カラード

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ダンの日常(4)

 その日、BOAT INNボート・インの殆どが夕食を済ませたあと夜遅くに帰還した〝代表〟に、李舜鳴リ・シュンメイは報告した。

「マイクが、半年後アメリカに発つようです」

 李舜鳴の所属する組織の代表―大鵬ダー・フォンは、ソファで余り物の食事を摂りながら、隣に座った彼女の話に耳を傾けた。綺麗な声調の中国語標準語で彼女は続ける。

 ふたりきりで話すときやあまり周りに聞かれたくない話をするとき、李舜鳴は大抵中国語を使う。

「目的は取引拡大のようですが。ウォールストリートに拠点を移すそうです」

「―ほう」

「部屋の解約の申し出があったと、尉琳ウェイ・リンからメールがありました」

「見てなかった。助かる」

「近々、代表にも直接話すつもりだと言ってるそうです」

 大鵬は食事の手をほんの一瞬とめて、ふ、と苦笑した。「それは、あてにならんな」

 ええ、そう思います、と李舜鳴も同意して笑みをこぼす。

「尉琳にアポ取るように言っといて」

 知道了チーダォラ、と肯いて、李舜鳴は空いたグラスにワインを注いでやる。傾けたボトルから深紅の酒がトクトクと落ちる。

 謝謝シェイシェと呟く大鵬に、李舜鳴はボトルをローテーブルに置いてから、彼の深い緑青ろくしょうの目を見上げて尋ねた。

「…ダンには言わなくていいの?」

 もぐもぐと、大鵬はフォークで刺したソーセージを咀嚼しながら李舜鳴を見る。それからごくりと嚥下し、ひと言。

「任せる」

 言って、ばく、と残りのソーセージを全部口に放り込む。李舜鳴は続けた。「そういうことって、当人が伝えるべきじゃないですか?」

「そうだが、彼は伝えないだろう」

「鵬さんから伝えるように言ったら?」

「彼は、おれから言っても変わらないさ」

「だとしたら余計、キュビーさんには荷が重いんじゃないかと。ほかの事もたくさん抱えてますし」

「キュビーがそう判断するなら出よう。まだ半年ある」

「あの子、今日は来ましたが、一、二カ月顔を出さないこともざらにありますよ」

 なかなか引き下がらない李舜鳴に、大鵬は一度食事の手をとめて彼女の顔を見る。

「お前の心配は分かった」

 大鵬の深い緑青色の瞳が李舜鳴を優しく見詰めた。

「状況はおれの方でも都度確認してる。―大丈夫さ。キュビーはおれが見込んだ男のひとりだ」

 きりっと決めた顔で言ってのける大鵬に、李舜鳴は思わず口元を緩める。

「またそう言う…本人に言ってあげて」

「言ったことあるぞ」

「えー」

 彼女は呆れたように苦笑する。その様子を見て、大鵬は食事を再開した。

 香港では短い冬が終わって、三月も下旬に差し掛かった近頃は空気が温い。この船を吹き抜ける潮の匂いのする夜風も肌に心地良い。

 ダンと初めて会ったのは、もっと寒い、二年前のクリスマスだ。




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