外道戦士アベル

田所舎人

アベルとダンジョン3

 その後も楽々とダンジョンを突き進むアベル。
 その中で手に入れた盾の使い方を自然と深める。この盾は光属性の攻撃、例えば幼竜のブレスのようなものを反射する。通常の盾ならば攻撃を受ければ装備者が踏ん張って耐える必要があるが、この盾は光属性の攻撃を鏡が光を反射するように何の手応えも無く防いでくれる。
 また直感から漠然とこの盾が闇属性の敵に対しても有効だろうと推測していた。これはアベルの培った冒険者としての経験と近接戦闘の才によって導いた推測だ。
 これは良い物を手に入れたと上機嫌で敵をバッサバッサと切り殺し、丸二日をかけてダンジョンの最奥部に到着する。
「やっと着いたか」
 アベル本人は長い時間をかけたと思っていたが、その道程はレベル30の騎士がチームを組んで慎重を要し、二十日をかけるものだった。
 このような感想を抱くのはアベルが過去にダンジョン攻略で日を跨いだ経験がないからだ。それほどまでにこのダンジョンは長かった。幸いなのは魔物を配置した戦闘部屋が主で罠を解除する必要がある罠部屋が極端に少ない事だった。このおかげでアベル自身は敵を倒しては次へと進むという連戦連勝の上機嫌なダンジョン攻略ができた。
 その魔物もレベル30の騎士ならば一人ならば敗北は必至、二人でも百に一つで辛勝、三人でも十に一つで辛勝、四人で五分五分といった具合。そういった部屋が連続している。そういった観点から見れば、アベルのダンジョン攻略のスピードは騎士団一つに匹敵すると言っても過言ではない。
 仮にレベル30の騎士がチームを組んでこのダンジョンの攻略に当たれば、運が良くても二十日をかけるだろう。並の冒険者ならば初めの中ボスを乗り越えることすら難しいだろう。
 また上機嫌な理由は他にもある。
 中ボスを倒すたびに盾以外にも様々なマジックアイテムを手にしたアベル。買ったばかりの長剣は既に折れ、予備の小剣もあっさりと折れた。しかし、ダンジョン内で手に入れたアイテムの中に剣があったことが幸いした。持ち主の技量次第で万物を切り裂く片刃の大剣バスターソード。精霊や霊体といった実体を持たない存在をも切り伏せる小剣グラディウス。どちらも店売りされれば市民権と邸宅を買ってお釣りがくる代物だ。
 道中だけでそれだ。ボスを倒せばどんな報酬が手に入るかワクワクが止まらない。
 アベルは扉に手を掛け、押し開ける。するとそれに呼応してか、部屋に明かりが灯る。
 四方三十メートル程の部屋。天井も高く、二十メートルはあるだろうか。ダンジョンのボス部屋としてはかなり広い。広いが、広いと感じさせない存在がその中央に居た。
 白銀の龍鱗、大剣の如き牙、大地を砕く四脚、部屋を埋め尽くす両翼、そして神格を感じさせる存在感。伝承で語り継がれ、その存在を知らない者はいないドラゴンという存在。
「とうとう出やがったな」
 アベルの胸は高鳴り、思わず大剣を握る手に力が入る。
 小盾だけでなく、大剣と小剣にも六龍の紋章は描かれていた。このダンジョンはドラゴンに縁のあるものだと勘づいてはいた。
 白龍はアベルの侵入を認めると、咆哮した。火山の噴火か、雷鳴の轟か、もはや龍とは魔物ではなく災害の一種別であり、人間は無力だと十分に思わせる威圧。
「オラァァァ!!」
 常人ならば怯むそれを、アベルは雄叫びで張合い、突撃した。
 咆哮し、頭を突き出した今がチャンスと捉えられる者がこの世に何人いるだろうか。
 白竜は大剣を構えて突っ込むアベルを前脚で受け止める。
 幼竜と成龍の龍鱗は同じ鱗でも銅と鉄程の違いがある。鱗の一枚一枚が鋼鉄のように硬く、それでいて撓りがある。単なる斬撃ならば、鱗を断つ前に弾かれたことだろう。
 だが、アベルの一太刀は龍鱗に弾かれるどころか、その刃をその肉に届かせた。
「チッ、浅かったか」
 城龍の巨躯はその刃を満足に届かせない。だが、確実に白竜に手傷を負わせた。流れ出る血液がその証拠だ。
 しかし、その出血も僅かな時間で止血した。
「これが伝承に聞く龍の生命力か」
 これこそが龍が長寿の秘薬や万病の薬と言われる所以だ。
 さすがに切傷までは直ぐに治らないが、出血で弱らせるという手段はとれない。
「やはり、アレしかないか」
 龍の倒し方は大きく二通り。あらゆる生物の急所である首を落とすか、生命力の源である心臓を一突きするか。
 白竜は牙を剥き、アベルを噛み砕こうと首を伸ばす。
 一本一本が胴を容易く貫く牙が無数に伸びた死の口腔。
 アベルは咄嗟に剣で受け止めるも十馬牽きの馬車が突っ込むような衝撃がアベルの両腕に走るも、家屋が倒壊してもおかしくないそれを、アベルは受け止めきった。
「いてぇないこの野郎!!」
 罵声を浴びせられた白龍は開いた口腔を閉じることなく、その深淵から光を溢れさせる。
「マジかこいつ!?」
 白竜の噛み付きを防いだ大剣は白竜に噛み付かれたまま微動だにしない。この大剣を手放せば、さすがのアベルも勝てる見込みがなくなる。
 躊躇えば死ぬ。そんな中でアベルは口腔から溢れる光と大剣の刀身が反射する鈍い光を見て、直感が走った。
 部屋全体を光が包み込む。
 成龍のブレスは幼竜のブレスとは規格違いだ。幼竜が中級魔法ならば成龍は大魔術。小国の城壁程度ならば大穴を開けることだろう。
 だが、アベルは生きていた。生きている所か無傷だった。そして、ブレスを吐いた筈の白竜が怯み、まるで咳でもするように身を震わせている。
「さすがに今のは肝を冷やしたぜ」
 床に割れた小盾が転がっている。同じ手はもう使えない。
「だが、次で決めるぞ」
 大剣を構え、咽る白竜に追い打ちを掛けようと試み、白竜はその巨躯に見合った尾でアベルを薙ぎ払おうとするが、アベルはその尾のタイミングに合わせて跳躍し、グラディウスを逆手で抜いて尾に突き下ろす。しかし、大したダメージは与えられず、突き刺さったグラディウスに引っ張られ、アベルも尾と共に白竜を中心に弧を描く。
 白竜はそんなアベルを振り払おうと尾を撓らせて宙で弾き、グラディウスが尾から抜けてアベルは宙に放り出される。
 白竜は知恵があるのか、宙に出されたアベルが身動きできないと知ってか、今度こそと牙を剥き、アベルを飲み込まんとする。
「ここだ!!」
 宙に放られた勢いを利用して身を捻り、白竜に飲み込まれる寸前にグラディウスを投げ放ち、その反動で落下の軌道を僅かに逸らした。
 危機を機に。
 アベルは自分を飲み込もうとした白竜の伸びた首が良く見えた。

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