前略、家に都市伝説の幽霊『アオイさん』が住み着きました。~アオイさんは人見知りでちょっぴり自由なお姉さん~

サバサバス

21 アオイさんがいない日②

「うわ、何か映ってるな。これが噂の水浸しの女ってやつか? ていうか圭太はあのとき本当に何も見えていなかったのかよ」
「えーと……確かね」

珍しく食い付きのいい冬馬に歯切れの悪い返事をする圭太。彼だけは正体が分かっているために怖がることも、驚くことも出来ない。怪しまれていないかどうか、それだけが心配だった。

「まぁ圭太が見えてないってことはだ、この写真は確実に本物だろ」
「これだけくっきり映ってればな、もう一回見せてくれ、昴」

冬馬が再び昴が撮った写真をじっくりと見ている間、圭太はただ考えに耽っていた。

というのも今日はアオイさんの声を聞いていない。いつもなら大抵耳元辺りで声がするはずなのだが、今日に限っては声どころか姿すらも見ていなかった。朝のうちは日課の散歩かとも思ったが、昼休みになっても姿が見えないとなるとそういうことでもないらしい。ということは他に何か別の理由があるはずなのだが、別に怒らせるようなことをした覚えはないし、嫌われるようなことをした覚えもない。他に気になることと言えば昨日の夜、合宿中の宿直室での出来事だった。確かあのときアオイさんに感謝された気がするのだ。何故だが分からないがアオイさんの声も少し悲しげというか、寂しげというかそういう感じだった。もしアオイさんがそのとき別れの挨拶を切り出していたのだとしたら……。

流石に考えすぎだと圭太はすぐに首を横に振る。そんな彼の様子を見た二人は一度デジタルカメラの画面から目を離すと不思議そうに圭太へと声を掛けた。

「おい圭太、どうした?」
「何かあったのか?」
「いや何でもないよ。それよりも飲み物買ってくるけど二人は何か飲みたいものある?」
「あー俺はお茶があるからいいわ」
「圭太、俺も水筒がある」
「分かった。じゃあ行ってくるね」

圭太は校舎に入ると勢いよく走り出した。それは後三十分で昼休みが終わってしまうからというのもあるが、一番の理由は今頭の中に浮かんでいる嫌な考えを忘れたかったからであった。

◆◆◆

学校からの帰宅後、自宅の玄関前に立つ圭太は玄関ドアを開けるのを少し躊躇っていた。ドアを開けた先にもしかしたらアオイさんがいるのではないかと思う一方で、もしいなかったらということを考えるとどうしても手が動かなかったのだ。しかしだからといって、いつまでも外に立っているわけにもいかず、圭太は玄関ドアに手をかける。

「ただいま」

少しの期待と共に自宅の中へと入るが誰からも返事はなく、どうやらアオイさんは帰っていないようだった。彼女は一体どこに行ってしまったのか、もしかしたら何かあったのではないか。考える度に悪い方向へと行ってしまう思考を止めるため、とりあえずキッチンへと向かう。それはもちろん料理をするために。

作るのはカレー、冷蔵庫にある材料的にそれぐらいしか作れない。作るものが決まったところで早速圭太は料理に取り掛かった。
それからどれくらいだろうか、窓から夕日の光すら差し込まなくなった頃、キッチンではカレーの良い匂いが漂っていた。圭太は味見をしてから『よし』と満足げに頷く。

「アオイさん、今日はカレーですよ!」

しかし、今は圭太の言葉に返事をする者はなく、その声はただ家の中で寂しく響いていた。


それから一週間、アオイさんが圭太の目の前に姿を現すことは一度もなかった。今まで通り学校に通って、昴や冬馬と過ごす毎日。アオイさんがいなくなっても特に生活が一変するなんてことはなく、圭太自身もアオイさんがいない生活に慣れ始めていた。

そんなことを感じ初めていた帰りのホームルーム後、教室に残っていた圭太が昴に呼ばれて彼の席へと向かうとそこには心配そうな表情の彼が座っていた。

「おい、圭太。最近ちょっと元気が無いけど体調でも悪いのか?」
「いや体調は大丈夫だよ。もしかしたら昨日あまり寝れてなかったからかも」

『寝てないって意外と辛いね』と冗談混じりに笑う圭太に『おいおい、大丈夫かよ』と呟く昴は冗談とかではなく本当に心配そうで、圭太は何だか申し訳ない気分になる。

「まぁたまには夜更かしも良いけどよ。流石に毎日は止めておけよ、体壊すぞ?」
「毎日は夜更かししてないけど、そんなに顔色悪かった?」
「まぁそうだな、ここ一週間は元気がないように見えたな」
「そっか、でも本当に心配しないで大丈夫だよ。多分最近の疲れが一気に出ただけだと思うから」
「まぁ圭太がそこまで言うなら……。それと体調が悪かったらすぐ俺に言うんだぞ? 分かったな?」

念を押されて頷かないわけにはいかない圭太はとりあえず『善処します』とだけ言って自分の席へと戻ろうとするが、すぐ昴に呼び止められた。まだ用事があるのかと彼の方へ振り返ると、そこには先程とはまた違う、何か言いたげな表情の昴がいた。

「これ聞いていいのか迷ったんだけどよ。もしかしてアオイさんと何かあったのか?」

突然核心をつくような質問に圭太の体は一瞬だけビクッとなるも、何も言葉を返すことが出来ない。別にアオイさんと何かあったわけではないが、何もないと言うのも違う気がしたのだ。

突然黙り込んだ圭太に昴は『そうか』とだけ呟くと深くため息を吐く。それから彼は真剣な表情で圭太の方へと向いた。

「圭太とアオイさんの間に何があったのか分からねぇけどよ。今の圭太を見てたら、このままじゃ駄目だってことは分かる。もし喧嘩したんだとしたら早く仲直りしろよ」

そんなことを出来たら、とっくにしていると心の中で昴に反論する。今の状況はそれが出来ないからこそのものなのだ。だから圭太は嫌味のつもりで昴に問いかけた。

「でも、もしそれが出来ないとしたらどうする? 例えば相手の居場所が分からないとか」
「分からないじゃねぇよ、本気で仲直りしたいんだったら全力で探せ。それともなんだ、本当に居場所に心当たりすらもないのか?」

だがしかし、昴が狼狽えることはなかった。まっすぐに圭太の目を見ていた。

「それは……」

確かに今アオイさんの居場所は分からない。だが居そうな場所ならいくつか心当たりがあった。近所のスーパー、通学路、そしてこの学校、探す範囲としてはかなり広い。もしかしたら探しても、結果的には無駄に終わるかもしれない。しかしそれでも確かに心当たりはあるのだ。

「ごめん、昴。今日は同好会に行けない」
「おう、分かった。アオイさんによろしくな」

昴に背中を強く叩かれながらも圭太は教室を飛び出した。

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