夏の奇跡

Angel Naoko

    別れ  (3)

弥生やよいは、力一杯男の腕を振り払って走り出した。
何故だか、すんなり男は掴んでいた弥生を離した。
何かの力が、働いたかのように。
穴場に向かって走りながら、弥生はキョロキョロ見渡した。

(近道はないの?追いつかれちゃう!・・・どうしたら・・・。)

再び走ると視界の端に、道を見つけた。
ゴツゴツした岩に囲まれた細い小道だ。
小道の先には、穴場が見える。
そして、小道へ入る場所に、小さく立ち入り禁止の標識が斜めに立て掛けてあった。
しかし、弥生にはその標識が目に入らなかった。

(あっ、あった!)

弥生は、すぐにその細い小道に入ろうとした。と、同時に追ってきた男達が後ろから大声で叫んだ。

「おい!そこ危ねぇぞ!」

「えっ!?」

弥生が道に入った瞬間に、足元の岩がガクンと傾いた。

「きゃ!」

弥生は、小さな悲鳴をあげた。
小道の下は海だ。
弥生は振り向くと、追ってきた男達と、周りの騒ぎに駆けつけた水難救助隊が小道の近くまで走って来た。
万引きした男の仲間の1人が叫んだ。

「そこのお前動くなよ!いいか、そこの岩場は足場が悪いんだ。動いたら落ちるぞ。」

仲間に続き、万引きした男は頭を下げると言った。

「ごめん!あの時ムシャクシャして万引きした時に、お前の大声だろ?だから、カッとなって・・・。
本当にごめん!」

駆けつけた水難救助隊は、あきれた顔で万引きした男を見ていたが、直ぐに弥生に指示を出した。

「大丈夫です!落ち着いて聞いてください!いいですか。まず、荷物を手放してください。両手が空いた状態での救助が必要です!」

弥生は頷くと、ゆっくりとしゃがんで手に持ってるドリンク4本と焼きそばを置こうとした。
しかし体重と共に荷物の重量が掛かり、少し岩が揺れた。
弥生はしゃがむのを辞めて、ゆっくり体勢を整えた。
緊張が周りの空気に伝染する。
そして、今度は荷物を投げようとした。が、なにせ体重が片方の足にかかるのである。
岩が大きく揺れると同時に、駆けつけたしずく大樹ひろきが弥生の名前を呼んだ。

「「 弥生!」」

弥生が雫と大樹の声に振り向くと同時に、走ってきた一郎いちろうが岩場に乗り、素早く弥生の手首を掴み引き寄せたかと思うと、状況を把握して手を伸ばしてる雫と大樹に弥生を渡した。

「一郎さ・・」

一瞬の出来事に弥生が一郎の名前を全て呼ぶ前に、一郎は弥生をいつもの、しかし涙で光っている優しい瞳で見つめて、一言。

「ありがとう。」

と言い、海原へと消えた。

「いやー!!!」

一郎が消えた海にむかい、弥生の悲痛な叫び声が響いた。














その年の夏は、その日の出来事からあっという間に日々が過ぎていった。
そして、またいつも通りの生活が始まった。



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