私の赤点恋愛~スパダリ部長は恋愛ベタでした~

霧内杳

1-3.セクハラでパワハラ

案の定、残業になって作業を続ける。

「チー、まだ残っていたのか」

声をかけられて顔を上げると、京屋部長が戻ってきていた。

「遅いお帰りですね」

「話し好きの課長に捕まって、まいった」

その長い足で自分の机に行き、彼はパソコンのスイッチを入れた。
まだこれから、仕事をするつもりらしい。

「チー、それ、あとどれくらいで終わる?」

「あとちょっとってとこですかね」

また人のことをチーとか呼んでいるが、それは華麗に無視しとこう。

「ふうん。
俺もちょっと修正やるだけだし、終わったら待ってろ。
食事して帰るぞ」

「……は?」

何事もないように京屋部長はすでにパソコンに向かっているけど。
なぜに決定事項?
そして私の意思は完全に無視ですか?

「いえ、私はもう帰りますので……」

そーっとマウスを動かしてすべて保存し、シャットダウンをクリックする。

「なんで帰る?
待ってろって言っただろ」

一気に、京屋部長が不機嫌になっていく。
が、知ったこっちゃない。
「私には京屋部長と食事に行く理由がありませんので」

「俺が付き合えって言ってるんだから付き合え」

「プライベートまで京屋部長に付き合う義務はありません。
それとも上司命令ですか?
ならパワハラで訴えますよ」

「だから!」

一気に、席を立った京屋課長が距離を詰めてくる。

――ダン!

左手を机の上にたたきつけ、彼は私を高圧的に見下ろした。

「俺がお前と食事に行きたいの。
黙って奢られとけ」

「奢られる理由がありませんので」

なぜに支払い自分持ちまでして私と食事に行きたい?
全くもって理解できん。

「日頃の仕事に感謝?……とか」

あなたが感謝することなんてあるんですか?
それ以前にクエスチョンマークがついていますよ?

「意味がわかりません。
帰らせていただき……!」

椅子を引こうとしたら、思いっきり背もたれを押さえられた。

「……手、離していただけませんか」

「ヤダ。
離したらお前、帰るだろ」

ヤダって子供か!

……と、口に出して突っ込まなかった自分を褒めてやりたい。

「どうしてそこまで、私と食事に行きたいんですか」

「チーが好きだから……とか言ったら、どうする?」

「……は?」

いやいや、ない、ないよそれは。
イケメン俺様京屋様が、こんなちんちくりんで性格に難ありの私が好きだなんて。
あ、自分で言っておいてちょっと傷ついた。

「冗談はいいんで、さっさとこの手、離してください」

「ヤダ」

京屋部長を睨むけれど、手を離してくれそうにない。
レンズ一枚挟んで睨みあいが続いた。
と、不意に。

――ちゅっ。

……は?

怒りで、わなわなと身体が震える。

「なにするんじゃ、こんちくしょー!」

ぐいっ、ぐいっと思いっきり唇を拭うけれど、京屋部長の唇の感触はなくならない。

「お前、上司に対してその口のきき方はなんだ?」

「上司とか部下と関係ない!
キ、キスなんかしくさってー!
セ、セクハラで訴えてやるー!」

立ち上がろうと椅子をがたがたやるけれどびくともしない。
怒り狂っている私とは反対に、なぜか京屋部長は盛んに首を捻っていた。

「おかしいな、これでだいたい女は落ちるはずなんだが」

知るか、そんなこと!
あ、でも、これでいままでの彼の女性遍歴が見えてきた気がする。
そんな女性とばかり付き合ってきたから、ハイスペックの割に三十過ぎても独身なんじゃ?

「もしかしてお前……女じゃない?」

「は?」

待て、どうしてそういう結論に達する?
まあ、それで諦めてくれるのならいいけど。

「まあ別に、チーが男だろうと女だろうと関係ないけどな」

ニヤッ、右頬だけを歪めて京屋部長が笑う。
奴が異性愛者だとかバイだとかこの際どうでもいい問題だ。
いま、最大の問題は、私に危機が迫っているということ。

「なあ、そろそろ素直にならないか」

「ひぃっ」

するりと京屋課長の手が頬を撫で、短く悲鳴が漏れる。
恐怖のあまり私の目にはうっすらと涙が浮いていた。

「あ、あのですね。
京屋……部長」

「ん?」

ぱーっと京屋部長の顔が、嬉しそうに輝く。
それは……私を見つけたときの、昔の彼氏にそっくりで。
不覚にも一瞬、可愛いとか思ってしまった。

「なに?」

ううっ、そんな、期待を込めた目で見つめないで!!
ますます昔の彼氏、一護いちごにそっくりだから!!

「その」

「うん」

あ、ダメだ。
モフりたい。
モフりたいよー。
あたまわしゃわしゃ撫で回したい!!

ちなみに言っておくが、一護は実家の隣の家で飼っていたゴールデンレトリバーだ。

「あのー、ですね」

「うん?」

あーもー、京屋部長が一護にしか見えないよ。
京屋部長は犬じゃない。
わかっている。
でもどうしても一護にしか見えない。
もしかして、一護が生まれ変わってきたとか?
いやいや、一護が死んだのは去年の話で、京屋部長はもう、立派な成年男子だからありえない。

わかっているけれど、一護が重なって見えた。

「その。
……モフらせてくれませんか?」

「は?」

京屋部長の目が、真円を描くほどまん丸く見開かれる。
うん、自分でもなにを言っているんだろうとは思うよ。

「あ、その、じょうだ……」

「いいよ」

「は?」

今度は、私がまじまじと彼を見つめる番だった。

「チーはなんだか知らないけど、俺をモフり……たい?んだよな?
チーの頼みなら聞いてやる」

目尻を下げて京屋部長が笑う。
それはやっぱり、一護にそっくりだった。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

そーっと手を伸ばす。
京屋部長は私があたまに触れやすいように、少しだけかがんでくれた。

――ぽすっ。

触れた髪は、懐かしい感触がした。
いや、一護の方がずーっと柔らかかったんだけど。
それでもなんか、懐かしい感じがする。

「ふぉわー」

なんだか一気に和んだ。
いいな、これ。
ずっと撫でていたい……。
じゃなく。
なんで京屋部長のあたまを私が撫でるなんて展開になっているんだっけ?

「あーっ!」

いかん、いかん。
すっかり忘れるところだった。
こいつは私に、パワハラでセクハラしてきたんだった。

「もういいのか?」

残念、って顔に出ていますが。
こんなことで誤魔化されたりしな……しそう。

「その。
……食事にくらいだったら、付き合ってあげてもいいです」

「本当か!?」

ぱーっとまた、京屋部長の顔が輝く。
最愛の彼氏、一護にそっくりな奴の頼みだ。
聞いてやらんこともない。

「すぐに終わるから。
ちょっと待ってろ」

バタバタと席に戻っていた京屋部長のお尻では、幻の尻尾がぱたぱたと勢いよく振られていた。
そんなところも一護そっくりでくすりと笑いが漏れる。

――それにしても。

さっきからドキドキと速い、この心臓の鼓動はなんなんだろう。
いやいや、そんなことないって。
セクハラされて興奮したからだ、きっと。
だって私は、人を好き放題に振り回す、俺様京屋様が苦手なんだから。

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