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翼が無ければ鳥でない

櫻井広大

八月四日  Ⅱ

 寝起きで伸ばしたユリカの腕が背中に当たった。あ、ゴメン、と謝るユリカの目は仏のそれで、欠伸を隠しながら夢からの開放感の中にいた。
「おはよう」
「んーおはよう。はあ」
「寝不足?」
「………違ぁう。ねぇいつから寝てた?」
「九時ぐらいかな?」
「そっか。あー眠かった」
「よくあの体勢で寝れるね」
「歩きながらでもいけるよ?」
「マジ?」
「例えだよ、バカ」
「だよな。出来たら尊敬するわ」
「あー本当って言っておけばよかったー」
「俺に尊敬されるんだったら、貧乏神に拝んでたほうがまだマシだよ」
「なにそれ、意味わかんない」
「分からなくていいよ」
 そ、と口先から息を吹きかけるのと同じ要領でそう言い、あーもう首が痛ぁいと続けた。
「あたし、頭重いんだよねー」
「頭でっかち?」
「失礼だなぁ。いろいろと覚えられるように脳がでかいんだよ、きっと」
「見た目だけ立派で中身がともわなければ仕方ないよ」
「うっさいなー、このやろ」
「あ、もう今ので脱臼したわ」
「もっと外してやるよ」
 さらに友和の肩にグーパンをお見舞いし、すると二時間目始業の鐘がなった。生徒はぞろぞろ各々の席に戻っていき、現代文の先生が号令をかけた。
 友和は外に意識を向けながらグラウンドに響く声を聴く。こんなクソ暑いなかではしゃぎまくるヤツらのパワーはどこから湧き出るのか。やるとしたらサッカーかバスケぐらいしかなく、どちらにせよ体力の消耗が激しいスポーツだ。夏場にやることねェだろ、と内心バカにした。それと同時に授業も聞かず、景色を眺めているだけの友和の方もバカか、と思った。
 どんぐりの背比べ、という言葉がふと思い浮かんだ。結局、真面目を装っているだけか潔く吹っ切れているだけかの違いで、中身はどちらも腐っているんだ。周囲を気にせずやりたいことを全力でやっている人間の方がまだ人間らしい。眼窩の奥で何かがぬるり蠢いたが、少なくとも光ではなかった。
 腹が減ったとか暇だとか必要最低限のことのみ考え、特に親しいヤツと話すこともせず、植物状態で椅子に座り続けることに意味なんてない。ただ大人たちに厄介にならないよう学校に行くだけ。その時間は人生の暇つぶしっていうやつ。
 高校なんて義務教育でないから通う必要がない、と最近になって後悔した。そもそも義務教育だから学校に行かなければならないという考えを持ってるヤツは、小中と卒業したって卒業してないも同然だ。
 そういうヤツには学校はいらない。教科書を無理やり見させるより、死後の世界を見させた方がよっぽど価値があるからだ。目ん玉かっ開いて、ギラギラ輝かせて、奈落の底へ堕ちていく速度よりも早く、残酷な現実を知ることができるからだ。嬉々として朽ちていくのを心底望んでいるからだ。
 以前ならダルい時間が始まったと思うはずが、今ではそれすらもどうでもよくなった。
 どうでもいい。
 世の中へ訴える言葉ではないが、形容できる言葉。どうでもいい時間、どうでもいい肩書き、どうでもいい人生。どれも他人からは「あ、そっ」と言われて終わりであると同時に、全ての核はこれではないかと思うことができる言葉。
 どうでもいい、と呟いてみると空は曇っていく。晴天でもなく、どしゃ降りの雨でもなく、中間の天気。日光は届くが輝くほどでない明るさを孕んでいる。窓の外は眩しいけれど、どこか暗い。心が曇っているからだろうか。
 まだ授業は続く。忍耐が切れる寸前を保ったまま意識を殺す。これが、一番いい。
「また寝てたのかよ」
 二時間目が終わり、そろそろ教室内に毛布をかぶる生徒が出てくる頃だ。
「んー寝ちゃったー。これねぇ、病気みたいなもんよ」
「どういう病気?」
「ねむねむ病」
「は、なんだそれ」
「面白いでしょ?」
「どこが、だ」
「空気読めないねぇ、カズは」
「読んでたまるか」
「モテないでしょ?」
「なんで?」
「ぶっきらぼうだもん」
「冷静沈着、て言って欲しいね」
「ほらーそういうところとか、さ。嫌われちゃうよー?」
「構わないさ」
「強がっちゃダメだよ?」
「意外と弱音吐くタイプだから」
「じゃあ、吐いてみてよ」
 二人の間に空白が漂った。
 得体の知れない女に弱みを握られてたまるか。どうでもいいだろ、とだけ答えると、その返答があまりにも弱々しいことに気付いた。何を目指して生きていけばいいのかが分からないんだ。ユリカもきっとそうだろう?
「あんまり強がると首絞めることになるよ?」
「別に」
「本当だかんね?」
「いいよ、死んだって」
「へーすごいね」
 三時間目、四時間目と時間が流れ、授業が終わるたびにユリカと話すものの段々ウザったくなってきた。その日はもう話すことはせず、ひたすら忍耐と時間の我慢比べだった。こんな人生、ない方がいいに決まっている。
 

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