インペリウム~転職の裏側~

_Mishima_S_

安井の場合3

「安井様は今回、転職エージェントを初めてご利用になって、ご転職の回数がどれだけ不利になられるかを痛感されたかと思います。」

「はい、、、自分のせいではあるんですが、ここまで不利になるとは思ってもみなかったです。」

「実はそれはある意味正解で、ある意味不正解なんです。正確には、ある一定の条件においてだけ転職回数の多さが不利になる、ということなんです。」

「ある一定の条件、ですか?」

「そうです。それは“採用の足切り”をする企業という条件です。ちなみに採用活動で足切りがあることはご存じでしたか?」

「ええ、なんとなく言葉だけは聞いたことがあります。」

「裏側を申しますと、一定の企業では足切り基準を設けないと、実務が効率的に回せない、という現実問題があります。例えば新卒採用などの就職ランキング上位の企業で、応募の数が膨大で、到底さばききれない数があるとかがわかりやすい例です。」

「確かに。なんとなく想像はできます。」

「あとは一定のエリート意識や学閥がある社風の企業などもそうです。これのわかりやすい例は一定の偏差値以上の大学卒業者しか採用しない、という事例です。これは組織運営上、近しい価値観の人間を集めて効率的に事業を推進する上ではとても効率的とされています。」

 安井も中退はしたもののある程度の偏差値の大学にいたので、同級生の話などから推察は出来ることだった。安井の表情を見て石原は話をつづけた。

「偏差値はわかりやすい例ですが、同じような価値観の人間を集める、という目的において、転職の回数という足切り基準を設けるケースがあります。長く1社で働く価値観の方と、職を転々とされる価値観の方、という分け方ですね。あともう1つ、大きなポイントがあるんですが、何だか想像はつかれますか?」

 そう聞かれても安井は全く想像がつかなかった。

「いえ、正直全く想像もつきません。」

「このお話は特に、なんですが、目線を転職される安井様の目線ではなく、採用する側の企業の目線を想像して頂くことが大切になります。これは今後も大切な目線になるので、意識してみてくださいね。」

「わかりました、頑張ってみます、、、」

 安井は自身なさげに答えた。それを見た石原は少しだけ例え話を工夫することにした。

「採用する側、特に大きな会社の採用担当者を想像してみてください。彼らも安井様と同じように、組織の一部として活動をしています。では安井様が上司の方に“優秀な人を、効率よく採用してきてほしい”と言われたことを想像してみてください。」

「はい、、、なんとなく想像しています。」

「ありがとうございます。安井様はこれまでのご経験で一番長いのは、携帯ショップでご勤務ですよね。ではイベント開催をしている休日のモールなどで多くの人が行き交う中、効率的に携帯を売りこめる人を探してください、と上司に言われていると思ってください。」

 安井は一気にリアルな想像が膨らむのを感じた。

「ウィンドウショッピングをしている家族連れ、目線をせわしなく動かして物色しているお一人様女性、ゆっくりモールを歩いている高齢者の方、この中ではだれに声を掛けますか?」

「それは高齢者の方です。」

「なぜです?」

「一番時間を持て余していそうで、携帯電話に詳しくないのでこちらのペースで提案ができるからです。」

「なるほど、ようするにたくさんいる人の中で一番効率よく売れる相手、ということをこれまでのご経験からご存じだからですよね。」

「はい。」

「今回のお話でご理解いただけた通り、これまでの経験値からくる再現性や確率論が大切ということですよね。採用でもこれと同じ理論が働きます。29歳で転職回数が1回の人と、4回の人と、どちらの方が自社で長く活躍してくれる可能性が高いと採用担当者は見るか、確率論的にみるとある種当然の考え方ですよね。」

「なるほど、よくわかります。」

「特に大手企業などの場合、連休中のショッピングモールのように多くの人でごった返しているほど、応募してくる人数が多いです。その膨大な数を効率よく捌くためにどんどん確率論で人を見る風潮が強まって行きます。また大きな会社の場合は採用担当者の方も決裁権を持っていないので、保身のために危ない橋は渡らない、確率論的に危険なタイプを上司に通すことはない、ということも言えます。」

安井はなんとなく感じていた不利さが、なぜ不利なのか、その理由まで腑に落ちていくのを感じていた。

「余談ですが、採用担当者の方が決裁権者でない場合、上司の方々に決裁を通さなければならないため、人柄や価値観などの定性的で明確に表現しづらいものよりも、学歴、転職回数などの定量的なものだけを重視して、選考を通す傾向が強くなります。」

 安井はどんどん理解が進むのと同時に、自分の行く末がどんどん不安になるのを感じていた。

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