【完結】契約書は婚姻届
第17話 ごっこ遊び4
一階で、ロッテの鳴き声が聞こえる。
いつの間にか夜になり、暗い部屋の中でクッションを抱いて座っていた。
「……おかえりなさい」
玄関に降りるとロッテの歓迎を受けていた尚一郎が、表情を堅くした。
いつもならすぐに
「ただいま」
とキスしてくれるのに、今日はない。
そのうえ、後ろにはなぜかお抱え弁護士の羽山が立っている。
「君に話がある」
普段と全く違う冷たい顔の尚一郎に、悪い予感しかしなかった。
朋香を書斎に連れていき、ひとり掛けのソファーに座った尚一郎はその長い足を組み、そのうえに手の指を組んで乗せた。
その左手薬指からは……結婚指環が消えている。
「これを」
羽山がテーブルの上に一枚の紙を滑らせる。
確認したそれは、離婚届だった。
「……どういうこと、ですか」
ずっと一緒にいると誓ったのだ。
絶対にひとりにしないと約束してくれた。
なのに、なんで。
「結婚ごっこはもう終わりだ」
「……ごっこ、ですか」
「そうだ。
僕が君のような人間と本気で結婚するとでも?
少し、遊んでみただけだ」
うっすらと笑う尚一郎に、背中を冷たい汗が滑り落ちていく。
「……じゃ、じゃあ、いままでのはすべて、演技だったんですか」
「そうだ」
「愛してるって言ってくれたのも」
「すべて嘘だ。
……さっさとサインしてくれないかな」
尚一郎の指がコツコツと離婚届を叩く。
そこにはすでに、押部尚一郎の名前が記入してあった。
「……嫌だって言ったら」
「君が傷つくだろうから言わないでおいてやったが。
偽装するような会社の娘を妻にしておけると思うのか」
ギリ、奥歯を強く噛みしめたせいか、わずかに頭痛がした。
「……わかり、ました」
ペンを取って離婚届にサインする。
渡された印鑑で判もついた。
「それから」
羽山は離婚届を確認し、尚一郎の声にあわせてさらに紙を置く。
「今後一切、僕には関わらないとの誓いの書類だ。
慰謝料だなんだと請求されると困るからな」
はっ、吐き捨てるように笑った尚一郎にかっとあたまが熱くなった。
「そんなことするわけないでしょ!?
あなたはいままで、私のなにを見てきたんですか!?」
「……なにも」
レンズの奥の碧い瞳はガラス玉のようで感情が見えない。
自分が好きになった尚一郎はこんな男だったのだろうか。
置いてあったペンを乱暴に取り、中身も確認しないままサインをしていく。
「これで気が済みましたか」
「ああ。
さっさと屋敷を出ていってくれないか」
「言われなくても!」
勢いよくドアを開けて出て、階段を駆け上がって自分の部屋に行った。
ずっとしまいっぱなしだった実家から持ってきたスーツケースを引っ張り出し、同じく実家から持ってきたものだけを詰めていく。
嫌みのように尚一郎から買ってもらったものはすべて、そのままにしておいた。
荷造りが終わり思い出したことがあって書斎に戻ると、まだ尚一郎はそこにいた。
「これ!
お返しするの忘れてました!」
――ダン!
結婚指環と婚約指環を机の上に叩きつけても、尚一郎は顔色ひとつ変えなかった。
ますます腹が立ってきて、ふん! と鼻を鳴らし、スーツケースを引きずって屋敷を出ていく。
しばらく黙って歩いていたが、次第に涙がこぼれてくる。
「嘘つき」
最初は嫌々はじめた契約結婚生活だが、いつの間にか尚一郎が好きなっていた。
「嘘つき」
絶対に守ると言ってくれた。
絶対に不幸にしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
淋しそうな尚一郎とずっと一緒にいると誓ったのだ。
尚一郎だって絶対にひとりにしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
何度も、何度も、愛してると言ってくれた。
ずっと、永遠に愛してると言ってくれた。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき……」
あんなに嬉しそうな顔も幸せそうな顔も全部演技だったんだろうか。
自分はずっと、騙されてたんだろうか。
なにを信じていいのか、朋香にはわからなかった。
いつの間にか夜になり、暗い部屋の中でクッションを抱いて座っていた。
「……おかえりなさい」
玄関に降りるとロッテの歓迎を受けていた尚一郎が、表情を堅くした。
いつもならすぐに
「ただいま」
とキスしてくれるのに、今日はない。
そのうえ、後ろにはなぜかお抱え弁護士の羽山が立っている。
「君に話がある」
普段と全く違う冷たい顔の尚一郎に、悪い予感しかしなかった。
朋香を書斎に連れていき、ひとり掛けのソファーに座った尚一郎はその長い足を組み、そのうえに手の指を組んで乗せた。
その左手薬指からは……結婚指環が消えている。
「これを」
羽山がテーブルの上に一枚の紙を滑らせる。
確認したそれは、離婚届だった。
「……どういうこと、ですか」
ずっと一緒にいると誓ったのだ。
絶対にひとりにしないと約束してくれた。
なのに、なんで。
「結婚ごっこはもう終わりだ」
「……ごっこ、ですか」
「そうだ。
僕が君のような人間と本気で結婚するとでも?
少し、遊んでみただけだ」
うっすらと笑う尚一郎に、背中を冷たい汗が滑り落ちていく。
「……じゃ、じゃあ、いままでのはすべて、演技だったんですか」
「そうだ」
「愛してるって言ってくれたのも」
「すべて嘘だ。
……さっさとサインしてくれないかな」
尚一郎の指がコツコツと離婚届を叩く。
そこにはすでに、押部尚一郎の名前が記入してあった。
「……嫌だって言ったら」
「君が傷つくだろうから言わないでおいてやったが。
偽装するような会社の娘を妻にしておけると思うのか」
ギリ、奥歯を強く噛みしめたせいか、わずかに頭痛がした。
「……わかり、ました」
ペンを取って離婚届にサインする。
渡された印鑑で判もついた。
「それから」
羽山は離婚届を確認し、尚一郎の声にあわせてさらに紙を置く。
「今後一切、僕には関わらないとの誓いの書類だ。
慰謝料だなんだと請求されると困るからな」
はっ、吐き捨てるように笑った尚一郎にかっとあたまが熱くなった。
「そんなことするわけないでしょ!?
あなたはいままで、私のなにを見てきたんですか!?」
「……なにも」
レンズの奥の碧い瞳はガラス玉のようで感情が見えない。
自分が好きになった尚一郎はこんな男だったのだろうか。
置いてあったペンを乱暴に取り、中身も確認しないままサインをしていく。
「これで気が済みましたか」
「ああ。
さっさと屋敷を出ていってくれないか」
「言われなくても!」
勢いよくドアを開けて出て、階段を駆け上がって自分の部屋に行った。
ずっとしまいっぱなしだった実家から持ってきたスーツケースを引っ張り出し、同じく実家から持ってきたものだけを詰めていく。
嫌みのように尚一郎から買ってもらったものはすべて、そのままにしておいた。
荷造りが終わり思い出したことがあって書斎に戻ると、まだ尚一郎はそこにいた。
「これ!
お返しするの忘れてました!」
――ダン!
結婚指環と婚約指環を机の上に叩きつけても、尚一郎は顔色ひとつ変えなかった。
ますます腹が立ってきて、ふん! と鼻を鳴らし、スーツケースを引きずって屋敷を出ていく。
しばらく黙って歩いていたが、次第に涙がこぼれてくる。
「嘘つき」
最初は嫌々はじめた契約結婚生活だが、いつの間にか尚一郎が好きなっていた。
「嘘つき」
絶対に守ると言ってくれた。
絶対に不幸にしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
淋しそうな尚一郎とずっと一緒にいると誓ったのだ。
尚一郎だって絶対にひとりにしないと誓ってくれた。
「嘘つき」
何度も、何度も、愛してると言ってくれた。
ずっと、永遠に愛してると言ってくれた。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき……」
あんなに嬉しそうな顔も幸せそうな顔も全部演技だったんだろうか。
自分はずっと、騙されてたんだろうか。
なにを信じていいのか、朋香にはわからなかった。
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