【完結】契約書は婚姻届

霧内杳

第17話 ごっこ遊び3

少し眠ってお昼前に目を覚まし、明夫に電話を入れる。

「もしもし、お父さん?
今日、おみやげ持って工場に寄ろうと思うんだけどいいかな?」

『工場に?
いや、その、……あのな?』

「なにかあったの?」

久しぶりに話す明夫は歯切れが悪く、悪いことでもあったんじゃないかと不安になる。

『いや、……わかった。
待ってる』

「うん。
お昼過ぎには着くと思う」

入院中、,そして今朝の尚一郎。
さらには明夫の様子に、自分の知らないところでなにか起こってるんじゃないかと胸騒ぎがする。

結局、ブランチもそこそこに家を出た。

着いた工場ではまるで見張るように数人の人間がたむろっていて、なにかあったのかとますます不安になる。

しかし、自分はなにも聞いていない。

「こんにちはー」

「あんたよく、平気で顔を出せるな!」

事務所に顔を出したとたん、すごい剣幕で西井に罵られ、固まった。

「オシベのせいでいま、うちがどうなってるのかわかってるのか!?」

「え……」

みるみるうちに血の気が引いていく。
西井はまだなにか言っているが、よく聞き取れない。
呆然と立ち尽くしていると、騒ぎを聞きつけた明夫が社長室から出てきた。

「朋香、とりあえずこっちに来なさい」

「お父さん……」

「早く」

社長室に向かう朋香を西井が睨みつけている。
ほかの社員も視線を合わせないように俯いていた。

「やっぱり、なにも知らないのか」

「……どういう、こと?
帰ってきてからずっと、入院してたから……」

勧められてソファーに腰を下ろすと、明夫に週刊誌を差し出された。
ページをめくっていくにつれて嫌な汗が出て心臓がばくばくと早く鼓動する。

【人工心臓で死亡事故!
基準に満たない部品を使用?】

【データ偽装!
若園製作所の闇】

【我々は騙されていた。
オシベは被害者?】

「これって……」

「うちは誠実を売りにやっている。
全部、でっち上げだ」

明夫の顔には疲労が濃く浮き上がり、しばらく見ないあいだに随分やつれている。

「……そう、だよね」

……きっと、達之助の仕業に決まっている。

自分の相手を拒み、勝手に尚一郎の元へ行った朋香への制裁以外に考えられない。

「なんで連絡してくれなかったの?」

尚一郎に頼めば打つ手はあったはずなのだ。
それに、尚一郎は明夫や工場だって守ると約束してくれた。

「朋香には一度、助けられた。
二度も助けてもらうのは申し訳ない」

「そんな……」

水くさいと思う。
親子なのだ、頼って欲しい。

「それに、これだけ騒ぎになっているのに朋香からなんの連絡もないから、おかしいとは思っていた」

「……いつから」

「もう二週間くらいになる」

……もしかして、尚一郎さんは隠してた?

面会謝絶で世間から隔離し、朋香にこの騒ぎを知られないようにしていたんじゃないだろうか。
ずるずると入院期間を延ばしてたのも、落ち着くの待っていたのでは。

「とにかく、尚一郎さんに連絡してみる」

バッグから携帯を出し尚一郎にかけてみるが繋がらない。
犬飼にかけてみるが、こちらも。

「オシベからは契約打ち切りと融資の即時返済、それに損害賠償の通達が来ている」

「そんなの、嘘……」

いくら達之助がそんなことを決めても、尚一郎が簡単に許してしまうはずがない。

「うちは尚一郎君に見捨てられたんだ」

絶望する明夫に、なんと言っていいのかわからなかった。


家に帰りテレビをつけた。
ワイドショーはどこも若園製作所の話で持ちきり。

「我々は若園製作所に騙されたんです。
いわば、被害者です」

コメンテーターに質問され、大仰に頷く川澄に虫酸が走る。

以前、契約打ち切りの噂が立ったとき、確かめに行った朋香たちにそれはないと断言したのは川澄だ。
しかしその後、裏切るかのように契約打ち切りの通告が来た。
それを取り消すために朋香は尚一郎と結婚したのだ。

「データ偽装はいつからだと思われますか」

「かなり前からだと思います。
一度、製品が基準にあわないので契約をやめると言ったのですが、その後、改善したと急にあうものを出してきまして。
思えば、そのころからやっていたのではないかと」

若園製作所の技術は超一流だ。
尚一郎だって潰すことにならなくてよかったと言っていた。
そんな粗末なこと、するはずがない。

したり顔でしゃべる司会者と川澄にいたたまれなくなってすぐに電源を切った。
携帯を手にもう一度、尚一郎にかけてみるが、呼び出し音すらならない。

「……どういうこと、なんだろ」

尚一郎は絶対に、朋香の幸せを守ると約束してくれたのだ。
なのに、なんでこんなことになっているのかわからない。


携帯片手にこれまでのあらましをさらっていく。

発端は奏林大で行われた人工心臓の臨床実験で、患者が死亡したこと。
その際、直接の死因ではないが、重要なネジの破損が発覚。
ネジを製造したのは、オシベメディテックから依頼を受けた若園製作所だった。

オシベメディテック側は納入されたネジに問題はなかったと会見。
しかし、その後の調査で若園製作所側から提出されていたデータが偽装されたものだったとさらに会見を開いた。
明夫たちにしてみれば寝耳に水で対応が後手後手に回る。

データ改竄などしてない、そもそも、それはうちで作ったネジではないと証拠を出すが、オシベの方からは無いはずの改竄証拠が出され、声高に被害者は我々だと叫ばれるともう打つ手がなかった。

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