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ダンの日常(3)

「―つうかさ」

 相も変わらず無表情に画面とにらめっこしたまま。面白いと思ってやっているのか疑問だ。

 名前を呼ばれたわけではないので、キュビーは耳を傾けはしたが返事はしなかった。

「子供の労働って禁止されてんだよ。知ってた?」

「…おれに言ってんの?」

「てめェ以外誰がいるんだよ」

 苛立ちの籠った声で返ってくる。あらま、とキュビーと李舜鳴は目を見合わせた。

 ちぃっと子供っぽい下手な舌打ちをしながら、彼はおもむろにパーカーのポケットから充電ケーブルを取り出し、テーブルの上に出してあるコンセントに接続しスマートフォンを繋げる。

 キュビーは手を動かしながら背中越しに返答する。

わりぃな。おれの住んでる世界にはそんな法律ねぇから知らなかったよ」

「お前の住んでる世界の条約だよ! お前がおれを働かせるのは犯罪だってこと。分かったか犯罪者」

「はいはい。別に強制してねえだろ? お前が勉強はつまらないって言うから、仕事やっただけで。やりたくねえなら先にそう言えばいい」

「はぁ? 人のせいっすか?」

「そうな」

「大体なんで勉強しなくちゃいけねんだよ。勉強なんかしなくたってネットで調べりゃ一発じゃん」

「そうな」

「大人ってまじで馬鹿。〝教育〟とか言っちゃって! 馬鹿がいくら教えても馬鹿にしかならねっつの。ゲームだっておれのが強えし」

「…お前のそれは課金してるからだろ」

「だから何だよ、羨ましいのか?」

 全く、微塵も、これっぽっちも羨ましいとは思わないが、キュビーは小さくため息をつき、「お前がそれで楽しいならいいんじゃないの」と、返す。

 自転車を磨いた雑巾をたたんで棚に置き、さてと、と立ち上がった。夕飯前に届けに行ってきてしまおう。

「ツマンネーよ、こんなん。おれ超えーのに周りがクソ雑魚過ぎて使えねーし。よええくせに文句ばっか言ってきやがって全然おれの言うこと聞かねーし。だからもう辞める。アカウント売ることにした。めちゃくちゃえーから結構高く売れそう♪」

「ふーん。前もやってなかった?」

「前のとは違うやつに決まってんだろ」

 どんなゲームをプレイしているのかよく知らないが、競う別のアカウントが存在しているということはソーシャルゲームなのだろうか。ゲームの中でも威張り散らして他のユーザと喧嘩になっているのがありありと目に浮かぶ。アカウントが売れるなら、それはまぁ良いのかもしれないが、―そもそも、元々彼が自分自身で稼いだ金ではないからそれも考え物だが。

 ふん、と彼はまた嘲笑を溢して、それっきり黙る。話が終わったようなので、キュビーは右目のレンズを外し自転車を抱えた。

「メイ、おれ自転車、隣置いてくる」

「はーい」

 パソコンの画面から顔を上げて、彼女は微笑む。キュビーは雑多にちらかっているソファの上から、シンプルな黒のキャップを取って頭に被り、作業場を後にした。

 ダンはキュビーの去った方を振り返り、李舜鳴にも聞こえるように呟いた。

「―大変だねぇ」

 にやにや、意地悪な微笑を浮かべるダンを無視して、李舜鳴はキーボードを叩く。

「あんなきっしょい黄緑頭きみどりあたま、あいつ以外いねぇじゃん」

 お前もそう思うだろ、と言いたげな視線を寄越すダンに、李舜鳴は眉をひそめる。

 ダンのような明るい金髪碧眼は、珍しくはあるが特別浮世離れしているわけではない。人種も出身地も様々いる香港では見かけない色ではない。

 一方の李舜鳴も、髪や瞳はつややかな黒で、キュビーのように特異とされる色は持たない。強いて外見的特徴を言うならば、束ねた髪を両耳の後ろでだんごにし、さらに残った長さを下ろして、―つまりツインテールにしていることくらいだろうか。

 ともかく、不快なのは目の前の少年の発言の方だ。

「きみの幼稚さの方がびっくりだよ」

「だってまだ子供だもーん」

「そうだね。まだベイビーだもんね」

「うっせークソババア」

「ダンちゃん、見る目がないなぁ」

「きめえ呼ぶな!」

 吠えるダンをふふ、とあしらい、李舜鳴は画面に目を戻した。

 身内からのチャットで、サーバメンテナンス終了とメッセージがあったので、了解、と返す。続いて気になるメールを読みながら、残り少ないマグカップのコーヒーに口をつけた。




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