【完結】契約書は婚姻届
最終章 契約書は婚姻届2
若園製作所はまだ、和解か徹底抗戦かで揉めていた。
「ほかの会社もいくつか、訴訟の準備を始めてる。
それに、元CEOは逮捕されたじゃないか!
徹底的に争うべきじゃないのか?」
「でもなー。
悪いのは元CEOで尚一郎社長は一度、うちを助けてくれたしなー」
「あれだって元々は、オシベが契約打ち切りを言ってきたからじゃないか!
それに、朋香さんと結婚が条件とか、無理難題言ってきやがって!」
そうだそうだと皆が頷いた。
あのときはむちゃくちゃな条件だと思ったがあとで、尚一郎が朋香に惚れてのことと聞かされ、少し嬉しくもあった。
それに、達之助から制裁を受けるのがわかっていながら、それでも尚一郎は自分と結婚したのだ。
そこまでしたのに、自分は幸せになる権利がないのだと簡単に朋香を手放す尚一郎に腹が立つ。
「あの!」
手を挙げた朋香に、全員の視線が集中した。
「こんな我が儘が許されるとは思いません。
それで、工場の今後が左右するんですから。
でも、和解の件、私の好きにさせてもらえないでしょうか」
シーンと静まりかえったあと、一拍置いてみんな我に返ったのか、ざわざわとし出す。
そのなかで代表するかのように明夫が手を挙げた。
「朋香はどうしたいんだ?」
「それは……」
朋香の次の言葉を待って全員がごくりとつばを飲み込む。
一度深呼吸して、朋香は改めて口を開いた。
「和解を受け入れるのに、条件を付けたいの。
その条件の内容はいまはまだ言えないけど。
でも、私は……尚一郎さんを試したい」
「そんなことできるか!」
「徹底抗戦だ!」
「でも朋香さんには恩があるし……」
再びざわめく室内に、やはり受け入れられないのかと軽く落胆した。
きっと無理だろうとはわかっていたが、それでもやはり。
「まあまあ」
明夫が宥め、ざわめきが止まる。
「ここは朋香に、任せてもらえないだろうか。
親莫迦で申し訳ないが、娘の望むことは叶えてやりたい。
それに、朋香には二度も工場を救われた。
あのとき、朋香がオシベ会長と結婚してくれたから、契約は続行され、融資も受けられた。
今回だって朋香のおかげで丸尾弁護士を雇えたんだ。
今度は我々が、朋香のためになにかする番じゃないだろうか」
「お父さん……」
明夫の気持ちが嬉しい。
個人的な事情を持ち出した朋香を援護してくれるなんて思わなかった。
「まあ、どっちに転んでも悪い結果じゃないですからね。
任せてもいいですが、条件はやはり、話してもらわないと」
徹底抗戦派の西井が、照れくさそうにポリポリと頬を掻きながら立ち上がる。
朋香としては人に言うのは酷く恥ずかしい条件なので、当日まで秘密にしておきたいが、やはりそうはいかないだろう。
「その。
……私との再婚が条件、です」
「はぁーっ!?」
一気にまた、室内がざわつき出す。
「朋香さん、この離婚で懲りてないんですか?」
「オシベの野郎と再婚したって幸せになれないですよ、それなら俺が」
「おまえなんかと結婚して幸せになれるか!
それより僕と」
「朋香ちゃん、騙されてない?」
口々に好き勝手言う職員たちに苦笑いしかできない。
「あの。
私、尚一郎さんにとても、とても、とても愛されてたんです。
だからきっと、これは尚一郎さんが望んだ離婚じゃないと思うから。
それに私は、尚一郎さんを絶対に幸せにするって誓った……から……」
「朋香……」
「朋香さん……」
「朋香ちゃん……」
最後の方は鼻声になっていて情けなくなる。
まだまだ、戦わなければいけないのだ。
こんなところで弱気になっていてはいけない。
「だから、もう一度結婚して、尚一郎さんを今度は私が幸せにするんです。
だからご協力、お願いします!」
努めて明るく振る舞うと、拍手が起きた。
「ありがとうございます」
自分の我が儘を聞いてくれる工場のみんなに、尚一郎じゃないが潰すことにならなくて本当によかったと思う。
尚一郎が工場を訪れる前日、朋香は病院を訪れていた。
「おめでとうございます。
妊娠五週目です」
「そうですか……」
ここのところ忙しくて気にしてなかったが、生理が遅れていた。
昨日、もしかしてと思って市販の検査キットを使うと陽性反応が出た。
「尚一郎さんは喜んでくれるのかな……」
別れる前、あんなに朋香が妊娠していると決めつけ、扱っていたのはきっと、尚一郎の願望なんじゃないだろうか。
朋香と、家族を持つことを夢みていたから。
だから、もうすぐ終わりがくるとわかっていたからこそ、ああいう態度をとっていたんじゃないか。
「尚一郎さん。
私たちの子供ですよ。
喜んでくれますよね?
あんなに、待ってたんだから……」
そっとおなかを撫でると涙が出てくる。
――明日。
すべてが決まる。
社長室で、明夫の隣に緊張して座っていた。
明夫の隣には和解の話もあるので丸尾が控えている。
昨晩は子供のためにもちゃんと寝なくちゃいけないとわかっていながら、一睡もできなかった。
「押部CEOがお見えです」
案内してきた女子事務員の声に、ソファーから慌て立ち上がる。
「本日はありがとうございます」
部屋に入ってきた尚一郎は朋香を目に留めて一瞬、足を止めたが、すぐに何事もないかのように勧められたソファーに座った。
その隣に羽山が座り、後ろに立った犬飼は朋香と目が合うと、短く頷いた。
「いえ、こちらこそわざわざご足労、ありがとうございます」
にこやかに笑っている尚一郎は、どこか人を寄せ付けないように気を張っているように見えた。
そんなところもまた、朋香を悲しくさせる。
「それで。
こちらの謝罪を受け入れ、和解に応じてくださるということで、本当にありがとうございます」
「それが、その、……一つ条件がありまして」
「は?」
慇懃にあたまを下げた尚一郎だったが、驚いたのかぱっと勢いよくあたまを上げた。
「……朋香」
明夫に促され、小さく深呼吸をして朋香は口を開いた。
「はい。
……私と、再婚してください。
これが和解に応じる条件です」
「……っ」
震える朋香の声に合わせて丸尾が置いた書類に、苦しげに尚一郎の顔が歪む。
目の前に置かれたのは婚姻届だった。
妻の欄にはもちろん、朋香の名前が記載してある。
保証人の欄にも明夫と尚恭のサインがしてあった。
明夫は渋ることなくサインしてくれたし、――尚恭も。
「ほかの会社もいくつか、訴訟の準備を始めてる。
それに、元CEOは逮捕されたじゃないか!
徹底的に争うべきじゃないのか?」
「でもなー。
悪いのは元CEOで尚一郎社長は一度、うちを助けてくれたしなー」
「あれだって元々は、オシベが契約打ち切りを言ってきたからじゃないか!
それに、朋香さんと結婚が条件とか、無理難題言ってきやがって!」
そうだそうだと皆が頷いた。
あのときはむちゃくちゃな条件だと思ったがあとで、尚一郎が朋香に惚れてのことと聞かされ、少し嬉しくもあった。
それに、達之助から制裁を受けるのがわかっていながら、それでも尚一郎は自分と結婚したのだ。
そこまでしたのに、自分は幸せになる権利がないのだと簡単に朋香を手放す尚一郎に腹が立つ。
「あの!」
手を挙げた朋香に、全員の視線が集中した。
「こんな我が儘が許されるとは思いません。
それで、工場の今後が左右するんですから。
でも、和解の件、私の好きにさせてもらえないでしょうか」
シーンと静まりかえったあと、一拍置いてみんな我に返ったのか、ざわざわとし出す。
そのなかで代表するかのように明夫が手を挙げた。
「朋香はどうしたいんだ?」
「それは……」
朋香の次の言葉を待って全員がごくりとつばを飲み込む。
一度深呼吸して、朋香は改めて口を開いた。
「和解を受け入れるのに、条件を付けたいの。
その条件の内容はいまはまだ言えないけど。
でも、私は……尚一郎さんを試したい」
「そんなことできるか!」
「徹底抗戦だ!」
「でも朋香さんには恩があるし……」
再びざわめく室内に、やはり受け入れられないのかと軽く落胆した。
きっと無理だろうとはわかっていたが、それでもやはり。
「まあまあ」
明夫が宥め、ざわめきが止まる。
「ここは朋香に、任せてもらえないだろうか。
親莫迦で申し訳ないが、娘の望むことは叶えてやりたい。
それに、朋香には二度も工場を救われた。
あのとき、朋香がオシベ会長と結婚してくれたから、契約は続行され、融資も受けられた。
今回だって朋香のおかげで丸尾弁護士を雇えたんだ。
今度は我々が、朋香のためになにかする番じゃないだろうか」
「お父さん……」
明夫の気持ちが嬉しい。
個人的な事情を持ち出した朋香を援護してくれるなんて思わなかった。
「まあ、どっちに転んでも悪い結果じゃないですからね。
任せてもいいですが、条件はやはり、話してもらわないと」
徹底抗戦派の西井が、照れくさそうにポリポリと頬を掻きながら立ち上がる。
朋香としては人に言うのは酷く恥ずかしい条件なので、当日まで秘密にしておきたいが、やはりそうはいかないだろう。
「その。
……私との再婚が条件、です」
「はぁーっ!?」
一気にまた、室内がざわつき出す。
「朋香さん、この離婚で懲りてないんですか?」
「オシベの野郎と再婚したって幸せになれないですよ、それなら俺が」
「おまえなんかと結婚して幸せになれるか!
それより僕と」
「朋香ちゃん、騙されてない?」
口々に好き勝手言う職員たちに苦笑いしかできない。
「あの。
私、尚一郎さんにとても、とても、とても愛されてたんです。
だからきっと、これは尚一郎さんが望んだ離婚じゃないと思うから。
それに私は、尚一郎さんを絶対に幸せにするって誓った……から……」
「朋香……」
「朋香さん……」
「朋香ちゃん……」
最後の方は鼻声になっていて情けなくなる。
まだまだ、戦わなければいけないのだ。
こんなところで弱気になっていてはいけない。
「だから、もう一度結婚して、尚一郎さんを今度は私が幸せにするんです。
だからご協力、お願いします!」
努めて明るく振る舞うと、拍手が起きた。
「ありがとうございます」
自分の我が儘を聞いてくれる工場のみんなに、尚一郎じゃないが潰すことにならなくて本当によかったと思う。
尚一郎が工場を訪れる前日、朋香は病院を訪れていた。
「おめでとうございます。
妊娠五週目です」
「そうですか……」
ここのところ忙しくて気にしてなかったが、生理が遅れていた。
昨日、もしかしてと思って市販の検査キットを使うと陽性反応が出た。
「尚一郎さんは喜んでくれるのかな……」
別れる前、あんなに朋香が妊娠していると決めつけ、扱っていたのはきっと、尚一郎の願望なんじゃないだろうか。
朋香と、家族を持つことを夢みていたから。
だから、もうすぐ終わりがくるとわかっていたからこそ、ああいう態度をとっていたんじゃないか。
「尚一郎さん。
私たちの子供ですよ。
喜んでくれますよね?
あんなに、待ってたんだから……」
そっとおなかを撫でると涙が出てくる。
――明日。
すべてが決まる。
社長室で、明夫の隣に緊張して座っていた。
明夫の隣には和解の話もあるので丸尾が控えている。
昨晩は子供のためにもちゃんと寝なくちゃいけないとわかっていながら、一睡もできなかった。
「押部CEOがお見えです」
案内してきた女子事務員の声に、ソファーから慌て立ち上がる。
「本日はありがとうございます」
部屋に入ってきた尚一郎は朋香を目に留めて一瞬、足を止めたが、すぐに何事もないかのように勧められたソファーに座った。
その隣に羽山が座り、後ろに立った犬飼は朋香と目が合うと、短く頷いた。
「いえ、こちらこそわざわざご足労、ありがとうございます」
にこやかに笑っている尚一郎は、どこか人を寄せ付けないように気を張っているように見えた。
そんなところもまた、朋香を悲しくさせる。
「それで。
こちらの謝罪を受け入れ、和解に応じてくださるということで、本当にありがとうございます」
「それが、その、……一つ条件がありまして」
「は?」
慇懃にあたまを下げた尚一郎だったが、驚いたのかぱっと勢いよくあたまを上げた。
「……朋香」
明夫に促され、小さく深呼吸をして朋香は口を開いた。
「はい。
……私と、再婚してください。
これが和解に応じる条件です」
「……っ」
震える朋香の声に合わせて丸尾が置いた書類に、苦しげに尚一郎の顔が歪む。
目の前に置かれたのは婚姻届だった。
妻の欄にはもちろん、朋香の名前が記載してある。
保証人の欄にも明夫と尚恭のサインがしてあった。
明夫は渋ることなくサインしてくれたし、――尚恭も。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
127
-
-
17
-
-
4405
-
-
52
-
-
2
-
-
310
-
-
4112
-
-
140
-
-
2
コメント