私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

4-1.大っ嫌い

帰りの車の中、佑司は無言だった。
あんなことがあったらいつもなら鬱陶しいくらい、いろいろ訊いてくるはずなのだ。
なのに、なにも言わないのは返って怖い。

家に帰っても、それ切って、あれ取ってくらいで、まともな会話はない。
一言も話さない夕食は、酷く居心地が悪かった。

「あのですね!
言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなんですか!?」

テーブルに箸を叩きつけた、バン!という音が広いリビングダイニングに響き渡る。

「……チーって呼んでいいのは俺だけなのに」

「はいっ!?」

俯いて、佑司はちまちまご飯を一粒ずつ口に運んでいる。

「なんですか!?」

「チーって呼んでいいのは俺だけなのに!
あいつ、チーのことチーとか呼んでた!」

「……はぁーっ」

ジト目で佑司が睨んでくる。
おかげで私の口からでっかいため息が落ちたけど、悪くないよね?

「……子供ですか」

まだいじけているのか彼は引き続き一粒ずつご飯を食べていて、あたまが痛くなってくる。

「だってチーは俺のもんだもん」

やっぱり子供だ、ガキの独占欲丸出し。

「駿は佑司よりずっと前から、私のことをチーって呼んでたんです。
仕方ないでしょ」

「……あいつ、誰」

俯いて少し落ちた、眼鏡の上の隙間からじろっと睨まれた。
しかも口まで尖らせて。

「駿は……知り合い、ですよ」

曖昧に笑い、味噌汁を啜って誤魔化す。

「絶対タダの知り合いじゃないだろ!
連絡先まで交換していたくせに!」
なんで知っている?
佑司がいないところでやっていたのに。

「だからタダの知り合いですって!
知り合いでも連絡先くらい、交換するでしょう!?」

「もー、怒った!
あんな奴、ブロックの上削除だ!」

ガタッと勢いよく椅子を立ち、佑司はリビングに向かって行く。

「ちょっ、待ってください!」

慌てて後を追ったものの、一瞬早くテーブルの上に置かれていた携帯を彼が掴んだ。

「なに勝手なこと、しようとしてんですか!」

必死に取り返そうとするが、彼はするりするりと私の追撃をかわしてしまう。
それでも、ロック解除ができないから大丈夫だと思ったんだけど……。

「安座間駿、これだな」

「えっ、ちょっ、なに勝手にロック解除してんですか!」

「そんくらい、簡単だろ」

簡単云々以前に、親しき仲だってプライバシーってもんがあるんですけど!

「ブロック、んで削除っと」

ニヤリ、悪戯完了といわんばかりに右頬だけを上げて笑う。
その顔に、怒りの沸点を完全に突破した。

「なに勝手にしくさってー!
そんな奴とはもう絶交、絶交にきまっとうやん!」

なにが起こったかわからずに、間抜けに口を開いたままの佑司から携帯を奪う。
足音荒く寝室まで行ってバタン!と思いっきりドアを閉めたもののそれだけじゃ足りず、もう一度ドアを開ける。

「イーッだ!」

これ以上ないほど口を横に開き、歯をむき出しにして威嚇する。
魂が抜けているみたいに立っている佑司を残し、今度こそバタンッ!とドアを閉めた。

「最低、ほんっと、さいっていっ」

速攻でパターンロックから暗証番号ロックへ設定し直す。
それでもまた、簡単に解除されそうな気がしないでもないが。

だいたい、恋人だろうと夫婦だろうと、勝手に携帯の中身を見ていいわけがない。

「せっかく最近、いいかも、とか思いよったんに」

佑司があんな人だなんて思わなかった。
言うこととやることはズレているが、悪い人ではないと思っていたのに。

「ほんと、最低やん……」

ベッドの上で膝を抱えて丸くなる。

気持ちが収まったら荷物をまとめよう。
先週、とうとうアパートを引き払ってしまったのが悔やまれる。
でも、こんな人と暮らすよりもネカフェ生活した方がよっぽどいい。

「あのー、……チー、……さん?」

うかがうようにそろーっとドアが開き、そこから佑司が顔をのぞかせた。

「……なん?」

「ひぃっ」

睨まれて短く悲鳴を上げながらも、そろりそろりと佑司は入ってくる。
こわごわ私の様子をうかがいながら、そーっとベッドに腰掛けた。
「その。
……すみません、デシタ」

「ほんとにそう、思っちょん?」

ブン、ブンと首が振り切れるんじゃないかという勢いで佑司が頷く。

「もう二度と、こんなことシマセン。
絶対に」

だから、許して?

怒られたときの一護そっくりな顔でうるうると瞳を潤わせて見られたら、気持ちがぐらぐらしてくる。

「ほんとに?」

ブン、と再び彼がまた頷く。

「絶対に?」

ブン、と三度、彼が頷いた。

「絶対に。
約束シマス」

はぁーっ、私の口から吐き出された息が、安堵のものなのか情にほだされてなのはかはわからない。

「今度やったら絶対に、出ていくけんね。
……覚悟、しときーね」

「……ハイ」

目を細めてうっすらと笑ってやる。
佑司ののど仏が、ごくりと動いた。

「……ところでさ。
チーってどこの人?
いまの、方言だよね?」

許してもらえてすっかり気が緩んだのか、佑司もベッドに上がって私を抱き締めてくる。

「あー、北九州の方、というか。
厳密には北九州じゃないんですけど。
まあそんな感じです」

「へえ、そうなんだ。
だからかな、凄味があった」

「へ?」

なんでそこで、だからに繋がるのかがわからん。

「ほら、北九州ってヤクザの国だろ?」

「……はあぁぁぁぁぁぁーっ」

これでもないくらいでっかいため息が出たけど、仕方ないと思う。
そーですね、一般のイメージからしたらそうかもしれませんね。
いまはまんが博物館も入っている、オタクのためのビルなんてあったりするし、映画ロケ誘致も盛んなんですが。

「それ、ほんとに北九の人に失礼なんで、言っちゃダメですよ」

「え、そうなの?」

「そうなんです」

なんだろう、この疑いの眼差しは。

「あのですね、ほら……」

だいぶ前だけど、海上保安庁の特殊救難隊を舞台にしたのとか。
図書館が自由のために軍隊を持っちゃう奴とか。
ひょうひょうとしたおじさん刑事と熱血若手刑事のバディものとか。
そういう映画のロケ地になったんだと説明する。

「へー、そうなんだ。
いつか、チーとロケ地巡りしてみたいな」

「そーですね、いつか」

やっぱり私が北九の方出身だと知って、同じ反応をした駿のことを思い出した。
そして同じくいつかロケ地巡りをしようと約束したけれど、その約束は果たされなかった。

今度は――どうなるんだろう。

「おやすみなさい」

佑司の頬に、ちゅっ。
あの日から、お休みのキスは私からすることになっている。
明日も頑張ろうって気持ちになれるし、いい夢を見られるらしい。

「おやすみ、チー」

私を抱き締めて、もそもそと佑司が布団に潜り込む。
彼曰く私は、とっても抱き心地がいい抱き枕なんだって。

佑司の腕の中で寝た……フリをした。

彼はいつも、私が寝たことを確認してベッドを抜け出す。
なにをしているのか気になって明かりのついている書斎をのぞいてみたら、仕事や勉強をしているようだった。
こっそりやっているのが、らしいといえばらしい。
それに、そうやって努力している姿は尊敬できた。

今日も私が眠ったと思った佑司は、ベッドを出ていく。
それに気づいてからは眠くなくても寝たふりをするようにしている。
少しでも早く、佑司に休んでほしいから。

「……駿がニャーソンの担当さん」

偶然の再会は驚いたが、元気そうで安心した。
駿は私が――酷いことをした相手、だから。

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