界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

82話 encounter@少年

走る神宮寺とアリア、その背後に着いてくるように渡と浅倉が着いてくる。


『クンクン!!この先から邪悪な匂いがしますぅ!!』

神宮寺がそう言って鼻を効かせる。
憑依、神格者という神宮寺の器の中に入っている都市伝説『こっくりさん』がその能力を使って敵の本命を探していたのだ。
現在彼らは本命と思われていた朱雀がいた新宿から離れた場所、南大塚にいた。

こっくりさんの力では、この大塚の周辺で探していた幹部の何人かが姿を消していることが分かった。

「都内で急襲を受けている連中が消えて、鬼ごっこの相手がこっから離れたところまで逃げている。今動いている連中の半分は陽動で、ここらで消えたのが本当の目的で良いかしらね」

「し、しかし、もしここも陽動だったらどうする?」

「その時は霧島達がが捕まえているはずの女を人質に、鉾を降ろすように脅すしかないわね!」

心配そうに言ってきた渡にサラッと交渉する材料を口にする。
それには渡も浅倉も「やべぇ…旦那の方に行けば良かった」と思ってしまう。
しかし、アリアはそれが通用する相手だとは思えなかった。

(相手はこの本命を見せなかった…不自然に私たちを動かそうとする素振りしか見せずに、ここだって界外術と消えた幹部の場所を当てはめて探し出しただけ…)

そう、この時点で彼らはそこにいる敵が何かわからなかった。
天海、朱雀、テツロウとその部下。
ここまで出てきた界外術師達。その中に名前の無い人物がいる。
そもそも、相手が名前を出してくる自体出来すぎた話であり、そこから訝しげにならなければならない。

この数週間で起こした界外術の事件。
子供を利用した、ただ人目を引きつけるだけのそれが今起きていることの集大成。

そこまでして、他人を巻き込んでまで起こそうとすること。

それがアリアと神宮寺が抱いていた疑問だった。

『もうすぐです!この先にありますぅ!』

神宮寺の口を借りて喋るこっくりさんは、そのまま一直線にとあるクラブの看板を指差した。
そこは入り口は地下に伸びた造りのクラブハウスで。出入り口には男が二人、藁人形を持ちながら何かに警戒するかのようにウロつきながら見張っていた。

「時間がない!」

アリアは急ぎ足に走りながら紙人形をばら撒き、即席の神を呼ぶ。

淡い光と共に、アリアの目の前から鎧武者が出てきたかと思うとそのまま持っていた槍の柄を振るい、待ち構えていた2人を薙ぎ払う。
彼らが持っていた藁人形は、2人が気を失うのと同時にその手から離れると、そのまま空気に消えていった。

そしてアリアの方も、瞬時に界外した鎧武者を消すとそのままクラブへと続く階段を降りていった。

「やっぱり天才ってすげーな」

「あたいらでもそんな真似できねーわ」

『ふぇ…アレが私の主人で味方で良かったですぅ…』

渡と浅倉、こっくりさんまでもがあっけに取られながら彼女の実力を褒めつつ彼女の後に続く。

そして、広いクラブ内に着くとそこには多数の男女が中央の床に描かれている円陣の上におり、そこに詰められるように集まっている。

その周りでは黒いフードの連中が不気味な呪文を唱えながら祈りを捧げている。

ブツブツと、聞けばゾッとする文句が充満する店内で、若い素行の悪そうな男女が泣いたりしながら静かにしていた。

アリアはこれには流石に何も言えない。

「な、なんだこりゃ?」

「はえー、すっごいことになってるな」

渡と浅倉が感心したように呟くと、アリア達に気が付いたニット帽を被った男が話しかけてきた。

「あんた達はあいつらの仲間じゃないのか!?」

「そうだけど」

そう答えると、男は大きな声で叫ぶ。

「た、助けてくれ!俺たちここから動けなくて逃げられないんだ!!」

「俺もだ!
「助けてお願い!!」
「助けてくれ!!」

男が言うと他の男女もアリア達に懇願してくる。
それに気づいたのか、界外術を使える『フラッグ』の1人がようやくアリア達の方に視線を向けた。

「おい、テメェら何者だ!!」

黒フードの男はそう言って『悪意』の塊でできた藁人形、付喪神を界外させるとそのままアリア達の方に向かってくる。

「やっべ!あのバカなんでこっちに喋りかけやがった!!おい天才界外術師プリンセスさんよ、こっからどうするよ!?」

渡が界外術の為に手持ちの紙人形を漂わせる。
しかし、アリアは向かってくる付喪神と、姿勢を変えてここに視点を向けようとする他の構成員に対してただ一言。

「行って来なさい」

ただそう言った。
すると、さっきまで何もなかった場所からいくつもの人影が現れる。

ある者は赤いコートを着てマスクをした女性。
ある者はおかっぱ頭と短いスカートの少女。
ある者は鎌を持った坊主の男。

それだけではない、次々と室内に現れる異形の姿。
それは一斉に一体の付喪神の方に駆けていく。

それには界外術を使える筈の『フラッグ』の面々も、同行していた渡も浅倉も驚いていた。

「ちょ、あんたいつからこれ仕込んでたんだよ!?」

「界外術なんてしてなかったじゃん今もさっきも!!」

「はぁ?今出したに決まってるじゃない」

そう言われてまたも呆気に取られてしまう二人。

アリアはこの騒動が起きる前、あの屋上での会話が終わった後にすぐさま界外術を何回も行い、数体の神を周囲に配備していた。
なんでもない風に言うが、この行為自体並みの界外術師には不可能な話であり、主神級の神と契約でもしなければこんな持続で何体も現界させることはできない。

これはアリアが天才界外術師プリンセスとしての才能、力があってこそできる行為なのだ。

二人が呆気に取られるその間にも、アリアが出した『都市伝説という神話』から呼ばれたものが付喪神の四肢をバラバラに、無惨な姿にしてしまう。
付喪神はそのまま消えるが、怪物達は動きを止めることはない。

次の標的は『フラッグ』の連中だ。
この店にいるだけで20人弱、それらに人数も頭数も劣る彼らは一体ずつ襲いかかる。

「ひ、ひぃぃー!!」

「や、やめ…!」

彼らは最初心ここに在らずといった風な顔色だったのだが、今は襲い掛かってくる化け物達に怯え、各々がバラバラに動き始める。

ある者は悪意で呼んだ藁人形の付喪神で攻撃し始める。
ある者は何処からか取り出した鉄パイプやバールで術者であるアリアに襲いかかる。
それらは全てアリア1人が出した神にあしらわれる。

しかし、彼らの1人が目の前で起こる劣勢の状況に戸惑い、人質となった青年達の一人にナイフを近づけようとする。
しかし、その策は一歩手前で防がれた。

界外術で呼ばれたモノ、それ以外の行動によって。
まず、ナイフを持っていたメンバーに対して『こっくりさん』を憑依させていた神宮寺がその力の80%を引き出し向かっていき、間近に迫るのと同時にその顎に向けてアッパーをかける。
神の力を使っての攻撃に人が耐えられるわけもなく、そのまま1メートルほど宙を浮きながら飛んでいってから床に落ちる。

「あんまり舐めた真似すんな」

神宮寺が他の連中に言うと、未だに攻撃を受けていなかったメンバーもそれにタジタジになり、後ずさり始める。

この時点で既に10人以上がアリア達に倒され、もう立っているのは8名ほど。
そんな彼らも半分が店の奥に逃げていき、未だに抵抗の意思があるのは4名だけだ。

そんな彼らにアリアは会話を持ちかける。

「ここで行おうとしていたことを言いなさい、そうすればあなた達の身の安全の保障をしてあげる」

「……!」

「黙っているんなら、これから全て終わらせるだけよ」

彼らは口を閉じたままだったのでアリアは仕方なしに片手を向ける。
それが合図だったのか、少しの間休んでいた都市伝説達が彼らに向かう。

しかし、その直前でアリアの目の前に黒い槍が現れた。
長さは2メートル、黒い柄と穂先。
影のような暗器。

それはアリアでも感知できない、瞬くように現れた物象。
本来ならそれに頭蓋をかち割られ、脳の液と体液を後頭部からぶち撒けて生命を絶つはずだった。

だが事が起きる寸前で掴んで止めた者がいた。
神宮寺 孝作。

誰も気付かなかった異変に気付いた彼はアリアの元に駆け、瞬時に現れたその黒い槍の柄を右手で掴み、当たる寸前で動きを止めた。
アリア、他の人物がそれに気付いたのはそれから数十秒も経ってからだ。

「…って!なによこれ!?」

アリアが目の前の槍と神宮寺に驚き、その声で渡も浅倉も同じようなリアクションをとる。
そんな彼らを見てから神宮寺が相手の方を見ると、向こうも驚いているようで何が起きたのか分かっていなかった。

「…『約束された盤上』か。いるんだろ、コソコソ奇襲なんかせずに早く出てこい!」


神宮寺は槍を持って言うと、店の奥からゆっくりと1人の少年が身を出してきた。

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