ただ愛するだけというのも悪くない

藤子

3 あなたは僕に触ってはいけない

佐源田はおかしい。
よく言うクラスのヒエラルキーにおいて、安泰な位置づけの男だ。

何故コイツは僕と一緒に帰る?
何故同じ部活に入るのだろう。

安直に好意を持たれたとは言い難い。何せ、僕自身はこんなに陰気で、今まで異端児とされていたのだからーーー。


碧人は自室で、勉強机と称した、クランプなんかが備わった作業台に置いたスマホに目をやった。
なんと連絡先を交換したのだ。

今まで自分でも、不思議だった。こんなに周りには輪が出来ているのに、僕は輪に誘われないし、入りたいと思わないのだ。

何かが違うのだ。

ふと思い出した。

碧人には輝いて見えたこの机。購入する際、母はこう言った。

「穴が空いてて、どうやって勉強するの?椅子は?」

「母さん。物を多角的に見たほうがいいと思うよ。
椅子はいらないよ。僕は動きながら勉強するからね」

「そう。。。ね。必要になったら申し出て〜!!」

母はゲタゲタ笑った。母に否定されたことは数えられるくらいしか記憶になかった。

「そうか!」碧人は口端を上げ、瞳の中に花火が上がり、モゴモゴひとりごちるのだった。







「佐源田。君は僕の母に似ているのかもしれない」


「はぁ!?」


突拍子もない碧人の手榴弾が、有希の口に含んだアイスカフェオレを爆破させた。

昨日の今日、まだ部活に出ないもので、ふたりは古民家カフェ“こころ”のお座敷で向き合い、寛いでいた。
先にこの場所を教えてしまうミスのせいだ。
あの闊歩に引きずられ、有希の二枚目は三枚目に変わりはて
あかべこの風貌で敷居をまたぎ、即座、◯郎ラーメン式注文でアイスカフェオレを手に入れたのだった。

有希は、無事、オレンジ色の石素材のコースターにグラスを戻し、どこかの母親を気取った。

「碧ちゃん、どういうことか説明しなさいよ
そんなに気にしちゃいないけど」

「ちょうど僕も、気にしないでいいと言おうとした」と碧人がモゴついたその時、碧人の分のレモネードとカリッカリのフレンチフライを、ふっくらとした優しげな店主が運んできてくれた。どうもとモゴつき、例のマスクを美しく外し、マスクケースにしまい、とめどなくポテトとレモネードを流し込んだ。

「落ち着こう。俺。いや、君の思考を読み取れない俺がいけないねごめん」

碧人は、異星人の取扱い説明書を探すのに奔走する有希を、伏し目でニヤリした。

「西谷……いや、碧人。家族構成は?
うちは普通に団地暮らしのひとりっ子だけど。絶対ひとりっ子だろ。この感じは」

「団地ということは、戸建ての?集合住宅のことですか?」

「マンションみたいなやつー??かな?俺よくわかんね。ねぇ、ひとりっ子なの?」カフェオレは音を立てた。

「なるほど」有希とは違い、碧人は何か腑に落ちた様だった。

「ここのカフェでケーキを買って帰ったんだったね。君は大事にされているんだね」

「うん?うん。?やっぱりお前、ひとりっ子だろ?」

碧人はレモネードを飲み、潤いのある笑みをこぼした。
まだ口端に笑みが残っていたその時、ドアベルの真鍮が、イートインスペースに涼しい音を響かせた。店主のやり過ぎないいらっしゃいませと共に入っていきた女子2人を、有希は一瞥した。

「あれ、同じ高校だ。校章が緑だから一個上だな」

有希がテーブルの上に肘をつけながら、指でちょいちょいと碧人の視線を誘導した。

凸凹な2人がこちらに寄ってきた。

「あ、御座敷一緒にいい?私達もここ好きで。大丈夫お邪魔はしないから、こっちのテーブルの方に座らせて?」

タバコで傷められたような声だ。
背は低いが、大学生の雰囲気がする先輩は、妖艶にワンレングスの肩甲骨までのロングヘアを片方に流し、残り香で有希はハワイへとぶっ飛んだ。
もうひとりは、わりと長身で、中わけ無造作のショートボブ、宝塚を思わせる出で立ちだ。
彼女は柔らかにふふっと笑う。

ふたりは、有希の背後のテーブルに座り、背中は花畑状態だ。

後方の話を盗聴したい有希は、条件反射で声を低くし
「なんか、すごくいい感じの……じゃないか??」下品に顔を歪ませ、左の眉だけをコミカルに上げて見せ、“髪が長い方!”と、両手を交互に滑らかに胸元で滑らせた。

「でも、もうひとりの方は、もしかして噂の??おい。おーい
ヤッホー。碧人君。心肺蘇生必要ですかーーーーー??」


碧人がおかしい。まるで仮死状態。が、それと違うところは指先まで真っ赤なのだ。

「んなにー!?どうした!喉でもつまらせたのか!?」

有希が慌てて詰め寄った。女子ふたりも異変に気が付き、これは一大事だと心配して背中をさすった。
「青年よ!大丈夫かい!?」店主は、暖簾をくぐってきた客を待たせ、水の入ったグラスを血相を変えて持ってきた。

碧人は我にかえり、手で顔を隠しながら、店主にどうもと心配を制し、死に物狂いでマスクを探し装着しむせ込んだ。

「ああああああ、あな、あなたは無理です。僕に触れてはいけない。
なぜかというと、僕はあなたが苦手なんです」

碧人は、マスクの片方のゴムに装着を拒否されながら、くぐもった声でどもりまくった。

「?私??」

背の低い方の女子が、さする手を離したが、碧人は、マナーモードのように震えながら小刻みに首を振った。

もう片方の長身の女子が目を丸くして、手で隠れている碧人を覗き込んだ。

「え?もしかして、君はこの間のーーーー」

「先輩、こいつと知り合いなんですか?」と、佐源田。

「放っておいてくれ。佐源田。お願いだ。もう何もいい、い、言わないでください」碧人はまだマスクのゴムと戦っている。

「いや、もう丸わかりじゃん!可愛い!あんたがあの、物好きな男の子だったんだ!可愛い子じゃん実理みのり!付き合ってみなってば〜〜!ていうか、あんたすごい名前なんだね。名字??」


「ちょっと!失礼だよおとめ!ご、ごめんね!」いいっすよ慣れっこすよと、有希はペコペコ
したが、非常に面白い展開になってきたと、目を輝かせ、場を収拾しようと咳払いをした。

「はい、え〜まずは、俺がすごい名前の佐源田有希です。固まってるのは、西谷碧人。
で、おとめ先輩、想いを寄せられている実理先輩で間違いないですかね」

小さなくぐもったご乱心の“ああああああああああ”が聞こえてはいるが、そんなの関係ない!
ここは突き詰めないといけない名誉心で、有希は鼻の穴が膨らんだ。

まあそうだろう。
言葉はとっぴだし、飄々としている碧人のことだ。恋の“こ”の字さえ無縁だと思っていた。
面白くないわけはない。有希に対してあれだけ饒舌だった男が、このザマだ。
一気に強みを手に入れたーーーーーー














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