翼が無ければ鳥でない
八月三日 Ⅰ
サンタさんが来た!
かおりは飛び上がって喜んだ。隣のおばあちゃん家にお花の水やりをしに行こうと、テラスの下に置いてある靴を履いたとき、ジャラリと音を立てたので覗いてみると、なんとプレゼントがあったのだ!
絵本に出てくるプレゼントは赤い大きな箱。それとはだいぶかけ離れたプレゼントだが、靴に入っていたから間違いない。絵本のサンタさんもたしか同じようにしていたと思う。違いはそのプレゼントが「おかね」であることだけだった。
いつもママとお買い物に行ってたから、すぐにそれが「おかね」だと分かった。
手にしてみると薄いのに硬くてひんやりしていた。頬に当てると気持ちがいい。でもちょっと臭いかな。あんまりいい匂いではなかった。ママに見せるとかなり驚いて困惑の色を浮かべた。
「どうしたのそれ?」
「サンタさんのプレゼント」
「え、どこにあったの?」
「あそこのくつのなか」テラスを指差して説明した。
「それ、本当?」
「ほんとだよ?だってくつのなかにはいってたもん」
「ふーん………。まぁ、良かったね」
「うん!」
ママはサンタさんの正体を知っているんだろうか。しきりに頭をかしげ、考え事をしているようだった。
なんで信じてもらえないんだろう?夏に来たから?プレゼントがおかねだったから?だって、靴の中にモノを入れるのはサンタさんしかいないんじゃないの?ねぇ、ママ。なんで?プレゼント、もらっちゃだめなの?
三枚の中で一番大きいおかねを眺めた。周りがザラザラしていて、裏の絵がよく分からないけど凄かった。他のおかねよりも特別な感じがした。やっぱり臭いけど、なんか、特別だった。
きっとあの男の子が貰ったプレゼントの中身もおかねなんだろう。最後まで読んだことがないから分からなかったけど、きっと、そうだ。これはサンタさんからの贈り物だ。
「ねぇ、かおり」
「ん?」
「さっきのお金、ママに預けてちょうだい」
「え、なんで?」
「なくしちゃうと、大変でしょ?」
それは大変だ。かと言ってみすみす渡したくもない。
「えー?なんで………」
「誰かに盗まれちゃうよ。そのままだと」
「じゃあ、あのおばあちゃんにみせる!」
「見せてもいいけど、その後にちょうだいね」
「わかった」
テラスで靴を履き、右左右と安全を確認してから道路に出た。
おばあちゃんとは向かいに住む人のことで、おじいちゃんもいるけど、たまにしか見かけなかったからよく知らなかった。
その人の家にはお花がたくさんあって、毎日ママと見ていたら、ちょうど水やりをしているおばあちゃんに「お花好きなの?」と声をかけられたのが初めだった。徐々に親しくなっていき、今ではすっかり仲良しだ。
かおりもお花へ水をやることもあるけど、靴や服が濡れてしまうのであまり得意ではなかった。それでも咲いたときに発散するあの匂いは、嗅ぐと胸がいっぱいになる気がして大好きだった。
「みてみて!これ!」
「ん?何かな?」おばあちゃんはガーデニングをしている手を止めてこちらを向いた。
「あのね、今日ね、サンタさんからもらったの!」
「え!サンタさんから?どれどれ?あ、お金………!」
「いいでしょ!」
「良かったねぇ。でも不思議なサンタさんだねぇ?」
「え、なんで?」
「サンタさんはクリスマスに来るんじゃなかった?今は夏だから、見かけないけど」
「でも、ほんとだもん!」
「そっか。そんなに喜んでくれたらサンタさんも嬉しいだろうねぇ」
キャッキャっ、と跳ねてみる。
「大切にしなさいね?」
「うん!」
それからお花に水をやって、また少しおばあちゃんとは会話をした。夏だから水をやらないとお花さんも熱中症になっちゃうんだよ、とか、今の時期は雑草が生えてきちゃうからお手入れが大変なの、とか。へぇ、そうなんだ、と納得しながらそれを聞いていた。
日なたはとても暑くて汗が止まらなかった。
休憩するために家の中へ上がらせてもらったときには、腕や足にぷっくりと蚊に刺されていた。かゆーい、とボリボリかいても治らず、おばあちゃんにキンカンを塗ってもらうと、今度は激痛が走った。けれどかゆみは取れたので落ち着いた。
麦茶をグビグビ二杯も飲んで、よっぽど喉が渇いていたんだな、と思った。
おじゃましました、そう言って家に帰った。
「ママ、これ」
「ああ、ありがと。大事に持ってるからね」
おかねをママに渡すと、なんだか拍子抜けするほど興奮は鎮まった。
本当にサンタさんからなの?
喜びよりも疑問の方が大きくなっていた。
サンタさんは夏に来ないよね?誰が入れたんだろう?
ママが「洗濯物干すけど一緒にやる?」というのでそれを手伝い、一個一個手渡しするたびに「どうぞ!」と叫ぶと、サンタさんのことはあまり気にしなくなった。
お手伝いは嫌いじゃない。むしろママと会話できることが楽しかった。たまにお買い物や朝ごはんのときにイヤだ、イヤだとだだをこねて困らすことがあるけど、かおりはママが大好きだった。パパがいればちょっと違うかもしれないけど、パパは記憶には存在しない空虚ということになっていた。生まれたころからすでにいなかったのだ。そういえばパパの話はママから一度も聞いたことがなかった。
どうしていないんだろう?
かおりは覚えていないだけで、その人に会ったことがあるのだろうか?
「どうぞ!」
「もうそろそろかな?」
「おわりー!」
「ありがと。なんか飲もうかっ。喉乾いちゃった」
「かおりは、いらなーい」
「あ、また、おばあちゃんにご馳走になったでしょ?」
「なってないよー?」
「このー!嘘つきー!」
こちょこちょこちょ!キャハハ!キャハハ!くすぐったいよー。こちょこちょこちょ!はぁ、疲れた!
ママは冷蔵庫から麦茶を取りだし、グラスに氷を落とした。注ぎ始めに氷の内部が壊れる音が、涼しげに聞こえた。
美味しそうに一気に飲み干すママを見て、かおりもグラスに注いでもらった。食道を流れるそれは喉を冷やし、胃に達するとキュッと締まるのが心地良かった。結局かおりが一番飲んだ。
二人の汗が引くまで扇風機の前に座ることにした。「あー」と喉を震わすとまるで宇宙人だった。
「ママハ、コノアトドウスルノ?」
「フトン、ホサナキャ」
「ココニイテモイイ?」
「イイヨー」
ママが忙しく動いている間、かおりはテラスの窓から青空を見上げた。
太陽はもうてっぺんまで昇り、今日もまた沈んでいくのが不思議だった。いつか沈まなくなるんじゃないか、と思うほど照りすぎていた。
一生夜は来ないまま、陽の下で汗を拭って生きていかなければならないのかな。そういうふうになったら、自分はサンタさんを忘れるのかな、と思った。
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