前略、家に都市伝説の幽霊『アオイさん』が住み着きました。~アオイさんは人見知りでちょっぴり自由なお姉さん~

サバサバス

27 アオイさんとの何気ない日常

朝、目が覚めると夏にも関わらず全身が冷たかった。そして冷たさに比例するように体が重い。その事実に自分の体を横になったまま見下ろすと、体には自分のものではない誰かの体が巻き付いていた。透き通るような白い肌とそこから感じる心地の良い冷たさ。圭太には顔を見なくても自分の体に巻き付いている人の正体が分かった。というより普段この家に住んでいる者は自分を除いて他に一人しかいない、正体など初めから一人しかいなかった。

「アオイさん、起きてますよね」
「寝てるよ」
「じゃあその返事はなんですか?」
「寝言だよ」

ちなみにこの前の件でアオイさんが寝ないということを初めて知った。どうやら幽霊というものは睡眠が必要ないらしく、死んでから彼女は一度も寝たことはないそうなのだ。そのため彼女が寝ているという状態はあり得ないのだが、彼女は頑なにベッドから起き上がろうとしなかった。

「アオイさんが起きてくれないと僕起きれないです。今日は学校ですよ」
「大丈夫だよ、それまでには起きるから」
「……じゃあ今日の朝御飯は食べられなくなりますね」

スッと何事もなかったかのようにアオイさんはベッドから起き上がる。

「さぁ圭太君も起きた起きた。早起きは三文の得だよ」

本当に分かりやすいと圭太は心の中で思いながらアオイさんと一緒に階段を下りた。

それにしてもアオイさんの行動は日に日に過激になっていくというか、大胆になっていくというか、目に余るようになっていた。一応自分は男、アオイさんの行動はこちらにとってかなり刺激が強い。男としてそれが嬉しくないわけではないが、そういうのは違う気がしたのだ。だからこそあまり反応しないようにしていたのだが、今のままでは少し怪しかった。彼女が狙ってやっているのかは分からないが、もし無意識でやっていたとしたら随分と厄介だと、そう思った。


一階に降りてすぐに朝食の準備を始める。といっても朝はトーストを焼くくらいなのでそんな手間ではない。五分程で焼き上がった二枚のトーストを皿に乗せてテーブルに並べ、そのついでにマーガリンと牛乳を冷蔵庫から取り出す。そうして出来上がった朝食に『いただきます』と一言呟いてから圭太とアオイさんの二人は手始めにトーストへとかぶりついた。トーストへと同時にかぶりついたことがそんなに可笑しかったのか、アオイさんは一人クスクスと笑う。どうやら彼女は変な笑いのツボにはまってしまったようだった。

「なんか圭太君と私って息が合うのかもね」
「そうですか?」
「そうだよ。だって圭太君は可愛いし、私も可愛いよね。共通点だらけだよ」
「可愛いって自分で言うんですね」
「なにさ、圭太君はそう思わないの? 私が可愛いって」

いつかの『可愛い』と言わなかったことに対しての仕返しなのか、彼女は首を傾げて質問してくる。無意識なのだろうが、今の彼女は誰がどう見ても『可愛い』と、そう言われるであろう姿をしていた。

「……アオイさんはどちらかというと美人系ですって」
「ふーん、でもそれって私が大人っぽいってことだよね」

『可愛い』と少しでも思ってしまったのが少し癪だったのでいつか言った言葉を再び彼女に投げれば、彼女はドヤ顔に近いニヤケ顔で喜びを表に出さないよう必死に耐えていた。特に争っていたわけではないが、なんとなく負けた気分なのはきっと気のせいではないのだろう。
とにかく朝食を終えたあとは学校へと行くためすぐさま準備に取り掛かった。まずは顔を洗うため洗面所へと向かう。

「圭太君、寝癖ついてるよ。直してあげる」

鏡の前で顔を洗い、顔を上げるとアオイさんが鏡の中に映り込んでいた。少し前まではいきなり視界内に現れる彼女に驚いていたものだが、流石に慣れたのだろう。今だとそういうことはなくなっていた。

「ありがとうございます」
「気にしないで私圭太君よりお姉さんだからね。寧ろもっと甘えてくれて良いんだよ」

鏡の中で髪を櫛で梳かしてくれるアオイさんはそう言うと軽く微笑む。どちらかと言うと彼女はお姉さんというよりは妹の方に近いのだが、それを言うのは野暮だろうと圭太は言葉を飲み込み、代わりに感謝の言葉を言った。
それからしばらくして学校に行く身支度を終えた二人はいつものように学校へと向かう。

通学途中、圭太はふとあること気になって立ち止まるとアオイさんの方へと顔を向けた。

「そういえばもう三ヶ月なんですね」
「ん? いきなり何の話?」
「アオイさんが家に来てからもう三ヶ月って話です。時間が過ぎるのは早いなと思いまして」
「へーもうそんなに経つんだね。私なんてつい昨日くらいの感覚なのに」
「それは言い過ぎじゃないですか? でもそうですね、確かに僕もそんな感じかもしれないです」

アオイさんが我が家に来たのは四月、そして今は七月初め。およそ三ヶ月くらい経っているのだが全くそんな感覚はなかった。それはきっとこの生活が楽しいからなのだろうと、そう思う一方で圭太はある不安も感じていた。

「……でもこの生活ってあとどれくらい続けられるんですかね」

それはこれからのこと。いつまでもこの生活が続けられるとは限らない。本当にちょっとしたことですれ違ってしまう、とても不安定でいて脆くすぐに崩れてしまうような関係。この前のアオイさんがいなくなったときが良い例だ。
しかし、アオイさんにはその不安がないように見えた。

「それはその時まで考えなくても良いんだよ。圭太君も言ってくれたよね、今無理に壊さなくても良いって。だから私はその時まで圭太君で面白可笑しく過ごしていこうと思います!」
「それはちょっと考え直して下さい」
「良いではないか、圭太君」
「良くないですって」

楽しそうなアオイさんを見ていると感じていた不安が嘘のように消えていった。確かに彼女の言う通り、それは今考えることではないのかもしれない。未来のことなど誰にも分からないのだ。しかし、だからこそ今という時間を大切にする必要があると、そう思った。

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