指圧はつらいよ
肩井は恋の予感
横山 大輔、あん摩マッサージ指圧師、36歳、独身。
いろいろあった人生だが、ついに自宅を改装し、「開花堂 治療院」を開業した。が、客は来なかった。
もともと、母親が、お弁当屋を将来やりたくて購入した家である。一階はテナントにしやすかったぶん、生活空間は2階である。大輔が2階で食事をしていると、母親が喋りだした。
「大輔、今日も夜はスパのマッサージのバイトに行くんだろ。土日も夜は仕事に行っているし、こっちにお客さんがきたらどうするの」
「そんなことはわかっているよ。こっちに患者さんが集まりだしたら、向こうは減らしていくよ。」
「あんたも大変なのはわかるけど、パパが片麻痺だからね。とにかく、収入だけは減らさないでね。」
父親は2年前、58歳の時に2回目の脳梗塞を発症し、片麻痺の障害者になってしまった。障害年金で何とか両親は生活しているが、結婚した姉2人と大輔は金銭的な援助を行なっている。
ある日の日曜日、追い詰められたような顔をした1人の女性が、「開花堂」に来店してきた。
杉山 明美、30歳前後、肩こりがひどく、睡眠も浅い。とにかく疲れているようだ。
「前からお店のことが気になっていたんです。子供がお昼寝したからやっと来れました。」
近所のアパートに子供2人と3人で住んでいるようだ。
大輔は60分の指圧をしながら、明美の苦労話しを聞いていた。
子供は6歳の女の子と3歳の男の子。旦那は2年前から家に帰らなくなった。女手ひとつで、配送の仕事を行いながら、子供を保育園に連れて行き、生活をしている。子供がひとたび風邪などひこうものなら、仕事も休んで看病しなければならない。周りの人の協力なくしては生きていけず、子供にも振り回され、人生に疲れているようだ。
大輔は生活が大変なんだなと思うと60分四千円の施術料をいただくのも気の毒に思えた。施術が終わり、
「杉山さん、60分四千円ですが、半額でいいですよ。そのかわり、またいらしてください。からだが凝り固まっています。そして、値段のことは口外しないでくださいね。」
「いいんですか。ありがとうございます。助かります。必ずまた来ます。」
 売り上げは低いが、「医は仁術」という。「算術」ではない。大輔はそれでいいと思った。
杉山さんは、その後、すっかり、「開花堂 治療院」の常連になっている。
 
大輔がバイトしている「花の湯」のマッサージルームは、お客さんがいない時はトレーナー同士で雑談をしていて、同じ年齢で仲の良い男性の山田さんとお話しをしている。
「横山さん、小さなお子さんが2人いらっしゃる女性の患者さんを、今度、デートに誘うの。」
「そんな、デートだなんて。そんなもんじゃないですよ。ただ、近くのファミレスにお子さん達と一緒に食事でもと思っているだけですよ。なんか大変じゃないですか。子供が、ちょっと発熱しただけで、保育園から呼ばれて、仕事を休まなければいけないなんて。うちは老老介護で両親は家にいるから、いざっていう時は助けられるかなって。下心があるわけではないですが、助けてあげられるのなら助けてあげたいですね。」
「下心ありありじゃないかな。」
大輔と山田はお互い笑いあってしまった。
杉山 明美は「開花堂 治療院」で指圧を受けている。
「杉山さん、いつも固いですけど今日はこの肩井という肩のツボに少し指が入りますね。」
肩井とは肩先と同じ高さの背骨との中間地点の場所にあるツボである。
「確かに、ほぐれてますね。」
「肩井というツボには面白い話しがあるんですよ。中国の正統な歴史書に書かれているんですが、昔、あるお医者さんが、痛みに苦しんでいる鬼にあったみたいなんですよ。その鬼は、もとは人間だったみたいですが、死んで鬼になり痛みに、のたうち回ってたそうです。その後、鬼の言うとうりに、わら人形の肩井はじめ何ヵ所かに鍼と灸をして、祭って埋めたら、あくる日、身知らぬ人が来て、お礼をのべて姿を消したようです。医療の医の漢字の旧字には下に巫の字があって、どこかシャーマニズム的な部分もあるようですね。」
「よく勉強をなさっているんですね。」
  指圧が終わり、明美にお茶をだし、大輔は杉山さんの体調を気にしながらも、いよいよ食事に誘おうとした。
「杉山さん、あの...」
明美は言葉を遮り話しだした。
「先生、私、今度、再婚するんです。」
「えっ。」
「似た者同士の人が、同じ会社にいて、私は旦那がお金を入れてくれなくなったから離婚したんですけど、その人は、奥さんが家のことをさっぱりしない人だったみたいで離婚したようなんです。優しい人なんですよ。」
「そ、そ、それは良かったですね。ハッハッハッ、シャーマニ的な部分もとれたんですかね。」
大輔は自分の肩井のツボをポンポン叩きながら言った。
「先生、今日からお代もちゃんと払いますね。いままでありがとうございました。嬉しかったです。また、来ますね。」
 
「花の湯」のマッサージルームで、大輔と山田がお喋りをしている。
「横山さん、残念でしたね。けれど、上手くいったらいったで大変だったんじゃないですか。」
「そうかもしれません。まあ、杉山さんの幸せに少しでもお役にたてれれば嬉しいです。何だかんだいっても地球には女性が35億。頑張りますよ。」
「35億!」
「そう、35億。」
 マッサージルームには横山と山田の笑い声が響いていた。
いろいろあった人生だが、ついに自宅を改装し、「開花堂 治療院」を開業した。が、客は来なかった。
もともと、母親が、お弁当屋を将来やりたくて購入した家である。一階はテナントにしやすかったぶん、生活空間は2階である。大輔が2階で食事をしていると、母親が喋りだした。
「大輔、今日も夜はスパのマッサージのバイトに行くんだろ。土日も夜は仕事に行っているし、こっちにお客さんがきたらどうするの」
「そんなことはわかっているよ。こっちに患者さんが集まりだしたら、向こうは減らしていくよ。」
「あんたも大変なのはわかるけど、パパが片麻痺だからね。とにかく、収入だけは減らさないでね。」
父親は2年前、58歳の時に2回目の脳梗塞を発症し、片麻痺の障害者になってしまった。障害年金で何とか両親は生活しているが、結婚した姉2人と大輔は金銭的な援助を行なっている。
ある日の日曜日、追い詰められたような顔をした1人の女性が、「開花堂」に来店してきた。
杉山 明美、30歳前後、肩こりがひどく、睡眠も浅い。とにかく疲れているようだ。
「前からお店のことが気になっていたんです。子供がお昼寝したからやっと来れました。」
近所のアパートに子供2人と3人で住んでいるようだ。
大輔は60分の指圧をしながら、明美の苦労話しを聞いていた。
子供は6歳の女の子と3歳の男の子。旦那は2年前から家に帰らなくなった。女手ひとつで、配送の仕事を行いながら、子供を保育園に連れて行き、生活をしている。子供がひとたび風邪などひこうものなら、仕事も休んで看病しなければならない。周りの人の協力なくしては生きていけず、子供にも振り回され、人生に疲れているようだ。
大輔は生活が大変なんだなと思うと60分四千円の施術料をいただくのも気の毒に思えた。施術が終わり、
「杉山さん、60分四千円ですが、半額でいいですよ。そのかわり、またいらしてください。からだが凝り固まっています。そして、値段のことは口外しないでくださいね。」
「いいんですか。ありがとうございます。助かります。必ずまた来ます。」
 売り上げは低いが、「医は仁術」という。「算術」ではない。大輔はそれでいいと思った。
杉山さんは、その後、すっかり、「開花堂 治療院」の常連になっている。
 
大輔がバイトしている「花の湯」のマッサージルームは、お客さんがいない時はトレーナー同士で雑談をしていて、同じ年齢で仲の良い男性の山田さんとお話しをしている。
「横山さん、小さなお子さんが2人いらっしゃる女性の患者さんを、今度、デートに誘うの。」
「そんな、デートだなんて。そんなもんじゃないですよ。ただ、近くのファミレスにお子さん達と一緒に食事でもと思っているだけですよ。なんか大変じゃないですか。子供が、ちょっと発熱しただけで、保育園から呼ばれて、仕事を休まなければいけないなんて。うちは老老介護で両親は家にいるから、いざっていう時は助けられるかなって。下心があるわけではないですが、助けてあげられるのなら助けてあげたいですね。」
「下心ありありじゃないかな。」
大輔と山田はお互い笑いあってしまった。
杉山 明美は「開花堂 治療院」で指圧を受けている。
「杉山さん、いつも固いですけど今日はこの肩井という肩のツボに少し指が入りますね。」
肩井とは肩先と同じ高さの背骨との中間地点の場所にあるツボである。
「確かに、ほぐれてますね。」
「肩井というツボには面白い話しがあるんですよ。中国の正統な歴史書に書かれているんですが、昔、あるお医者さんが、痛みに苦しんでいる鬼にあったみたいなんですよ。その鬼は、もとは人間だったみたいですが、死んで鬼になり痛みに、のたうち回ってたそうです。その後、鬼の言うとうりに、わら人形の肩井はじめ何ヵ所かに鍼と灸をして、祭って埋めたら、あくる日、身知らぬ人が来て、お礼をのべて姿を消したようです。医療の医の漢字の旧字には下に巫の字があって、どこかシャーマニズム的な部分もあるようですね。」
「よく勉強をなさっているんですね。」
  指圧が終わり、明美にお茶をだし、大輔は杉山さんの体調を気にしながらも、いよいよ食事に誘おうとした。
「杉山さん、あの...」
明美は言葉を遮り話しだした。
「先生、私、今度、再婚するんです。」
「えっ。」
「似た者同士の人が、同じ会社にいて、私は旦那がお金を入れてくれなくなったから離婚したんですけど、その人は、奥さんが家のことをさっぱりしない人だったみたいで離婚したようなんです。優しい人なんですよ。」
「そ、そ、それは良かったですね。ハッハッハッ、シャーマニ的な部分もとれたんですかね。」
大輔は自分の肩井のツボをポンポン叩きながら言った。
「先生、今日からお代もちゃんと払いますね。いままでありがとうございました。嬉しかったです。また、来ますね。」
 
「花の湯」のマッサージルームで、大輔と山田がお喋りをしている。
「横山さん、残念でしたね。けれど、上手くいったらいったで大変だったんじゃないですか。」
「そうかもしれません。まあ、杉山さんの幸せに少しでもお役にたてれれば嬉しいです。何だかんだいっても地球には女性が35億。頑張りますよ。」
「35億!」
「そう、35億。」
 マッサージルームには横山と山田の笑い声が響いていた。
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