異世界におけるスラム街の住み方
ディアブロのロホ
 ある日、自分の家に帰ると父親と母親が死んでいた。
そんな非日常的な光景を想像したことはあるだろうか? 少なくとも子供の頃の俺は非日常的でありえない出来事を予期したことなどなかった。
幸せでどこでもありふれた家庭。
しかし、その幸せは一瞬にしてぶち壊された。理由は簡単だった。強盗に家に入ってこられて両親が殺された、ただ、それだけの話だ。
そして、残ったのは、俺という小さな人間だけである。
そんな俺という人間もまた。
「ハァ…ハァ…」
今は生きるためについさっき人を殺した。
いや、人を殺さないと生きていけない世界にいたというべきだろうか、たった今、握りしめた拳銃を持っている自分の手を見つめて我に返ったところだ。
強盗に殺された両親。幼くして俺はなんの因果かこの街に流れ着く事になった。
無法者達が蔓延るスラム街、俺の両親は二人とも海外で働いていた。
そして、俺はそんな二人に連れられ、十六歳の時にこのスペインに移住していたのである。
情熱の国と言えば聞こえは良いが、一歩道を外れれば貧困層が住まうスラム街、ギャングや麻薬が出回り、殺す、殺されるが普通の世界。
毎日、毎日が生き抜く事に必死で足掻かなければ生きていけないような世界だ。
少なくとも、俺がいる街、スラムではそれが当たり前だった。
「あっちに行ったか? あのクソ餓鬼、なんの躊躇なく相棒の眉間をぶち抜きやがったっ!」
「見つけたらぶっ殺してやる」
例え、子供だろうが関係ない。
拳銃は扱えれるし、大人だろうとこれさえあれば関係なく殺せてしまう。簡単だ、ただ銃口を向けて引き金を引くだけで良いんだから。
この3日、残飯と泥水くらいしかまともに取っていない。ようやく、スラム街の横脇で死んでいた警官の拳銃を掻っ払ってきたのだ。
今日くらいはまともな飯を食べたい。
そう思いながら、拳銃で撃ち殺した黒人の衣服から奪ってきた財布を俺は黙って息を殺して見つめた。
ーーーーこれさえあれば、俺の仲間にも飯をやれる。
そう、きっとこれも神の思し召しというやつだ。所詮、世の中は弱肉強食、食うか食われるかしないのだから。
「…よし! …いくぞ…っ!」
俺は雨に濡れる中、必死に駆けた。
 幸いな事に雨のおかげで足音は聞こえてないはずだ。物陰にも上手く隠れてたし物事はこれまで上手く行っている。
この時までは…。そう思っていた。
「いやがった! こっちだ!」
「ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」
後ろから罵声が飛んできた。
気づかれた。だけど、俺はそちらを見向きもせずに必死に走った。
俺はこれまで自前で持っていたナイフで人を刺した事も、強盗まがいな事もしたことなど数え切れないほどある。
けど、だけど全て生きる為だった。この街でただ生きる為に戦っていただけなのだ。
できれば、命を奪うなんてことはしたくはない。だけど、しなければ殺されてしまう、そんなジレンマをずっと抱えて生きてきた。
人種も違う、考え方も違う、言葉も違う。
両親が強盗に殺された日から俺はひたすら孤独だった。
「…橋、……っくそ!」
ひたすら逃げていた俺は橋で追いつかれそうになったのを察して悪態を吐く。
どちらにしろ、このままではあいつらに捕まるのがオチだろう。なら、いっそのこと、この橋の上からこのまま身を投げて逃げるしかない。
下はドブ川だ。どうにでもなる。
そんな浅はかな考え方のまま、俺はそのまま橋から身を投げた。
その行為が、まさか、俺の見ていた灰色の世界を変えるなんてこの時は思いもしていなかった。
「ーーーー世界を変えたくはないかい?」
橋からの自由落下の最中。
目を瞑った俺に問いかけるように優しげな言葉が頭の中に入ってきた。
特に何にも考えず、飛び込んだドブ川が目前に迫る中、ふと聞こえてきた言葉に俺は目を瞑っていた俺は眼を見開いた。
いよいよもって頭の方もやられてしまったのかもしれない、だけれど、俺は自然とその言葉に気がつけば応えていた。
ただ一言、『変えたいと』。
かつて、世界には海賊と呼ばれた者たちが溢れていた。
自由の為、己が欲望を叶える為。そんな、様々な理由があって海賊という者に身を落とした者達。
だが、現実ではその海賊達の時代は終焉し、終わりを迎えたとされている。
そう、それはあくまでも現実ではの話だが、とはいえ、現実でも未だに海賊というのは存在している。
では? 違う世界ではどうだろう? 海賊は存在するのだろうか?
そう、世界が別なら、時間も理も全てが変わってくる。異世界と呼ばれる場所なら尚更だろう。
文明が発展していなければ、彼らが溢れているような街があったとしてもなんら不思議はない、いや、むしろ、現実であったとしてもそんな場所はどこかに存在はしているだろう。
そう、そんな場所となんら変わらないのだ、この街は。
ここは、海賊達と無法者達の楽園。
エスケレトプエルト。
路上には荒くれ者の船乗り達を待ち構えるように売春婦が客を勧誘し、喧嘩や殴り合いは日常茶飯事なこの場所。
下手をすれば路上での殺し合いにも容易に発展するここは海賊達の聖地として広く知られていた。
「よう、レディストの姉御。例のヤツ、首取ってきたぜ」
「毎度ー、はいこれ報酬ね」
 綺麗な金髪の髪を後ろに束ねた大人の色香が漂うレディストと呼ばれた受付の女性は笑顔を浮かべてその血塗れになった銀の首飾りを受け取る。
 銀の首飾りを手渡したフードを被った人物は溜息を吐くと呆れたように相変わらず賑やかな酒場を見渡した。
今日も今日とて、他愛のない事で殴り合いが勃発し、罵声が飛び交う、彼等には他にやる事は無いのだろうか?
「あいつらも暇だねぇ、俺みたいに時間を有意義に使えりゃ社会の為になるってぇのにさ」
「あら、貴女って社会の為にゴミ掃除なんてしてたかしら? ロホ?」
「それは言わない約束じゃんか姉御。自分の為、生きてく為さ」
 軽口を叩きながらレディストからお金を受け取るロホと呼ばれた人物は顔を引きつらせて苦笑いを浮かべていた。
 細身の身体に声高い声。フードを被ったその人物はそれを取り払い素顔を見せる。
現れたのは燃えるように赤いショートヘア、そして、透き通るような青い眼差しをした綺麗な顔立ちをした女であった。
ロホというのは俺の名前、オグロ・ロホ、賞金稼ぎのロホの名で知られているここらへんではちょっとした有名人だ。
「んで? 次の奴は? 依頼は来てんのか姉御」
「この街じゃ依頼は山ほどあるわよ、たんまりね」
「まぁ、俺にとってみりゃ飯の種もいいとこなんだけどな、頭が悪ィ奴らばっかりで助かるぜ。こちらは商売繁盛、満員御礼ってな?」
「ふふっ…。私も貴女みたいに信頼できる賞金稼ぎがいて心強いわね」
「そりゃ嬉しいねぇ、本当におだてるのが上手だ。俺を口説いてんの? 姉御」
「うふっ、どうかしら?」
俺はドカリッと椅子に座りタバコに火を点けると煙を吐き出し一服する。
スペインのスラム街からあの日、命を落とした筈の俺。
あの日、世界を変えたいとは願い言ったが、世界は確かに変わった。しかし、だからと言って特に変わった訳ではない。
目が覚めたら奴隷船で運ばれている赤い髪の長い少女の姿になっていた。それも、手が縛られたままで。
あとは見ての通り、性別が変わっただけで人生ハードゲームなのは変わり映えしないようなもんだ。
世界が変わったところで何にも変わりはしなかった。結局は世の中は弱肉強食で弱い者は食い物にされるそんな理不尽な世界だ。
幸いだったのは奴隷船で運ばれた後、引き取ってくれたのがそんな理不尽な世界で生き抜く術を教えてくれるような人だった事ぐらいだろう。
おかげで俺は女の身でありながらこうして賞金稼ぎの稼業ができて、食い扶持に困らなくて済んでいる。
「姉御ー、ブランデー貰える?」
「はいはい、いつものねーどうぞ」
「あんがと、はい、これは釣りいらねーから」
「あら、ほんとロホは羽振りが良いんだから、そこらへんの男より男前で困るわ」
元々は男だったんだけれど、と言えずに今日も今日とて俺は引き攣った笑みを浮かべてブランデーを軽く掲げてレディストの姉御に応える。
女の身になってからはいろいろと不便な部分があるが、それなりに楽しい生き方ができてきたなと最近は実感が湧いて来る。
独り身で自由で、ここにいれば賞金稼ぎで金にも困らない。楽しい生活がそれなりに送れているし満足だ。
「よぉ、ロホ、また殺ったんだって? 今月に入って何人目だよ」
「んーと、14人かな? 割と今月は大量だったわ」
「かー、やっぱり『ディアブロ』の名は伊達じゃねぇな俺なんて4人だぜ」
「4人でも大したもんだ。俺はそういった事に慣れてるだけ」
ブランデーを飲んでると賞金稼ぎの仲間が寄ってきて俺に話しかけてきた。
別に人を殺したり、捕まえたりして金を稼いでいる訳で数をこなす事が重要だとかは考えた事は無かった。ただ、狩ってる内に数が付いてまわっただけだ。
ちなみに『ディアブロ』は勝手に付けられた俺の渾名だ。スペイン語でいうところの悪魔という意味らしい。
特に悪魔と言われる事なんて特にした覚えはないし、俺自身は仕事をこなしていた訳でどうって事ない話だ。
そんな話をしているといかにも荒くれ者という感じの深い傷を負った左目に眼帯を付けた厳つい大男が俺の側まで酒を持ってやって来る。
トライデントに射抜かれた骸骨が印象的な黒い海賊帽を被る男はいつもの様に親しげに俺の隣に座った。
その男の顔は赤く酒臭い、酔っ払っていることが目に見えて明らかだった。
「ロホよぉ、ウチの海賊団に入っちゃくれねぇか? この間、ウチに入ってくれたら副船長にするって話しただろー? オメーさんなら俺の引退後に船長だって任せれる」
「バルバロイの旦那ァ、その話は前に断ったじゃねぇですかー」
「俺はお前を実の娘みたいに思ってんだよぉ〜、親心なんだ、汲んでくれぃ!」
「泣かないでくれよ、俺だってあんたの事は親父だって思ってるさ、けどねぇ」
そう言いながら泣きながら語りかけてくる酔っ払いの親父の肩を優しく撫りながら俺は笑みを浮かべる。
このおっさんはバルバロイ・ローリッヒ、話の通り荒くれ集団が集まる海賊団の船長をやってる俺の親父みたいな人だ。
見た目は厳ついが、その実、彼が率いている海賊団の活動は理不尽な人身売買を行う奴隷船の解放や人々の血税で賄われた船の襲撃や強奪、そして、依頼があれば国の為に船で戦に向かう傭兵もこなす海の番人であり、その名を各国に轟かす凄腕の海賊だ。
この人には様々な恩があるし、そして、バルバロイにも俺には仕事上、様々な借りがある。
この街に初めてきた時に良くしてくれたのもこのバルバロイのおっさんだ。俺にとってみればこの世界での父親みたいなものである。
そんな海賊に俺は何度も彼から誘いを受けている。だが、俺は今は海賊になるつもりもないしなる予定もなかった。
「なぁ、バルバロイの旦那、海賊稼業は俺はしねぇって。だいたい女だしさ…」
「関係あるかよ! 俺ァお前さんの腕に惚れ込んでんだ。お前さんみたいないい女がただの賞金稼ぎじゃ俺は納得出来ねえ!」
「嬉しい事言ってくれるねい、姉御、おやっさんにラム酒持って来て! 俺の奢りだ」
「あいよ! ほんと仲良いんだからあんた達は」
そう言いながら、レディストはロホに言われた通りラム酒を用意してそれをバルバロイに持ってくる。
それを見たバルバロイは更に上機嫌になった。かれこれ彼とは随分長い付き合いになるので好みの酒なんかもおのずとわかってくるというもんだ。
バルバロイがラム酒を持つのを確認すると俺はそれと自分が持っているブランデーが入ったグラスを軽く傾けて乾杯する。
乾杯を終えた後、お酒を一口づつ呷ると、間を置いてからバルバロイは俺にこんな話をしはじめた。
「んで、ロホよぉ…。さっきの話なんだが」
「旦那ぁ…」
「まぁまぁ聞けって、俺のとこの海賊団に入らねぇでも別に構いやしねぇさ、ただ、お前さん自身が立ち上げちゃみねぇかって言いたかっただけよ」
ラム酒を口に運ぶバルバロイは晴れやかな笑みを浮かべてそう告げて来た。
おぉ、その発想は無かった。と素直にその時の俺は思う、しかし、賞金稼ぎで割と上手く行っているしわざわざ海賊を立ち上げるメリットなどあまり存在しない。
俺はそんな気持ちをバルバロイの旦那に打ち明けたところ、彼の面持ちは静かなそれに変わる。
そして、彼は辺りを二、三度見渡すと俺の耳元まで近寄り耳打ちしてこんな話をしはじめた。
「近々、戦争がはじまるって話だ、最近、レトリックとルメリオットの間で小競り合いがあってなぁ…」
「…それ、マジか?」
「あぁ、なんでも魔王軍の扱うクラーケンにルメリオットの輸送船がぶっ壊されたらしい。被害は甚大でそれを危惧したルメリオットの国王が隣国のレトリックから物資を巻き上げようと考えたらしいんだわ」
「はぁ…つう事は?」
「クラーケンのおかげで沈んだルメリオットの輸送船の物資は海の底、そいつを回収に行ける上に海上戦ってなりゃ俺らの依頼が増えるって訳よ」
「なるほどね、魔王軍様々ってか?」
そう言いながら俺は今のバルバロイの話に納得したように頷いた。
この世界にはいくつもの国が当然ながら存在している。
まずは、バルバロイが話した通りルメリオットとレトリック。
島国とはいえ近い位置にあるこの二つの国は長い間、戦争を繰り返しては停戦するを繰り返して来た国だ。
謂わば犬猿の中、エスケレトプエルトの海賊達はこの戦争に加担しては両国から報酬として金を巻き上げ利益としている事が多い。
更にその島国の他に北側に位置するレジナンド大陸の3分の2を占める大国、ドラグニクス帝国。その少し先には3分の1を占めるドラグニクスの属国、ポエニクス公国が存在している。
東には列島がいくつも存在しており、海洋国家、ヤタガラス連合国は海上間での貿易で多大な利益を得ている。
南に目を向ければ、広大なゴスペル大陸の半分を支配する魔王軍直下の大国、ライオニカ帝国が存在しており、そのライオニカ帝国との小競り合いを近年行なっているのがベスロジア共和国である。
俺がいるエスケレトプエルトはそんな国のどこにも属さない中立大国、レジバルド皇国に属しており、様々な利益を貿易などで得ている国だ。
そのおかけで海賊と無法者達が自由を謳歌し、弱肉強食が体現された単純な欲望が渦まく世界が見事に出来上がっている。
「ーーーーー俺たちの未来に乾杯」
それが、このエスケレトプエルトという場所である。
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