界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

18話 ガラパゴスは島のことです


「な、なんだよ一体!? 」


神宮寺が驚き叫ぶのと同時に、アリアはすぐさま伸びる大きな腕の横を走り抜き、寝転がっている霧島のおでこに貼ってあったお札を取る。

すると、赤い文様は大気に消えるようにスッと消え、腕も同じように消えていく。

「予定変更、状況が変わった!! 孝作、こっから逃げるからあるはずの裏口探して!!」

「へ? でもまだこいつらが……」

「向こうは界外術師が18人もいるってのに?それも結構な手練ればかり。いいから早く!」

そう言いながらもアリアはカバンから小さめのカン箱を取り出すと、蓋を開けて中身を撒き散らす。

それは人型の紙。
アリアがいつも使う精霊の依代となるものだ。

しかし、その量はとんでもない数だ。

アリアの周囲一辺が真っ白に見えるくらい、紙が宙を舞っている。

「感情は『怒り』、『勇気』、『疑い』、仲良くきっちり三等分して思いなさい!」


すると、アリアの周りに舞っていた紙が綺麗に別々に分かれ、三つの集まりになる。

アリアはそれを確認すると、今度はカバンから三つのツナの缶詰を取り出し、それぞれを三つの集まりに投げ込む。

「緊急事態ださっさと出てきなさい! 界外!!」


アリアが唱えると、三つの紙の集まりがそれぞれ四方八方に拡散し、そこからいつ現れたのか三つの影が姿を現わす。
最初影だったものは次第に形が整っていき、やがてそれらは先ほどアリアが出したのと同じ鎧を着た大きな武者へと変わっていった。

「準備は出来た! これで時間稼いでいるから早くね!」

「おうまかせ」

神宮寺がアリアにそう言いかけたのと同時だった。



呼び出した武者達のうち2体が、腰から上が消失し、下半身のみを残していた。



その光景に息を飲んで固まる神宮寺。しかし、後ろにいた神宮寺の方を見ていたアリアはまだ前方の異変に気づいていない。


「なにぼけっと突っ立てんのよ!! 早く探しに行………」


言いかけた直後、アリアの体が目に見えない何かに薙ぎ払われるように横に飛び、地面を2、3回リバウンドし、そのまま動かなくなってしまった。

「あらあら、もうお終い? もうちょっと期待してたんだけどねぇ」

すると、工場内に男の声が響く。
発生源を目で追うと、ちょうど丸く切り取られた扉の穴から中に入ろうとする人影が見える。
人気のない工場で夜のせいか、姿はシルエットしか見えず。顔も性別もわからない。


「それにしても。なーにやってんのよ銀城、あんたが確保したって聞いたからこっちは仕込みを用意して来たっていうのに、のされてるんじゃない。もう迷惑!」

口調は女性のように思えるが、声はまさに男のものだ。
そして、声の主が中に完全に足を踏み入れると、それに続くようにぞろぞろと数十名の男女が穴から中に入ってくる。

こちらも暗がりで容姿までは確認できない。


「でもまぁ、目当ての霧島って子と主神級の神をあたしらが来るまでここに置いておくのは功績ね」


つかつか、と、靴音を響かせながら声の男はこちらに向かって歩いてくる。

そして、歩く先には自らがやったであろう、アリアが気絶して倒れている。

彼らが何者で、どんな奴らなのかは知らない。

しかし、先ほどアリアが倒した連中の異常性(もっとも、意識がはっきりとしてはいないが)を見ると、どう考えても神宮寺たちを見逃すような者たちではない。

だからこそ、神宮寺の足は動き出していた。まっすぐ先に倒れているアリアの元に。

「おい、アリア起きろ! おい!」

「……………」

揺さぶりながら声をかけるも返事はない。依然と気絶したままだ。
かなり焦る神宮寺だったが、何かを思い出したのか手をポン、と叩き、アリアの耳元である単語を連続で囁く。

「ガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴスガラパゴぶっフゥゥゥゥゥゥゥゥズズゥッッッッ!!!?!?!?」

「孝作、うるさいよ?」


耳元でガラパゴス(胸のこと)と何回も唱えられ、怒りによって気絶から立ち直ったアリアは、まず最初に神宮寺の首を右手で思いきり締め付ける。
そして、空いた左手で無事だった武者をこちらに呼び出し、腕をがっしりと掴む。


「ブクブクブク…………」

「気絶から立ち直させた奴が気絶するな。これから憑依させるから戦ってこい」

そう言い、気絶寸前の神宮寺と自らが呼んだ武者を両手で掴み、小さく囁く。

「憑依」

それだけだった。
瞬間、いつの間にか歩みを止めていた男が、何か大きな力に勢い良く吹き飛ばされ扉に激突する。

「………ふう、おいアリア、これからどうすんだよ。逃げるのか戦うか、どっち優先するよ」

さきほどまで男が立っていた場所には神宮寺が立っていた。そして、工場に落ちていたと思われる鉄の棒を片手でグルグルと回しながら後ろにいるアリアに聞く。


「………好きなようにすれば? 私は私で勝手に界外してサポートするけど気にせずどーぞ」

「それじゃ逃げようぜ。さっきの件で背中に刃が刺さってきそうだしな」

冗談交じりにそう言って鉄棒を構える。
アリアは遠くに落ちている鞄を拾い、中からカン箱を3つ取り出して中身をばら撒く。


「ならある程度は足止めしときなさいよ。頃合いを見てすぐダッシュだから」

「(^ー゜)」

「………なに、そのウゼェの」

「オーケーって意味だよ!」


男を吹き飛ばし会話する余裕を見せる二人を見てどう思ったのか、後続から来た容姿のわからない男女は横一列に広がり、各々が界外に使うであろう奇妙な道具を出し始める。


「………全部で18人、やっぱ無理じゃね?」

「大見得切っていた奴の次のセリフとは思えないわねほんと!!」


かなりのピンチに陥る二人。
だが、意は決した。

ここから生きて逃げる。

今二人の胸中に抱く想いはこの一つのみだ。




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