カラード
キュビーとダン(5)
「ケガか?」
単に疑問だ、といった様子で、白衣の彼は本棚の前で分厚い書籍から顔も上げずにキュビーに尋ねる。
書籍に囲われた医務室で、キュビーは棚から大き目の絆創膏を頂戴し、負傷した利き手の右手に慎重に貼り付ける。
「……噛まれた」
「は? 何に」
キュビーは開けっ放しの扉の向こう、広間で黙々とスマートフォンをいじっているダンを見遣った。
「…おれのゴールデンレトリバー」
「あー」
彼は納得したように声を出す。本を閉じて棚にしまいながら、「レトリバーの方が幾分賢くて性格もいいのでは」などと毒づく。
「お前…」
「貸してください」
貼り付けに悪戦苦闘しているキュビーから絆創膏を奪い、彼―柳梓涵はさっと手当てを済ませた。
「お前もそう思うでしょう? サラファイ」
と、彼は藤色の髪を揺らして背後を振り返る。ソファの上で読書に耽っていたサラファイ少年は、柳梓涵の問い掛けに、こくん、とゆっくり頷いた。
「…レトリバーは数ある犬種の中でも頭が良くて、人を扶助する仕事にも従事する。身体は大きいけどフレンドリーで気性のいい子が多いよ」
ね、と彼はそばで寛ぐ動物たちのうち、足下に大人しく伏せるシェパードに向かって言った。体格のいいそのジャーマン・シェパード・ドッグはサラファイの言葉にパタ、と一度耳を倒して答える。
彼の周囲にはほかにも巨大なニシキヘビとオウム、さらに黒ネコが控えている。
相変わらずすごい光景だ、と思いつつキュビーは「フレンドリーねぇ…」とぼやく。
黒褐色の肌に金の髪、深い藍色の瞳をした彼、サラファイは、この船の中ではダンと最も年齢が近い。しかし大して仲が良くないのは一目瞭然である。
ダンの辞書には、フレンドリー、などというポジティブなワードはないだろう。彼の中にあるのは恐らく、自分にとって都合のいい人か、他人か、それだけだ。世話を焼き食事や金品を与える人以外、彼の世界にはいないも同然。つるむのは専ら、来衣のような、自ら声をかけずとも絡んでくる相手だけ。進んで誰かと交友関係を築こうとはしない。
それが悪いとは言わないが、あまり良い傾向だとも思えない。
サラファイの本の上に、どこからともなくカラスが飛来した。カァ、ガァ、とそれは鳴き何かを訴えている様子だ。さらにもう一羽、低いテーブルの上にやってきて同じように鳴く。
「ん? なんだい。水がもうなかったの?」
彼はそう言って優しく親しげに話しかける。ごめんね、と膝の上で寛ぐネコに言いそっと立ち上がる。ニシキヘビがゆっくりとソファの上に身体を横たえ、オウムが飛び去り、今度はインコがパタパタといつの間にか彼の肩にとまる。
空になった水飲み場の器を外し、動物に囲まれ世話を焼くその姿に、キュビーは言った。
「―たまには、サラファイもあいつと遊んでやってくれよ」
彼は少し驚いたようにその藍色の瞳を瞬いた。そして器を抱えたまま、躊躇いがちに、
「…ぼく、彼はちょっと苦手なんだ」
「あぁ、」
―まぁ、そうだよなぁ、とキュビーは心中で苦笑する。
彼にも、友達、と呼べる存在をつくってやりたいのだが。
サラファイの肩で囀るインコが、くる、くる、と顔を回して、まるで友人を心配するかのようだ。
柳梓涵が髪と同じ藤色の瞳を細め、釘をさすように言った。
「〝友達〟は大いに結構。けど彼に危害を及ぼすようなことがあったら承知しないぞ」
「分かってるよ」
厳しい口振りの柳梓涵に、それも致し方ないと知りつつキュビーはため息混じりに返事する。それでも、自分とそう歳の変わらない彼が〝父〟の顔をするのは、どこか微笑ましく思えて不思議と嫌ではない。
「……これ、サンキュ」
キュビーはそう言って、医務室をあとにした。
単に疑問だ、といった様子で、白衣の彼は本棚の前で分厚い書籍から顔も上げずにキュビーに尋ねる。
書籍に囲われた医務室で、キュビーは棚から大き目の絆創膏を頂戴し、負傷した利き手の右手に慎重に貼り付ける。
「……噛まれた」
「は? 何に」
キュビーは開けっ放しの扉の向こう、広間で黙々とスマートフォンをいじっているダンを見遣った。
「…おれのゴールデンレトリバー」
「あー」
彼は納得したように声を出す。本を閉じて棚にしまいながら、「レトリバーの方が幾分賢くて性格もいいのでは」などと毒づく。
「お前…」
「貸してください」
貼り付けに悪戦苦闘しているキュビーから絆創膏を奪い、彼―柳梓涵はさっと手当てを済ませた。
「お前もそう思うでしょう? サラファイ」
と、彼は藤色の髪を揺らして背後を振り返る。ソファの上で読書に耽っていたサラファイ少年は、柳梓涵の問い掛けに、こくん、とゆっくり頷いた。
「…レトリバーは数ある犬種の中でも頭が良くて、人を扶助する仕事にも従事する。身体は大きいけどフレンドリーで気性のいい子が多いよ」
ね、と彼はそばで寛ぐ動物たちのうち、足下に大人しく伏せるシェパードに向かって言った。体格のいいそのジャーマン・シェパード・ドッグはサラファイの言葉にパタ、と一度耳を倒して答える。
彼の周囲にはほかにも巨大なニシキヘビとオウム、さらに黒ネコが控えている。
相変わらずすごい光景だ、と思いつつキュビーは「フレンドリーねぇ…」とぼやく。
黒褐色の肌に金の髪、深い藍色の瞳をした彼、サラファイは、この船の中ではダンと最も年齢が近い。しかし大して仲が良くないのは一目瞭然である。
ダンの辞書には、フレンドリー、などというポジティブなワードはないだろう。彼の中にあるのは恐らく、自分にとって都合のいい人か、他人か、それだけだ。世話を焼き食事や金品を与える人以外、彼の世界にはいないも同然。つるむのは専ら、来衣のような、自ら声をかけずとも絡んでくる相手だけ。進んで誰かと交友関係を築こうとはしない。
それが悪いとは言わないが、あまり良い傾向だとも思えない。
サラファイの本の上に、どこからともなくカラスが飛来した。カァ、ガァ、とそれは鳴き何かを訴えている様子だ。さらにもう一羽、低いテーブルの上にやってきて同じように鳴く。
「ん? なんだい。水がもうなかったの?」
彼はそう言って優しく親しげに話しかける。ごめんね、と膝の上で寛ぐネコに言いそっと立ち上がる。ニシキヘビがゆっくりとソファの上に身体を横たえ、オウムが飛び去り、今度はインコがパタパタといつの間にか彼の肩にとまる。
空になった水飲み場の器を外し、動物に囲まれ世話を焼くその姿に、キュビーは言った。
「―たまには、サラファイもあいつと遊んでやってくれよ」
彼は少し驚いたようにその藍色の瞳を瞬いた。そして器を抱えたまま、躊躇いがちに、
「…ぼく、彼はちょっと苦手なんだ」
「あぁ、」
―まぁ、そうだよなぁ、とキュビーは心中で苦笑する。
彼にも、友達、と呼べる存在をつくってやりたいのだが。
サラファイの肩で囀るインコが、くる、くる、と顔を回して、まるで友人を心配するかのようだ。
柳梓涵が髪と同じ藤色の瞳を細め、釘をさすように言った。
「〝友達〟は大いに結構。けど彼に危害を及ぼすようなことがあったら承知しないぞ」
「分かってるよ」
厳しい口振りの柳梓涵に、それも致し方ないと知りつつキュビーはため息混じりに返事する。それでも、自分とそう歳の変わらない彼が〝父〟の顔をするのは、どこか微笑ましく思えて不思議と嫌ではない。
「……これ、サンキュ」
キュビーはそう言って、医務室をあとにした。
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