【完結】契約書は婚姻届
第16話 新婚旅行へGO!2
尚一郎を部屋に押し込んで強引に、カーテから散歩に連れ出された。
「朋香はまだ、ドイツ語が十分じゃないんですよ!
僕がいないと困るでしょう!」
「女同士の話があるのよ。
ダイジョウブネ、モンダイナイ」
「あなたと一緒だと、さらに問題があるんですよ!」
盛んに尚一郎は意見しているが、カーテは全く聞いてない。
「携帯持ってますから。
翻訳アプリがあるからたぶん大丈夫ですよ」
「僕も行きますよ!」
ドアの前までついてきた尚一郎だったが、一緒に出ようとしてドンと胸を強く押され、よろよろと部屋の中へと戻ってしまう。
「Tschuss(バイバイ),尚一郎」
いたずらっぽくカーテが手を振ると同時にバタンとドアが閉まった。
カーテは鍵をかけて近くにいた従業員に命じ、ソファーを運ばせてその前に置いてしまう。
中からは尚一郎がドアをどんどんと叩く音が聞こえてくるが、少しも開く様子はない。
「これで邪魔者はいなくなったし。
行きましょう、朋香」
ぱちんとカーテがウィンクし、いいのかなーと思いながら朋香は引きずられていった。
「ここはワインが有名な街なのよ」
カーテに案内される街はいかにもヨーロッパという感じで、朋香をわくわくさせた。
さんざん歩いて、川沿いのホテルのカフェでお茶にする。
目の前にはライン川が広がっており、気持ちがいい。
「ありがとう、朋香。
尚一郎を連れてきてくれて」
突然、カーテに手を両手で握られて驚いた。
「私は別になにもしてないです」
確かにカーテに会いに行くのは渋っていたが、招待を受けて決めたのは尚一郎だったし、朋香は事後承諾に近かった。
「ううん。
朋香に出会ったから尚一郎の気持ちが変わって、会いに来てくれたんだと思う。
トモカ、アリガトウ」
「カーテさん……」
うっすらと涙を浮かべているカーテに、なんと言葉をかけていいのかわからない。
そもそも、どうして尚一郎はカーテにずっと、会わなかったのだろう。
尚恭は頻繁に会いに行っているようだが。
「私は尚一郎が日本に行けば、酷い目に遭うことがわかっていながら送り出したの。
愛する尚恭の頼みだったし、それに大親友の麻祐子がした最初で最後の頼みだから断れなかった。
きっと、尚一郎は私を恨んでいるわ」
「それは……」
ない、と言い切ろうとして言葉に詰まる。
自分ならきっと、送り出した親を恨んでいるだろう。
それに尚一郎からほとんど、カーテの話は聞いたことがない……が。
「そういえば尚一郎さん、カーテさんに就職祝いにもらったんだって車を大事にしてました。
なんだかそれが、嬉しそうでしたよ」
ただ恨んでいるだけなら、カーテに贈られた車などとうに処分してしまっていただろう。
けれどあの少し年式の古いポルシェは、新車のようにぴかぴかに磨いてあった。
尚一郎の気持ちはわからないがきっと、恨みだけではないはずだ。
「ありがとう、朋香。
それが聞けただけで十分よ」
嬉しそうにカーテが笑い、胸が熱くなる。
なんだか自分まで泣きそうになって誤魔化すようにカップを口に運んだ……瞬間。
「母さん!
朋香を勝手に引っ張り回さないでくれますか!?」
「えっ」
後ろから抱きつかれ、落としそうになったカップを慌てて掴み直す。
「どうやって出てきたの?
あのソファーが動くはずないんだけど」
カーテが首を傾げ、朋香も同時に首を傾げる。
ドアの前に置いたソファーは、ふたりがかりで動かしていた。
「ドアから出られないなら、窓から出ましたが?」
「あそこ三階……」
「シーツや近くの植木を伝って出られましたよ」
なんでもないような顔を尚一郎はしているが、そういう問題じゃない気がする。
「Oh、Ninja!!」
「は?」
「はい?」
目をきらきらと輝かせ、両手を胸の前で堅く握り合わせたカーテが勢いよく立ち上がり、思わず尚一郎と顔を見合わせてしまう。
「尚一郎は日本で、忍者になったのね!
ファンタスティシェ!」
「忍者……」
つい、忍び装束で手裏剣を投げている尚一郎を想像してしまい、笑ってはいけないと思いつつも肩が震えてしまう。
「凄いわ、尚一郎!
どんな修行をしたの!?
詳しく聞かせて!」
「母さん……」
「……ぷっ」
大興奮のカーテに尚一郎は困り果てていて、とうとう朋香は吹きだしてしまった。
夕食はワインが有名な町だからか、ワインがでた。
ここら辺りでは珍しい、赤ワイン。
会えなかった二十年を埋めるように話すカーテの話を、ワインを傾けながら聞いていた。
「母さん、子供の頃の失敗まで話すなんて……」
翌日の朝食を約束して部屋に戻ると、尚一郎のあたまががっくりと落ちた。
「子供の頃の尚一郎さんって、すごく可愛かったんですね。
天使みたいだって言ってましたよ」
「恥ずかしすぎる……」
両手で顔を覆って隠してしまった尚一郎の耳は、酔っているだけではないように真っ赤に染まっていた。
そんな姿がまた新鮮で、ついくすくすと笑ってしまう。
「そういえば昼間、母さんとなにを話していたんだい?」
ごくごくと冷たい水を飲んで少し落ち着いたのか、改まって尚一郎が聞いてきた。
「んー、内緒ですよ」
きっと、カーテは朋香にだけに、胸の内を話してくれたんだと思う。
だから、話すべきじゃないと判断を下した。
「とーもーかー」
「うっ」
ジト目で睨まれると困るが、やはり話すつもりはない。
けれど。
「尚一郎さんってお義母さんが嫌いですか?」
「なんでそう思うんだい?」
「なんとなく、態度が硬い気がします。
会いに来るのも凄く、渋ってたし」
はぁーっ、深いため息を落とし、尚一郎は朋香を膝の上に抱き上げた。
ぎゅっと抱き締められるとやはり、複雑な心境なのだと気が付いた。
抱き付いている尚一郎はまるで、縋るようだったから。
「二十年も会わなきゃ、そりゃどうしていいのかわからないよ。
でもこれは、僕が悪いんだよね」
「……」
「オシベの家のことを聞いていても、僕はいまいち理解してなかったんだ。
日本に来て現実を突きつけられて、こんなところに送り出した母さんを恨みもしたよ」
朋香に抱き付く尚一郎の手に力が入って、胸がずきんと痛んだ。
「でも一番腹が立ったのは、そんな日本に行く僕にあの人、『頑張って会社経営してみなさい?
きっと、尚恭にも私の足下にもおよばないでしょうけどね』
って高笑いしたんだよ!」
「あー……」
がばりと顔を上げた尚一郎はぷりぷり怒っているが、それは仕方ないだろう。
カーテの自業自得だ。
もしかして、尚一郎が尚恭に対して態度が硬いのも、淋しさや裏切られたという気持ちよりも、同じことを言われたんじゃないだろうかと想像してしまった。
「でも今回、母さんに会おうと思ったのは朋香のおかげだよ。
遠く離れてても会おうと思えば会えるんだから、ちゃんと会っとかないとね。
……もう二度と、お母さんと会えない朋香とは違うんだから」
改めて言われ、もうずっと心の奥底にしまい込んでしまっていた感情がじわじわと漏れ出してくる。
「母に尚一郎さんを紹介したかったです。
こんなに素敵な人と結婚しました、って。
絶対にお父さんとお母さんみたいに幸せな夫婦になります、って」
甘えるように抱き着くと、ゆっくりと尚一郎の手が朋香の髪を撫でる。
「天国のお義母さんに誇れるような夫婦になろうね」
「……はい」
じっと、尚一郎が眼鏡の奥から見つめている。
見つめ返して目を閉じた……瞬間。
コンコンコン。
「尚一郎!
言い忘れたことがあったわ!」
ノックの音とカーテの声に目を開けると、尚一郎が残念そうに深いため息を落とした。
「……だから母さんは嫌なんだ」
「朋香はまだ、ドイツ語が十分じゃないんですよ!
僕がいないと困るでしょう!」
「女同士の話があるのよ。
ダイジョウブネ、モンダイナイ」
「あなたと一緒だと、さらに問題があるんですよ!」
盛んに尚一郎は意見しているが、カーテは全く聞いてない。
「携帯持ってますから。
翻訳アプリがあるからたぶん大丈夫ですよ」
「僕も行きますよ!」
ドアの前までついてきた尚一郎だったが、一緒に出ようとしてドンと胸を強く押され、よろよろと部屋の中へと戻ってしまう。
「Tschuss(バイバイ),尚一郎」
いたずらっぽくカーテが手を振ると同時にバタンとドアが閉まった。
カーテは鍵をかけて近くにいた従業員に命じ、ソファーを運ばせてその前に置いてしまう。
中からは尚一郎がドアをどんどんと叩く音が聞こえてくるが、少しも開く様子はない。
「これで邪魔者はいなくなったし。
行きましょう、朋香」
ぱちんとカーテがウィンクし、いいのかなーと思いながら朋香は引きずられていった。
「ここはワインが有名な街なのよ」
カーテに案内される街はいかにもヨーロッパという感じで、朋香をわくわくさせた。
さんざん歩いて、川沿いのホテルのカフェでお茶にする。
目の前にはライン川が広がっており、気持ちがいい。
「ありがとう、朋香。
尚一郎を連れてきてくれて」
突然、カーテに手を両手で握られて驚いた。
「私は別になにもしてないです」
確かにカーテに会いに行くのは渋っていたが、招待を受けて決めたのは尚一郎だったし、朋香は事後承諾に近かった。
「ううん。
朋香に出会ったから尚一郎の気持ちが変わって、会いに来てくれたんだと思う。
トモカ、アリガトウ」
「カーテさん……」
うっすらと涙を浮かべているカーテに、なんと言葉をかけていいのかわからない。
そもそも、どうして尚一郎はカーテにずっと、会わなかったのだろう。
尚恭は頻繁に会いに行っているようだが。
「私は尚一郎が日本に行けば、酷い目に遭うことがわかっていながら送り出したの。
愛する尚恭の頼みだったし、それに大親友の麻祐子がした最初で最後の頼みだから断れなかった。
きっと、尚一郎は私を恨んでいるわ」
「それは……」
ない、と言い切ろうとして言葉に詰まる。
自分ならきっと、送り出した親を恨んでいるだろう。
それに尚一郎からほとんど、カーテの話は聞いたことがない……が。
「そういえば尚一郎さん、カーテさんに就職祝いにもらったんだって車を大事にしてました。
なんだかそれが、嬉しそうでしたよ」
ただ恨んでいるだけなら、カーテに贈られた車などとうに処分してしまっていただろう。
けれどあの少し年式の古いポルシェは、新車のようにぴかぴかに磨いてあった。
尚一郎の気持ちはわからないがきっと、恨みだけではないはずだ。
「ありがとう、朋香。
それが聞けただけで十分よ」
嬉しそうにカーテが笑い、胸が熱くなる。
なんだか自分まで泣きそうになって誤魔化すようにカップを口に運んだ……瞬間。
「母さん!
朋香を勝手に引っ張り回さないでくれますか!?」
「えっ」
後ろから抱きつかれ、落としそうになったカップを慌てて掴み直す。
「どうやって出てきたの?
あのソファーが動くはずないんだけど」
カーテが首を傾げ、朋香も同時に首を傾げる。
ドアの前に置いたソファーは、ふたりがかりで動かしていた。
「ドアから出られないなら、窓から出ましたが?」
「あそこ三階……」
「シーツや近くの植木を伝って出られましたよ」
なんでもないような顔を尚一郎はしているが、そういう問題じゃない気がする。
「Oh、Ninja!!」
「は?」
「はい?」
目をきらきらと輝かせ、両手を胸の前で堅く握り合わせたカーテが勢いよく立ち上がり、思わず尚一郎と顔を見合わせてしまう。
「尚一郎は日本で、忍者になったのね!
ファンタスティシェ!」
「忍者……」
つい、忍び装束で手裏剣を投げている尚一郎を想像してしまい、笑ってはいけないと思いつつも肩が震えてしまう。
「凄いわ、尚一郎!
どんな修行をしたの!?
詳しく聞かせて!」
「母さん……」
「……ぷっ」
大興奮のカーテに尚一郎は困り果てていて、とうとう朋香は吹きだしてしまった。
夕食はワインが有名な町だからか、ワインがでた。
ここら辺りでは珍しい、赤ワイン。
会えなかった二十年を埋めるように話すカーテの話を、ワインを傾けながら聞いていた。
「母さん、子供の頃の失敗まで話すなんて……」
翌日の朝食を約束して部屋に戻ると、尚一郎のあたまががっくりと落ちた。
「子供の頃の尚一郎さんって、すごく可愛かったんですね。
天使みたいだって言ってましたよ」
「恥ずかしすぎる……」
両手で顔を覆って隠してしまった尚一郎の耳は、酔っているだけではないように真っ赤に染まっていた。
そんな姿がまた新鮮で、ついくすくすと笑ってしまう。
「そういえば昼間、母さんとなにを話していたんだい?」
ごくごくと冷たい水を飲んで少し落ち着いたのか、改まって尚一郎が聞いてきた。
「んー、内緒ですよ」
きっと、カーテは朋香にだけに、胸の内を話してくれたんだと思う。
だから、話すべきじゃないと判断を下した。
「とーもーかー」
「うっ」
ジト目で睨まれると困るが、やはり話すつもりはない。
けれど。
「尚一郎さんってお義母さんが嫌いですか?」
「なんでそう思うんだい?」
「なんとなく、態度が硬い気がします。
会いに来るのも凄く、渋ってたし」
はぁーっ、深いため息を落とし、尚一郎は朋香を膝の上に抱き上げた。
ぎゅっと抱き締められるとやはり、複雑な心境なのだと気が付いた。
抱き付いている尚一郎はまるで、縋るようだったから。
「二十年も会わなきゃ、そりゃどうしていいのかわからないよ。
でもこれは、僕が悪いんだよね」
「……」
「オシベの家のことを聞いていても、僕はいまいち理解してなかったんだ。
日本に来て現実を突きつけられて、こんなところに送り出した母さんを恨みもしたよ」
朋香に抱き付く尚一郎の手に力が入って、胸がずきんと痛んだ。
「でも一番腹が立ったのは、そんな日本に行く僕にあの人、『頑張って会社経営してみなさい?
きっと、尚恭にも私の足下にもおよばないでしょうけどね』
って高笑いしたんだよ!」
「あー……」
がばりと顔を上げた尚一郎はぷりぷり怒っているが、それは仕方ないだろう。
カーテの自業自得だ。
もしかして、尚一郎が尚恭に対して態度が硬いのも、淋しさや裏切られたという気持ちよりも、同じことを言われたんじゃないだろうかと想像してしまった。
「でも今回、母さんに会おうと思ったのは朋香のおかげだよ。
遠く離れてても会おうと思えば会えるんだから、ちゃんと会っとかないとね。
……もう二度と、お母さんと会えない朋香とは違うんだから」
改めて言われ、もうずっと心の奥底にしまい込んでしまっていた感情がじわじわと漏れ出してくる。
「母に尚一郎さんを紹介したかったです。
こんなに素敵な人と結婚しました、って。
絶対にお父さんとお母さんみたいに幸せな夫婦になります、って」
甘えるように抱き着くと、ゆっくりと尚一郎の手が朋香の髪を撫でる。
「天国のお義母さんに誇れるような夫婦になろうね」
「……はい」
じっと、尚一郎が眼鏡の奥から見つめている。
見つめ返して目を閉じた……瞬間。
コンコンコン。
「尚一郎!
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