私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

4-2.夫婦喧嘩

ふたつ上の駿は、大学時代に私が付き合っていた相手だ。
同じバイト先で先輩後輩として働いていた。

「チー」

私をそう呼んで、目尻を下げて笑う顔が好きだった。
だから、告白されて付き合った。

――私には全く、恋心などわからないまま。

昔から、男女間のことに鈍かった。
当然、恋だってしたことがない。
でも、それでいいと思っていたし、ひとりで生きていければ問題ない。

そんな私が、恋だとかわからないまま駿と付き合ったのは無理があったのだ。
最初のうちはそれなりに上手くいっていた。
キスしたって抱かれたって気持ちいいなど思ったことはなかったが、そんなもんだと片付けた。
小さなすれ違いはあったものの、駿は笑って許してくれたし。

でもそれは、次第に大きくなっていく。

「チーは、さ。
ほんとに僕のこと、好き?」

大きなため息と共に駿の口から出た言葉に戸惑った。

「え?
好き、だよ?」

なんでそんなことを訊かれるのかわからない。
私は駿が好きだ。
ただ、これが恋なのかと訊かれるとわからないけど。

けれど次第に、駿の口から落ちるため息は多くなっていった。
私がなにかするたび、駿はため息をつく。

これは間違っているんだろうか、これは合っている?

恋の答え合わせなんて私にはわからない。

最後の頃は箸の上げ下げにも気を遣い、非常に息苦しい関係になっていた。

「別れよ、僕たち」

そう、駿の口が告げたとき、どうしていいのかわからなかった。
彼は泣き笑いで、自分がそんな顔をさせているんだと理解はしていたが。

「チーのことは好きだけど。
でももう、疲れたんだ、チーと一緒にいるの。
……チーは僕を、傷つけてばかりだから」

わかっていた、恋に鈍い私が間違った行動ばかり取って駿を傷つけているの。
きっと止めるのが正解なんだろうとは思ったけれど、これ以上彼を傷つけたくなかった。

これが、四年前のこと。

駿はその少し前に就活が忙しくなってバイトを辞めていたし、それ以来会っていない。

こういう関係だったから、駿のことをなんと呼んでいいのかわからない。
付き合っている間、駿にとって私は間違いなく彼女だったんだろうが、私は?

駿がはっきりと彼氏といえるほど、好きだったんだろうか。
わからないから佑司に知り合いだって言った。

本当にそれでよかったのかもわからない。

それにいまの佑司との関係を訊かれたとき私は、上司と部下以外に――なんと答えるのだろう。



翌日、仕事を命じてきた佑司を思わず睨んでしまった。

「なーに怒ってんだよ。
朝メシ、足りなかったのか?」

そんなことあるはずがない。
朝食も夕食も、昼食だって美味しいもばかりたっぷり食べさせてもらっているから、最近太ってきた気がするのに。

「気まずいじゃないですか、安座間さんにメールするの」

「うっ」

佑司が命じてきたのは、駿へ資料のメールを送っとけってこと。
一度、NYAINをブロックして削除までした相手なのだ。
解除したとはいえ、気まずいに決まっている。

「す、すぐに解除したから、気づかれてないだろ」

「また友達登録からなんですよ?
なにかあったって気づきますよ」

「昼メシ、チーの好きなスープカレーの店に連れていってやるからいいだろ!」

「またそんなんで釣られると……」

そういえば、さっきから妙に静かな気がする。
そーっと周りを見渡したら、ニヤニヤ笑っている丸島(まるしま)係長と目があった。

「おっ、八木原。
京屋部長との夫婦喧嘩はもう終わりか」

なんで皆さん、そんなに愉しそうなんですか!

「夫婦喧嘩じゃないです!」

思いっきり噛みついたものの、丸島係長はやっぱり笑いながら、どうどうと私を制してきた。

「まあ、仲がいいのはいいが、夫婦喧嘩は家でやってくれ?」

うんうん、と同時に皆、頷く。
おかげで顔から火を噴いた。

「京屋部長も頼みますよ」

「お、おうっ」

さすがに、自分よりも年上の丸島係長に拝まれると、俺様京屋様でも返す言葉はないみたいだ。

文句は言いつつもきっちりメールは送る。
ついでに昨晩のことを説明したいところだが、CCにはほかの宛先も入るのでそんなことはできない。

昼食は約束通り、スープカレーのお店に連れてきてくれた。

「まだチー、怒ってんの?」

「怒ってなんかないですよ」

こうやって確認してくるところが、最近は可愛いとか思っている……などということは内緒だ。

「今日は接待入ってるから、タクシーで帰れよ」

「いやだから、電車で帰れますって」

言った途端にじろっと彼から睨まれた。

「言っただろ、疲れているチーを立たせておきたくないし、痴漢に遭うかもしれないからダメだって」

その気持ちは大変嬉しいけれど。
でもほんとにいいのかな、そんなに甘やかされて。

「それに小遣いはちゃんとやってるだろ」

「……そーですけど」

一緒に住みはじめてすぐ、小遣いだって十万円もくれた。
いらないって返したけれど受け取ってもらえなかった。
さらにお給料日のあとにも。

仕方ないのでそれは、新しい口座を作って入れてある。
いつかこの関係が終わって別れるときに返すにしても、もしも佑司が言うように結婚したとしても使わずにおこうと思った。

「だからタクシーで帰れって。
あ、チーはすぐに黙ってやればわからないだろってやるところがあるから、領収書もらっとけよ」

「うっ」

黙って電車で帰ろうとして阻止された前科があるだけに言い返せない。
そのうえ領収書なんて証拠を見せろとか、絶対に逆らえない。

「メシは……出前でも取れ?
コンシェルジュに頼めば、近くの店からケータリングできるから」

「それくらいは帰って自分でできるので……」

「チーはひとりになると、食べるのすら面倒くさくなるタイプだと思うけど」

「うっ」

なんでまだ、プライベートなんてひと月ほどの付き合いなのに見抜かれているんだろう。

「食って帰れって言いたいけど、女ひとりじゃあれだろ?
チーは友達いないし」

「……うっさい」

ニヤリ、右の口端だけを上げて笑う佑司にムカついて、テーブルの下で足を蹴ってやる。

「いてっ。
でも、事実だろ」

「そーですけど。
でも嫌われているわけじゃないですし、それなりに仲良くやっているからいいんですよ」

職場の人間とはそれなりに話しもするし、近状をやりとりしている学生時代の友人もいる。
腹を割って話せるほど、親しい人がいないってだけで。
でも今時、普通じゃない?

結局、タクシーで帰宅、夕食はケータリングでと約束させられて店を出る。

会社に戻り仕事をはじめる前に携帯を確認すると、駿からNYAINが入っていた。

【友達登録したはずなのにチーから友達申請きてた。
なんで?】

【また友達登録したけどさ】

【もしよかったら、メシいかね?
チーにあやまりたいことがあるんだ】

【連絡、待ってる】

これってどういう意味なんだろう?
あんな別れ方だっただけに、あやまるなら私の方だ。
なのに、駿があやまりたいことなんて。

「んー」

今日だと佑司が接待でいないから都合がいいけど、さすがに無理だよね。
ちょっとだけ考えて、携帯に指を走らせる。

【ごめん!
ちょっと間違えてブロックしちゃった。
ほんと、ごめん】

【あやまりたいことってなに?】

ちょっと待ったけれど、既読にはならなかった。
そのうち昼休みも終わり、バッグの中へ携帯を放り込む。
それでこの件は完全に忘れていたんだけど……。

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