界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

65話 収束


夢を見た。

過去の夢を。



故郷イギリスの実家にいた頃の事だ。

16歳の誕生日の時、ボクは本を1冊貰った。
タイトルは「マッチ売りの少女」
しかも絵本。

ボクはすぐにプレゼントをくれた魔法使いの友達に怒鳴った。

どうしてこんなものをボクに渡すんだ。なめてるのか


でも彼は。

誰でも知っているお話だが、君には必要だろう。



当時のボクには言っている意味が分からなかったが、今なら分かりそうだ。


ティアレとあの少年はボクを救うためにボクを倒した。
野蛮だが、それでも優しい方だった。


マッチ売りの少女はマッチを売るために寒い中売り歩き、暖をとるためにマッチを燃やすと暖かい幻想が目の前に映し出される。
しかし、幻想には手は届かない。
そのままマッチを使い切ってしまった少女は、寒さのために死んでしまう。


ボクと同じだ。

計画を遂行する事に夢中となったボクは、救いを幻想に夢を見ていた。
誰かを殺せば大勢が救われる。
そんな端的な子供染みたやり方を、ボクは本当に実行しようとしていた。

結果はどうだ。


世のスポットライトを浴びるために死に物狂いで努力した少女を、ボクは殺そうとしていた。


イイジャリィやその他の子供達

彼らの笑顔は、ボクの渇いた人生に初めて意味を抱かせてくれた。

でも、ボクは今何をしている?

彼らとの出会いが意味を持っているんだとしたら、誰かの命を奪うなどといった行為は愚策すぎる。

それこそ幻を見ているにすぎない。

全くと言っていいほど、ボクは哀れだ。自分で自己分析するのもおこがましい。

でも……。

ボクが助けて弟子にしたティアレが、そんなボクを止めようとした。

敵である彼女のお願いを、神格者の少年は快く引き受けた。

それだけだ。
それだけでも、ボクの目には彼らが自分以上に何かをやり遂げたように映った。

すべての魔法を習得する以上に。
世界の謎の3割を知る以上に。
神という存在以上に。

本当は、ボクはこんな風になりたかったんじゃないのか?
それこそ誰かを助けるといったように。



そう考えているうちにボクの意識は明確になり、目に光が差し込んだ。






デルモンドが目を覚ました先に、驚きと安堵したような表情のティアレがあった。
それと同時にデルモンドの手を強く握るものがあった。
ティアレの手。

彼女は彼が起きるまでずっと握っていた。
デルモンドは手に伝わる温もりを噛み締めながら彼女に問う。


「…………ボクの、計画は……失敗したのかい?」

「……えぇ」

耳から聞こえる楽しそうな声と悲鳴。
その中に混じって、さっき自分が殺そうとした東條絵里の控えめな笑い声を聞いて、デルモンドはホッと、安息の息を吐く。

「……『みんなを輝かせる為に自分が大きな光になる』か、東條絵里は夢を叶える為に必死に努力をしてきた。その結果がボクを打ち倒すほどの幸運を供えられたか……」

それとも。
その傍で東條絵里を守ろうとした者達が、こぞって蹴ったりぶったりしてボコボコにしている少年を見る。

彼は神宮寺孝作。
その身に『神格者』という神の力を己の身に宿し、100%に引き出す体質を持つ少年。

デルモンドは、前にシズクという別の『神格者』と対峙したことがあったが、彼女は模造品フェイクだったのに対して彼は本物と呼べる程に神の力を使いこなせていた。

彼の為に神を出す天才界外術師プリンセスがいるのもプラス要因なのだろうが、それ以上の素質があるのは間違いがなかった。

「……計画は……失敗か」

それらを踏まえて、彼はまた呟く。
ティアレはその言葉に顔を俯かせる。



「……さて、これからどうしようかな。本来ならば法で裁かれるものだが、ボクはこんな場所で止まっているわけにはいかない」

「師匠、それってつまり……」

「安心しろ、ボクだって馬鹿ではない。こんな方法が間違っていたんだ、それを知った今は、もっと違う道を模索する事に奔走する。それが『魔法師』としての彼らに対する償いだ」

デルモンドはその旨を伝えて、自力で立ち上がる。
補助しようとしたティアレを片手で制し、デルモンドは自分を倒した彼らを見た。

当の彼らは起き上がったデルモンドにギョッとして、数歩後ずさるが、ボロボロの神宮寺と綺麗な姿のままのアリアは動せずに彼を見据えた。

「おはようさん、もう夢からは覚めたか?」

「あぁ、君の拳も、そこの彼の拳も効いたね。もっとも、ボクはあの子が死んだ時から夢を見ていたんだろうが。それも覚めたよ」

そう言いながらデルモンドは人一倍怯えていた東條絵里に向かって頭を下げた。

「すまなかった、君の事情を知らずに殺そうとしてしまって、謝って済む問題では無いのはわかっている。……ボクにできる事はこれぐらいだ」

謝るデルモンドに、命を狙われ殺されそうになった彼女は、それでも微笑んで応える。

「いいんですよ、あなたが他人を大事にする意思も、それに悩んでいるのも分かりました。だから、今度は誰かを傷付けずに救う方法を考えてください」

そう言って東條絵里は改めてティアレの方に顔を向けた。

「……ありがとう」

その一言を聞いてティアレは何度も頭を下げた。
神宮寺はこの光景を見て、これで終わったと思った。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品