Catch-22
葬列
永遠に続くかと思われた葬列はやがて遠ざかり、鐘の音もいつのまにか途絶えていた。 ひとり立ち尽くしたままだった男は再び歩を進める。最初に向かっていた方向、葬列が消えた方へ。 すると、いくらも進まないうちに背後から問いかけられた。
「そっちに行くのか?」
先ほどと同じ声だった。彼は再び銃を抜くと今度はことさらゆっくりと振りむき、そして目を見張った。 そこには己とまったく同じ顔をした男がいた。口角をあげ、歪んだ笑みを浮かべている。
残虐な顔だった。だが紛れもない自分の顔だった。
「さっきの葬列は、あんたのためじゃないぞ」
「お前は誰だ」
「あんたに殺された人間たちのためさ」
「……質問に答えてくれないか」
「殺しも殺したりだな。挙句に自分も殺して、これで満足か?」
男は黙り、そして思い出した。
薄暗い寝室。こわばった指先の温度。最後に見つめた壁の染み。
「ここは、あの世なのか」
「すこし違う。ここは狭間。時の狂った場所」
男は訝しげに眉をひそめる。
「この世は時の流れで成り立っている。生物は老い、木々は育ち、そして世界は流転する。 あちらにはそれがないのさ。全ては蓋が閉じられたまま、瞬間の永遠を約束される。 その狭間であるここは時の流れが狂った場所、同時にあちらへ向かう人間が通る道だよ。まあ、わからなきゃわからないでいい」
男は足元の敷石を見つめながら、つまり死んだ事実に変わりはないらしい、とだけ考えた。 黙ったままの男を置き去りに、もうひとりの己は喋り続ける。
「この世は時間で成り立っているが、では人生は何で構成されているだろう?」
「俺に限っていうなら、愉快なものじゃないことは確かだよ」
「そのとおり。大概の人間にとって人生は苦しみと残虐との総和で成り立っている。 ひとつ、ある男の話をしようか。二十七年前、由緒ある家系の長男として産まれたときに、彼の苦難の幕は開いた」
芝居じみた物言いで、パチンと指が鳴らされた。男はひそかに息を飲む。
「母親は美しく貞淑。父親も凡庸な男だったが真面目で家族想い。両親ともに敬虔な信者で、」
「やめてくれ」
「そのため彼の名前も聖書に由来したものだった」
「やめろ」
「いい名前だ」
男は銃口をもう一人の己の眉間に定め、撃った。これまででもっとも速く、芸術的ですらある動きだったと確信したが、 弾は頭蓋骨を砕くことなく霧の彼方に消えた。一瞬前までたしかに目の前にいたはずの人物はすでにいなかった。
「だが悲劇は訪れる」
耳元で囁かれ、男は反射的に飛びのいて再び距離を取った。呼吸が荒くなっている。 避けられるような距離ではなかった。万が一避けられたとしても、背後に回る間などあるはずがなかった。
「十歳を迎えた日に、裕福だった家は父親の経営不備であえなく没落。神の教えに背いて無理心中を図った両親の手から奇跡的にひとり生還するも、 その後入れられた孤児院ではひどい虐待を受ける。十五のときに逃げ出し路上生活、生きるために何でもやった。 組織に拾われたのは、たしか十八?」
「……十七だ」
「そうだった。あとは運命の操り人形。お決まりの始末屋におさまり十年が経過。 そして今日、自分の頭をぶち抜いた。その――」
もう一人の己は男の手元を指差した。
「銃で」
男は自分が震えていることに気がついた。
今更になってここがどんなに寒い場所だったのか理解したのだ。
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