私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

5-1.私がいたら傷つけるから

「八木原。
ちょっと」

佑司があごで、会議室を指す。

「……はい」

月曜日。

なぜか、佑司から呼ばれた。
感情を見せない顔で、しかも八木原と名字で呼ぶのは、酷く怒っている。
必死になにか仕事で失敗したんじゃないかと考えるが、思い当たる節がない。

「なあ」

――ダン!

会議室でふたりっきりになった途端、佑司は私の顔横の壁を思いっきり叩いた。

「金曜、男とふたりだったってほんと?」

私を見下ろす、そのメタル眼鏡と同じくらい冷たい視線。
なにか間違った、それはわかる。
でもなにを間違った?

「友達って嘘ついて、男と会ってたんだ?」

「ちがっ、嘘とかっ」

違わない、知り合いじゃ都合が悪いから、友達って嘘ついた。

「あれだろ?
きっとあの、安座間とかいう奴」

「……!」

皮肉るように右頬だけを上げて佑司が笑い、鈍器であたまを殴られたかのように目の前が真っ暗になった。

「あの、その」

「知り合いとか友達とか。
そんな嘘、聞き飽きた」

はっ、吐き捨てるように佑司が短く笑う。
それはナイフになって私の胸へズブリと深く突き刺さった。

「……なさい」

「きっと千重は、俺なんかより若くて優しそうなあいつの方がいいんだろ」

私が嘘なんかついたから、佑司を傷つけた。
わかっていたじゃないか、付き合っている人がいるのに他の男とふたりで会うと面倒なことになるって。
でも私にはそれが、どれだけ佑司を傷つけるかなんてわからなくて。

こんなに佑司を――傷つけた。

「……なさい」

「はぁっ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
私が鈍いからっ、佑司を傷つけてごめんなさい!」

「……チー?」

胸が、苦しい。
刺さったナイフに呼吸を阻害されて、うまく息ができない。

「ごめんなさい、ごめんなさい。
傷つけてごめんなさい。
私が、悪かったからっ。
鈍くてごめんなさい。
傷つけてごめんなさい」

「ちょっ、チー、落ち着けって!」

いきなり、目の前が暗くなった。
私を抱きしめる、佑司の腕。

「ごめん……うっ、……ごめんな……ひっく」

自分が情けなくて涙が出てくる。
私の嗚咽をただ、佑司は黙って聞いていた。

「落ち着いたか」

「……はい」

私の顔へ手を出しかけて、彼はすぐに引っ込めた。
自分の手で、顔を濡らす涙を拭う。

「もういい。
話は帰ってからする」

「……はい」

私をおいて、佑司は先に出ていった。
もう一度、自分の顔を拭う。

また、間違えた。
また間違えて、傷つけた。
私はやっぱり、誰かと付き合うとかあっちゃいけない。

席に戻ったときにはすでに、佑司はいなかった。
外回りに出たようだ。
黙々と仕事をこなす。
途中、彼から仕事の指示の連絡が何度か入ったが、いつもの甘さはなくどこかよそよそしかった。

終業の鐘が鳴り、私の仕事も終わる。
けれど佑司はまだ、帰ってきていない。

「ひとりで帰ってもいいのかな……」

携帯を見てみたけれど、佑司からのNYAINは入っていない。
代わりに、駿から入っていた。

【お疲れ。
金曜は、楽しかった。
よかったらまた、チーと昔みたいに飲みたいな】

携帯を持つ手に力が入る。

そもそも、佑司にブロックされた時点で復活させなければよかった。
いや、連絡先なんて交換しなければ。

仕方ないのでカフェテリアに下りてぼーっと時間を潰す。

「やだ、あれ、八木原じゃん」

「また男待ってんの?」

「京屋部長、かわいそー」

こそこそと話す声へ目を向ける。
視線のあった彼女たちはばつが悪そうに私の視界から出ていった。

ああそうか、きっと彼女たちが佑司に告げ口したんだ。
だいたい、誰が見るかわからない会社のカフェテリアで待ち合わせなんかしたのが間違いだったのだ。
でも私にはそれだけ、駿と会うことに罪の意識はなかった。

「もう、やだ……」

こんな自分が。
わかっていたのだ、佑司と付き合えばいずれ、こんなことになるだろうって。
なのにあのとき。

「……はぁーっ」

「チー、帰るぞ」

声をかけられ、俯いていた顔を上げる。
目のあった佑司はすぐに、すーっと逸らした。

「……はい」

上げたくもない重い腰を上げ、俯いて佑司の後ろを歩く。
車に乗ってもまだ、バッグを握りしめて俯いていた。

「……」

佑司は黙って運転している。
重苦しい空気の中、場違いに明るい洋楽が流れる。

「……その」

「……」

「……出ていきますから」

「……!」

佑司が勢いよく私の方を向き、それにつられてハンドルが切られる。

――パパーッ!

――キューッ!

後続車にクラクションを鳴らされ、急ハンドルを切って彼は車を元に戻した。

「……どういうことだ?」

静かな佑司の声は、怒っているのかなんなのかわからない。

「……私が一緒にいたら、佑司を傷つけるから」

付き合ったりしなければ、こんなふうに彼を傷つけなかった。
そもそも私にはそんな資格などなかったのに。

「……恋人ごっこは終わりにしましょう?
佑司だって傷つきたくないですよね」

じわじわと浮いてきた涙を慌てて拭う。
傷ついているのは私じゃない、佑司だ。

「チーは俺を傷つけたくないから、別れるっていうのか」

「……はい」

「それは好きっていうのとなにが違うのか」

「……はい?」

どうして、そんな結論になるのかがわからない。
思わず佑司の顔を見上げたけれど、彼はじっと前を見て運転するばかりだった。

「チーは俺が好きだから、俺を傷つけたくないんじゃないのか」

そう、なんだろうか。
佑司を傷つけたのは、自分が傷ついたくらい痛かった。
こんな思いをもうしてほしくないから、別れようと思った。

「これはもう、チーが俺を好きなんだと、うぬぼれていいよな」

「……はい?」

ニヤリ、佑司が笑い白い歯が零れる。
なんでこの人は、こんなにポジティブシンキングなんだろう。

「えっ、いや、その」

「だいたいチーから、浮気なんかするはずがない、信じられないのかって言われたもんな。
そうだよ、チーが浮気とかするはずない。
ただの友達と食事に行っただけだろ」

「あっ、はい、……そうですけど」

「心配して損した」

さっきまでの不機嫌が嘘のように、佑司はご機嫌になっている。

なんで?
どうして?
普通、私なんて嫌いになるよね。

「それでチーは、なんで出ていくんだ?」

「え……。
きっとまた、佑司を傷つけるから」

「俺、これくらいじゃ傷つかないし?
ちょーっとあたまに血が昇りすぎてチーには怖い思いさせたけど。
気にすることはねー」

佑司の左手が伸びてきて、わしゃわしゃと私の髪をかき回す。

「それより今日の晩メシ、なんにする?
もういっそ、食って帰るか」

楽しそうに佑司がハンドルを切る。
これで本当にいいんだろうか。

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