私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

3-4.一緒に料理

定時になって私の仕事も終わる。
が、佑司はまだ仕事をしていた。

「チー、カフェテリアで待ってろ」

通りがかりにそれだけ言って、また自分の席に戻る。
帰り支度をして彼の机の前に立った。

「ひとりで大丈夫ですから、先に帰ってます」

「俺が。
チーと帰りたいの。
だから待ってろ」

そう言いながらも佑司の視線は私の方なんてちっとも向かない。
それだけ、忙しいから。

「先に帰って私が家事をこなしておけば、佑司が楽になりますよね?
だから、帰ります」

「……チーが俺のために、家事を?」

ぴたっと動きが止まり、ゆっくりと彼の顔が上がる。
視線のあった、眼鏡の奥の目が、二、三度ぱちぱちと瞬きした。

「……いやいやいや。
チーをひとりで帰らせるわけにはいかない。
いかないとも」

ふるふるとあたまを振って、また佑司は仕事を再開する。
いやいやいや、はこっちだよ。
なんでそこまで、私をひとりで帰らせたくない?

「遅い時間ならあれですけど、今日は早いですし。
危険はないかと」

「いや、疲れているチーが座れずに立っているなんてダメだ。
そもそも電車なんて、痴漢に遭いかねない。
そんな危険なものに、乗せられるわけがない」

いや、いままでそれで通っていたんだけど。

「とにかく待ってろ。
いいな?」

そんな睨まれたって。
あ、勝手に帰ってNYAINにメッセージだけ入れとくって手もあるか。

「わかりました」

したがったフリをして返事をする。
うんうん、そうだ、そうだよ。

「お前、勝手に帰ろうとか考えてるだろ」

後ろから蛇のように追ってきた声で、踏み出した足が止まる。
え、エスパーですか?

「そんなこと、許されると思ってんのか」

声の蛇は私の足に巻き付き、動けなくしてしまった。

「そ、そんなこと考えてるはずないじゃないですか」

ぎくしゃくと振り返り、ぎこちなく笑ってみせる。
いつの間にか席を立ってきた佑司が、上から私を冷たく見下ろした。

「荷物没収」

仕方なく、バッグを引き渡す。
それだけ、彼が逆らえない目をしていたから。
それでも、携帯だけは死守した。
これだけあれば最悪、電車も乗れるしマンションにも入れる。

「携帯も没収に決まってんだろ」

「あっ、ちょっ、返してください!」

抵抗むなしく、いとも簡単に携帯まで奪われてしまった。

「携帯なかったらどうやって時間潰したらいいんですか!」

取り返そうと必死になるものの、頭上に掲げられてしまえば手が届かない。

「んー?
じゃあ、俺と一緒に残業するか!」

「え、職権乱用!」

「うるさい」

はっはっはーとか笑っている佑司にはかなわない。
そしてそろそろ、周りの視線も痛くなってきた。

「もー、いーです。
カフェテリアでおとなしくしてます……」

「一時間くらいで終わるから」

わしゃわしゃと佑司があたまを撫でてくる。
じろっと睨んだけれど、素知らぬ顔をして逃げられた。

カフェテリアでカフェラテとクリームチーズどら焼きを頼む。
社内にあるここは、一般にも開放している。
お手軽値段でスイーツが楽しめるって人気だ。

「ちゃっちゃと帰って私が家事してた方が、絶対いいと思うんだけどな……」

佑司がどうして、あそこまで私を心配するのかわからない。
好きな人相手だとそうなるもんなの?
それとも、スパダリ様だから?

「これから、どーなるんだろー」

あの、恐ろしいほどの佑司の溺愛に、私は慣れることができるんだろうか。
それともあれはいまだけで、そのうち飽きるとか?
ほんと、そうあってほしい。

きっかり一時間後、佑司は私を迎えにきた。

「チー、帰ろう」

「はーい」

一緒に地下駐車場に下りて車に乗り込む。
すぐに彼は車を出した。

「あのですね。
疲れている私を立たせておきたくないとか、痴漢とか気を遣ってくださるのはありがたいんですが。
やっぱり私の方が早く終わったときは、先に帰って家事をしていた方がいいと思うんですよ」

佑司は黙ったまま返事をしてくれない。

「佑司だって疲れているんですし。
私はこうやって座っているだけでいいですが、運転だって疲れるでしょう?
疲れている佑司にいろいろさせるのは嫌なんですよ」

やっぱり、彼からの返事はない。
また、俺の勝手とか言うのかな。
知らず知らず、ため息が漏れる。

「……チーは優しいんだな」

「別に、優しくなんか……。
当たり前のことを言っているだけで」

なんだか顔が熱くて上げられない。
おかげで少し、早口になった。

「でも俺は、チーを思いっきり甘やかせたいの。
チーを甘やかせて、可愛がりたい。
だから、させろ」

その言葉に拒否権はなかった。
だから、黙って頷く。

「……でも。
無理なときは無理だって言ってください」

「わかった」

伸びてきた左手が私のあたまを撫でる。
なぜかそれが、嫌じゃなかった。

家に帰り、部屋着に着替える。
ペアの部屋着はまだ、恥ずかしい。

「俺が作るから、チーはテレビでも見てろ」

「えっ」

私が作るって言いかけてやめた。
きっとまた、俺がしたいからって断られちゃうから。
その代わり。

「一緒に作ったらダメですか」

「あー……いい」

にへら、と眼鏡の奥の目が嬉しそうに笑う。
うん、これが正解なのだ。
私ひとりが食事の支度をすれば、待っている佑司はいまの私と同じで申し訳ない気持ちになるのだろう。
なら、ふたりでやればいい。

「なに、作るんですか」

「んー?
ナスと鶏肉のトマト煮込みと、エビとシメジのアヒージョ。
あとはサラダかな」

えらくおしゃれな料理ですね。
私なんかいつも、どんぶりとかうどんとかなのに。

「なにしたらいいですか」

「そうだな。
エビ……ナスを適当な大きさに乱切りして、タマネギ薄切りにして」

「はい」

佑司は流しでエビの殻を剥きはじめた。
たぶん、私にエビを触らせなかったのは、手に匂いがつくから、とかじゃないだろうか。

私が材料を切った端から、佑司が調理していく。
彼の手際は恐ろしく、いい。

「佑司ってもしかして、料理上手なんですか」

「そうかもな。
一時期凝って、料理教室にも通っていたし」

鍋を振るのが様になる。
こんないい男がいたら、一緒に通っていた女性たちは料理どころじゃなかったんじゃないだろうか。

「できたぞー」

テーブルの上にひかれたランチョンマットは今朝と違う。
いや、そもそもランチョンマットを普通のごはんで使うなんて、ドラマのおしゃれな人たちしかいない。
でもまあ、佑司はスパダリ様なので普通なんだろう。

できあがった料理が並べられ、向かい合って座る。
美味しそう、だけどご飯じゃなくてパンなのがちょっと嫌。
私は夜、ご飯を食べたい派なのだ。

「パンよりご飯がいいなんてわがままは許されますか」

「別にいいけど」

こともなげに佑司が言う。
美学に反するからダメかと思っていたから、意外だった。

「ただ、今日は飯を炊いてないからな。
冷凍ストックも切らしてるし。
悪いが、パンで我慢しろ」

「ああ、はい。
それならかまわないです……」

ご飯がないのにご飯が食べたいとまでわがままは言わない。
それにこれなら、次から聞いてくれそうだし。

佑司の作った料理は当然ながら美味しかった。
朝ごはんだって美味しかったしね。
ちなみに昨日の日曜日は外食で、個室の鉄板焼きだった。

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