日陰のカレ育成計画

怜穏

episode 1 SEのイケメン改造計画

「うわぁ、風がっ」

「大丈夫ですか、拾うの手伝います」

    下っ端ADの私は、とある仕事の仕込みで街頭調査を行なっていた。
風で飛ばされた資料を拾おうとしてスーツ姿の男性と手がぶつかる。
目が合った。マスクの間から覗く茶色い瞳がこちらを見つめる。
この人だ、この人が運命の人だ。

「すみません、桜テレビの者なのですが。
少々お話を伺ってもいいですか」 

「ええと、急いでいるのですみません」

その男性は少し狼狽えると、行ってしまった。
番組の、運命がかかった人だと思ったのに。

「仕方無いですよ。次行きましょう」

カメラマンの斎藤さんがポンと私の肩を叩く。

                            ***

    放送直前に行き当たりばったりの取材をすることになったのは先輩ディレクターのせいだ。
2ヶ月ほど前。ディレクターは私に指示をしてきた。

「今度、番組でコーディネート企画をやる。一見すごくモッサリしてるんだが、全身コーディネートしたらカッコ良くなりそうっていう男を捕まえてこい」

    一般人からそんな人を見つけ出すのは簡単なことではない。
そもそも、モッサリした人とは
なんと失礼な表現だ。
テレビ業界はデリカシーが無い人が多い。
とにかく、ディレクターに頼まれたことを忠実にこなすのがADの仕事なので、
番組ホームページから
そのような男子を募ることにした。 
服装にあまり興味がなくて、月と太陽で言うと月みたいな人。
少しでも表現を柔らかくしようと考え、
「日陰系男子」とした。 

「プロによるファッションコーディネートで
                     大変身!日陰系男子、募集」

概要と、注意書き、応募フォームも載せる。
これで良いだろう。

「AD!ガムテープ切らすなって言っただろっ
   買ってこいっ」

「今行きます!」

    ホームページの更新の件は後でディレクター達に確認してもらおう。
その前にガムテープを買いに行かねば。

それから1ヶ月が経った。
若干自薦が多い気もするが、
なんとか100名ほどの応募者が集まった。
ディレクターに報告する。

「駄目だ、駄目だ。全然駄目。」

ディレクターはパソコンを眺めながら
タバコをふかしていた。
煙が部屋に充満している。

「パッとしたイケメンがいないじゃないか。
自分で送ってきた奴ばかりだし。
陰キャとかオタクってほど
暗い奴にも見えないし。
もっと、イケメンなのに暗くて
服に無頓着でもったいないって
奴が欲しいんだよ」

パッとないイケメンを欲しがったのは
あなたでしょう。
それに、陰キャやオタクをバカにするな。
オタク=陰キャではないし、
オタクも陰キャも上手く立ち回って
一見普通の人のように生きているのだ。
と、陰キャ代表の私は思う。 
しかし、溢れる文句も今はこらえ、
ただ謝るしかない。

「すみません」

「どうしてくれるんだ。あと1ヶ月しかない。
今更企画も変えられない。」

ディレクターがデスクの下で
貧乏ゆすりを始めた。
今はやはり黙っていた方がいい。

「もう、しょうがないから
アキバでスカウトしてきてよ。
アキバならオタクとかに
いっぱいいるでしょょ。」

     ディレクターが投げやりに言った。
全く分かっていない。
秋葉原は今や日本の有名観光地。
ディープな場所はかなり少なくなった。
もはや普通の人や外国人が
普通に歩いているような街をオタクだらけの所だなんて、時代錯誤も甚だしい。
と、オタク代表の私は思う。

「分かりました。水曜日に行ってきます」
 
「なるべく早くから行きなよ。朝7時ね」

その後、ディレクターに何一つ逆らうことができないまま今に至る。
もう23時を回り、秋葉原は帰宅途中の寂れたサラリーマンで賑わっている。

「オネーサーンこれテレビ?オレたち映る?」

「陰キャを探してるの?俺達陰キャだよな。
イケメンっていう条件は満たしているし?」

「いっちょ取材ブチかましとく?」

「ちょっとTVショー出ちゃう?」

「Hooooooooooooo!!!!!」

夜になっても帰ることができず、
酒に酔った集団に絡まれてしまった。
レンズを抱え込まれ、
斎藤さんも身動きが取れなくなっている。
誰か、助けて……。

「やめてやれよ」

背後から声がした。背の高い男性が私達の間に割って入ってくる。

「貴様、誰?調子乗ってんじゃねぇよ」

酔っ払い達が男性を突き飛ばす。

「お前らこそ調子づいてんじゃねぇっ」

駅前に響き渡る怒号だった。大人しそうなその男性の大声に、一瞬呑んだくれ達がひるむ。

「こいつは俺の……」

え、俺の?私はあなたの……?

「……上司だ。」

は?

「このポンコツ!テッペン超えるまでには
わらっとけって言っただろうが。
だからこんな目に遭うんだろう。
こいつら、テレビ局に突き出すぞ」

男性が話を合わせるように目配せしてきた。
やけに業界用語を知っているな、この人。

「すみません!気が付いたらこんな時間になっていました。
先輩、助けてくれてありがとうございます。」

言っている内容は支離滅裂だが、
酒呑み達にはそれっぽく聞こえたらしく、
散り散りに逃げていった。

「お怪我はありませんか」

男性の優しい目、既視感を覚える。

「朝、通りかかった方ですか?」

「はい。仕事から帰ってきたらまだやっていたので。放っておけなくて」

怒鳴った時にマスクを取ったらしい。
夜まで剃らなかったらしい
髭が伸びていることを除けば
綺麗な顔立ちだった。

「あの、テレビの企画に参加して下さる方を探しているんです」

「参加者が見つからないと
あなた達は帰れないんでしょう。
僕で良ければ、引き受けましょうか」

「ありがとうございます!」

番組制作会社のIDで連絡先を交換する。
彼は篠崎さんといった。

「また、後日ご連絡致します」

スーツの背中を見送る。朝も見たが、随分と背が高くて、折れそうなくらい細い人だ。

「無事に企画に参加してくれる人が見つかって良かったですね」

カメラを担いだ斎藤さんが微笑む。
すぐに局に戻り、報告する。
相談をした結果、土曜日に
篠崎さんとディレクター、私で
篠崎本人について取材をすることになった。
あとは、スタイリストさんやメイクさんに出演オファーをかけなければ。
ADの1日は、まだまだ終わらない。


                             ***



土曜日。テレビ局で篠崎さんと打ち合わせだ。休日返上になってしまったが仕方がない。

「おはようございます。わざわざすみません」

「いえいえ。ADさんも大変ですね」

私服の篠崎さんを見て
頭の中で小首をかしげる。
薄紫のネルシャツに
中途半端にダボついたベージュのパンツ。
スーツを着ていた頃の方が 
カッコ良かったのに……!
私も他人のことは言えない。
ADである以上、動きやすさ重視で
服装を選ばなければならないからだ。
でも、この服装は想定していなかった。

「どうかしましたか?」

「いいえ!ディレクター、遅いですね!
お待たせしてすみません」

ちらりとスマホを確認するとメールが入った。

「今日、熱が37.4あるから休むね。
打ち合わせ頼んだ」

今そんなことを言われても。
私が熱がある時は

「気合いでなんとかしろ」

というくせに。

「すみません。うちのディレクターが
熱を出したみたいで。私が代理になりました。後日、ディレクターから改めてご連絡します」

「熱ですか。お大事になさって下さいね」

微熱だけどな。
それは置いておいて、
お待たせしてしまっているので
急いで入構許可証を取り出す。

「篠崎さんには事前手続きをして頂いたので」

言いながら固まる。
不安げに顔を覗き込んでくる篠崎さん。
篠崎さんの入構許可、
ディレクターが持っているではないか。
私が手続きを済ませておいたのだが、
ディレクターが、

「今度用事あるから受け取っておくよ」

とか言っていたのを信じてしまった。
まさか当の本人が来ないとは。どうしよう。
今から入構手続きをして貰うのは手間がかかるし、失礼だ。
それに、分かりやすいから取材場所を
テレビ局にしただけだし……。

「ADさん?」

「申し訳ございません!
そこら辺のカフェでもいいですか!」

「全然大丈夫ですよ」

テレビ局の近くのカフェに入る。
2人分のアイスコーヒーを頼んで、 
本題に入る。

「番組では、篠崎さんのことを
簡単に紹介させて頂きたく思います」

「はい」

「まず、ご職業は何をされているのですか」

質問に淡々と答えていく篠崎さん。
システムエンジニアをやっていて、
趣味はゲーム。休日はほとんど家で
ゲームや映画鑑賞をしているらしい。
うん、日陰男子。

「全身コーディネートが終わったら、まず誰に見せたいですか」

「うーん、誰でしょう。彼女もいないし、
両親とも不仲なので」

気まずい質問をしてしまった。
空気を変えなければ。

「何か、こちら側にご要望はありますか」

予め用意しておいた普通の質問のはずだったが、篠崎さんは答えるのを躊躇った。

「あの、今日の服装、自信がなくて。
仮でいいので
コーディネートして頂けませんか」

コーディネート。私が?

「あの、コーディネートは
撮影前日にスタイリストがやるので、
心配しないで下さい」

「そうじゃなくて。
ADさんに服を選んでほしいんです」

「……!」

私も自信が無い。
しかしディレクターが欠勤という無礼を働いたし、お願いを無下にはできない。
この後は仕事もないし急用がある訳でもない。

「分かりました。頑張ります」

篠崎さん、オシャレなイケメンに生まれ変わる編に続く…




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