、本当にあの模擬戦を皆見てたのか」
「だから言ったじゃない」
これじゃ落ち着いて話も出来ないな。
俺がそう思っていると左側からトテトテとこちらに走ってくる音が一つ。俺がその音がする方向に顔を向けるとそこには息を切らしたエリーがいた。
「はぁ、はぁカズヤ様……見事でしたよ……はぁ。まさかガンゼフさんを倒すなんて……はぁ」
「エリーありがとう。それでなんでそんなに息を切らしてるんだ?」
「……それはですね。さっきまで気を失っているガンゼフさんを運んでまして、それでです」
「それは大変だったな」
「そうですよ。筋肉の塊みたいな人ですから重くて、重くて」
確かにそれは重いだろう。エリーもエリーで苦労してるもんだな。
俺はエリーに同情の視線を向ける。
「なんですか、私を可哀想な人を見る目で見るのは止めてください」
「……とにかく俺は疲れたから今日のところは宿に戻るけど何かあるんだろ?」
「ちょっと無視ですか……そうですね。えっとガンゼフさんがまだ動ける状態じゃないので明日にでも話そうとおっしゃっていました。それだけです」
「おう、分かった。じゃあまた明日にでも顔出すよ」
「宜しくお願いしますね……ってまだ話は終わってませんよ!」
「あぁまた今度な」
すぐにでも休みたかった俺はエリーの言葉を聞き流し、宿へと戻ることにした。
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