カラード
クリスマス・キッドナップ(1)
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寒くなると、なぜか街がデコられ始める。いつしかそれがクリスマスというイベントのせいだと知った。
十二月二十四日、正確にはクリスマス・イヴだが、その日はあらゆる投稿サイトに、眩いばかりのイルミネーションやら、サンタクロースのコスプレやら、しゃれたケーキやらの画像や動画が大量に貼られる。SNSもその手の話題ばかりで、家族や友人とパーティをする、している、した、という投稿も多い。
かくいうダンの同居者らもその類で、まさにマンションのリビングルームでは現在進行形で飲み食い騒ぎ放題中だ。去年も、その前も、確かそうだった気がする。誰が集っているのか知らないが、普段出入りしている女性たちから、あまり見掛けない恐らく彼―マイクの仕事関係者まで、とにかく大勢だ。それがどうやら楽しいらしい。
―大人はどいつもこいつも、馬鹿しかいない。
某辞書サイトにはクリスマスは元々、誰だかの誕生を祝う宗教的な祭りだと書いてあった。忘れたが、興味が無いのでそれ以上は調べていない。
先日ネット通販で購入したディープブルーのジャンパーを着込んで、高級マンション群の下の閑静な公園のベンチでひとり、せっせとオンライゲームのキャラクターのレベル上げをする。
とうに日付は変わっていて、時刻は深夜一時になろうとしていた。一時間も冬の夜気の中にいると、さすがに身体が冷える。本当ならネットカフェかハンバーガーショップにでも行きたいところだが、先日そこで警察に見付かりマイクにかなり文句を言われたばかりだ。厄介なことになるのは面倒臭い。
道路の方で場違いに爆竹が弾ける音がする。きっと酔っ払いが投げたに違いない。
―大人は、本当に馬鹿ばっかり。
無心にモンスターを倒していると、唐突に声を掛けられた。
「風邪をひくぞ。ここで夜を明かすつもりか?」
心臓が跳ねて、目を上げる。見知らぬ男の人と、女の人がいた。
タワーマンションの高層階からエレベーターでエントランスへ戻る。自動ドアから外に出ると、湿気を含んだ冷気が熱った頬を冷やした。
「は~美味しかった~」
ふふふと、李舜鳴は笑う。マフラーからはみ出した黒髪がご機嫌に揺れる。寒いのでこの季節は長い髪を結わえずに下ろすことが多い。
るんるんと弾むような足取りの彼女の後ろで保護者のような気分になりつつ、大鵬はスマートフォンで知り合いのタクシー運転手の連絡先をタップする。
「楽しそうだな、お前」
「美味しい白酒飲めて大満足です」
「結局三十分くらいいたか?」
「ですね」
大鵬は運転手と電話しながら、李舜鳴ともども、マンション敷地内の小さな緑化公園を抜け、通りへ向かう。
迎車を依頼しながら流し見た公園の奥で、何か光るものが目に入った。
「ん」
歩みを進めつつも大鵬は通話を切ったのち、李舜鳴を呼び止める。
「いま誰かいなかったか?」
はぁ、と息で手を温めながら彼女は肯く。
「―はい。あの子、来たときもいましたね」
ふたりとも夜目はかなり利く方だ。
公園に目を向けると、隅の方の木陰のベンチに小さな影。人目を引く金の髪色が街灯を反射している。
「よし。ぜひ声をかけてみよう」
「誘拐しちゃダメですよ」
悪戯っぽく李舜鳴が微笑む。意図をはかり兼ねて、大鵬はムム、と小さく眉を顰める。
「―反対か?」
「賛成です」
彼女はフフ、心配ですもんね! と笑った。
ふたりは公園に入り、ベンチの小さな影に向かって歩いた。背丈からしてまだ幼いその少年は、煌々とした明かりを放つスマートフォンの画面に釘付けでふたりの接近に気付かない。
殆ど微動だにしないその少年に、大鵬が英語で声をかける。
「風邪をひくぞ。ここで夜を明かすつもりか?」
彼は、驚いた様子で画面から顔を上げる。
金の髪の隙間から、円らな碧眼が覗く。ひとつ瞬きをし、彼は口を開いた。
「だれ」
「大鵬だ。彼女は李舜鳴。家はどこだ? 送ってやるから帰った方がいい」
「…は」
少年は不愉快そうに眉間を寄せる。
絵に描いたような彼の美しい金髪碧眼に、李舜鳴はついさっきまで会っていた人物を想起した。ひょっとすると、と思い、横から尋ねる。
「きみ、マイクの子供?」
すると少年は、彼女をじっと値踏みするような目で見るなり、
「…お前、なに? 新しい女?」
「は?」
思わぬ返しに李舜鳴は頬を引き攣らせる。怒り爆発寸前のその隣で、大鵬は彼の言葉に確信を得て、彼女のコートの袖を軽く引いた。
「成程。―李舜鳴、奴に電話してくれ」
「―はい、すぐ」
中国語の標準語で大鵬と李舜鳴が話すと、少年はよく理解できなかったのか不審そうにふたりを見る。
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