界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

21話 大ピンチ到来&ピンチ回避

逃げられない。
かといって相手にしても勝ち目が薄い。

非常にまずい状況に陥っていた神宮寺とアリア。

しかし、その緊迫した状況に、手拍子をして軍隊が一糸乱れずに整列するかのようなことが起こった。

「あらら、非常にまずいんじゃなーい?」

突如、そんな軽い声が広い工場内にキンっと響く。

その声に神宮寺とアリアは聞き覚えがあった。

「うちの支部の精鋭が4人も破れてるとか噂通りの実力ってとこかしら、【天才界外術師プリンセス】と神宮寺くん」

その声は、この界外術師達を率いて最初に乗り込んだ人物の声だった。

「うふふふ、可愛い子供ほどヤンチャなのはいつの時代も同じってところかしら」

神宮寺は自分が持っている鉄棒で声の主を倒したはずだった。

「さーて、それじゃ自己紹介でもしましょうか?」

神宮寺とアリア、2人の背後からその間を通って行き、わざわざ彼らの前に出てくる。

「ワタシの名前はニア。『約束された盤上』のボスをやっているの。お久しぶり、そしてよろしくねぇ」


二人の前に出てきた男は着ていたボロマントのフードを外して顔を見せる。
顔は少し細めで無精髭をボサボサと生やしており、乾いた笑みを込めた表情で、口には薄っすらとしたピンクの口紅が塗ってある。

オカマ、二人は口調からこれを察していたが、まさかこんな不気味で奇妙な顔だとは思わなかった。
しかし、不思議と不快感はまったく無かった。
その不気味な安心感からか、いつの間にかアリアはニアと名乗った男に尋ねる。

「……ひとつ聞いていいかしらニア」

「何かしら? もしかして命乞いしたいって訳かしら。ならダメ、ここで見たことやアタシらのことは全部あの世に持って行ってもらうわよん」

「……そう、それじゃそうなっても構わないから、ずっと思っていた質問に答えて」

「聞くわ」


アリアは並んでいた神宮寺の一歩前に出ると、ニアと名乗った男に疑問を口にする。

「あそこにいるヨグと芋虫だけど……。何でそんなにあの二人が欲しいわけ? 主神級で7割は出せるって言うけど、どう考えてもあんた達の仲間の方が経験も実力がある。新人に入れるならわざわざ襲撃とかじゃなくてスカウトで良いじゃない」

「ンッ、それは簡単なお話しよ!」

ニアは両手を広げて、工場の天井を仰ぎ見る。

「悪意ってのはねアリアちゃん、大きな悪意になったりするの。今まで放置していたのはその悪意をこの東京中に侍らすことなの。東京中の【フラッグ】のメンバーは、次に襲撃に遭うのは自分じゃないかと怯え、恐怖し、襲撃された者は無意識に憎悪を抱くのよ」


仰ぎながら、そのままクルクルと回り出す。


「それが東京中の病院に分かれて入院しているって考えてみなさい。するとどうかしら?」

「………まさか」

「答えは簡単。東京が一つの界外すべき結界となる。もっとも、この考えは中世ヨーロッパで考えられて『魔女狩り』ってもんで実際に行われてた。これっていろんな教会で魔女の烙印を押された者を、捕縛して痛めつけてたから結構簡単にできたようだけど、問題があるのよ」

神宮寺はアリアの顔が見えないので表情は分からなかったが、その肩が小刻みに震えていた。
おそらく、青ざめているのだろう。


「この界外は規模が大きすぎて、術師が何百人もいたんだけれど、耐えられずに全員死んじゃうって結末。しかも呼び出すべき『神』も定まってなく、曖昧で憶測だらけのただの『失敗』とし、禁忌とされていたの」


そう詳しく説明しつつもニアは、片足で回ろうと回転をかける。
クルクル、そう擬音がでるくらい片足で回り出した。


「と・こ・ろ・が! なんとなーんと、このワタシはこの界外を成功させる裏道を見つけちゃったのよ!!!」

キュッ、と軸にしていた足に力を入れ回転を止めるニア。そしてピッタリとある方向に指をさしながらニタリと笑う。

その指はヨグと霧島をさしていた。

「ちょー偶然にも、ワタシが求めていた逸材が出てきたじゃなーい!しかも勝手に何千人もいる【フラッグ】を襲撃して。まぁ、途中なーんにも知らせていなかった銀城が、人形で襲撃して少しドキドキしたけど。とりあえずはこれで良いの!!!」

ニアは思い思いのことを語ったようで、両手をまた広げて天井を仰ぐ。
その姿に彼の部下達も拍手を送る。

一方。
肩を震わせて、何も喋らないアリア。

アリアのその様子に神宮寺はそばに寄って肩を叩く。

「アリア、こいつらがとりあえずはヤバいのはわかった。だから逃げるぞ!」

耳打ちするように小声でそう言った神宮寺。その際にアリアの顔を見る。予想通り、青ざめている。

「………ダメだよ孝作。こいつらを逃したらその界外が行われる。そんなことになったら地球規模でヤバいんだよ?ならこいつらを殺さないと」

ブツブツと、小声で何かを言っている。
この状態を、神宮寺は知っていた。

(気丈で強気に振る舞うくせに、ガキの頃から追い詰められると精神が参っちまうところが難とかどーなってんだよ)

下田アリア、彼女は表向きは強く、自分が攻勢の状況下ならなんでも出来ると見栄を張ったり話のカマをかけたりすることが出来る。

しかし。

「おかーさんやおとーさん、みんな死んじゃうかもなんだよ。だったら、早くなんとかして殺さないと……」

ある程度まで立場が追い込まれたり、精神を痛めつけられたらパニック症状を起こしてしまう。
これは彼女が小学生の時に初めて起こしたものだ。
君悪がれてクラスから除け者にされ、それでも強気に振舞っていた。しかし、いつしかそれに限界が出てパニック症状を起こし、病院に運び込まれた過去があった。

そして今がそれだ。 非常にまずい状況が、さらにまずい状況になった。


「アリア落ち着け。今は俺がいる」

「孝作? あんたが何しても構わないけど、私は、私は!」

「アリア」

神宮寺はすこし語気を強めて名前を言う。
その声にビクッと肩が震えたが、構わず続きを言う。

「少しここで待ってろ。俺がなんとかしてみると」

「………え?」

アリアは怯えて泣きそうな目で神宮寺の顔を見る。
その顔は幼い頃のアリアのままだった。懐かしく思うのと同時に、意を決する。

肩から手を離すと神宮寺はアリアの前を歩く、ニアに向かって。

唖然とするアリアが、ハッと気付くと神宮寺止めようと服を掴もうとしたが。

「大丈夫。俺はお前を守るだけだよ」

伸ばした手がビクリと止まる。
神宮寺はそれだけで、十分だった。
ニアの前まで歩き止まると、神宮寺は口を開いてあることを頼む。

「ニア、少し頼みがある」

「何かしら孝作ちゃん」

「俺は殺してもいい、けどアリアは殺さないで見逃してくれないか?」

「へぇ?それが頼みなのかしら。どうせだったらもっと必死に命乞いして欲しいんだけど」

「何をすれば見逃してくれる」

「靴を舐めて綺麗にしてちょうだい。さっきから埃がくっついて嫌なのよ!いいでしょ別に。あなたの大事な幼馴染が死んだら嫌でしょ」


グイッと、右の足を前に出し、靴を舐めろと指図するニア。
少し戸惑った神宮寺は我慢するように、片膝を床につけて屈む。

後ろからアリアが短い荒い吐息が聞こえ、飛び出すかもしれないと思い、片手で制止させる。

「ほら早く、さっさとしないと殺すわよ?」

右足をあげ、神宮寺に靴を押し付ける。その表情はもはや醜いとは言い難い、悪意のこもった表情だった。

「…………」

神宮寺は静かに、躊躇うようにゆっくりと顔を靴に近づける。
あと少し、もう少しで顔と靴がくっ付くかもしれない微妙な距離で、神宮寺はピタリと止まる。

「……?何やってるのよ。さっさと舐めて」

「お前は都市伝説を知ってるか?」

「あぁん?」

不愉快そうに顔が歪むニア。
それでも止まらず語る神宮寺。

「今この場所にいるアリアが界外したものは、ぜんぶが都市伝説って括りにあるオリジナルの神と考えてくれ」

「何言ってんのよ」

「今この場には俺の中にいる武家幽霊の式神の他に、口裂け女やトイレの花子さんがいるんだ」

「だーかーらー!!何言ってんのよ!?」

「いいや、ちょっとした補欠要員を忘れていただけさ。意外な時に活躍するあの都市伝説がな」

「?」


その瞬間、ニアには目の前の景色がぐにゃりと曲がっていく感覚を感じた。それと同時にアタマに少しばかりの不快感を感じた。

「な、なによこれぇ………!?」

「こっくりさんって遊びは、確か途中で止めたりすると気持ちが悪くなるって話があるんだ。それを少しやってみただけだ」

「ど……いう」

「お前は知らないだろうが、お前らが来る前にここにはこっくりさんがいたんだ。まぁ、どさくさに紛れて消えていたんだけどさ」

地面に両手をつき、体が小刻みに揺れ始めるニア。その姿に周りにいた部下達も一斉に駆け寄ろうとするが、それを神宮寺は片手で制する。
止まる部下達を確認すると、なおも口を開いて吐き気をしそうなニアの顔もとに近づき語る。

「簡単だ。消えていたこっくりさんを呼んでちょっとした『トリガー』をセットしてもらうだけだ。元々神出鬼没の神だからお前に近づくのなんて簡単だった」

「と……ト、リガー?」

「あぁ、途中でやめたらダメ。この弱っちい制約を少し弄っただけだ。例えば、『両足で立っているのに途中で片足上げて止める』って」

「そ、そんな……。でも、あ、あんたは界外術師じゃ……」

「は、そんなの簡単だよ。アリアの会話の途中でポケットに入れていたアメ玉を渡して手懐けておいたんだよ。あの神はどっちにしろ食いもんくれるやつの言うことはやるやつだから」

「な、グググ……ワタシがこんな……ウゥ!」

悔しそうにデコを床につけて呻くニア。そんなニアを神宮寺は見下ろしながら要求する。

「俺たちを見逃せ。んで、あの男とヨグは諦めろ。これ以上付き纏わずに消えててくれ」

「い、いやと言ったら?」

「お前を殺す」

「あら、あなたさっき私を倒したじゃない」

「さっきは生ぬるかった、本気で叩いて頭蓋も叩く。もしあいつらが逆上して攻撃してきても全員道連れで殺す」

その言葉にまだ余裕の笑みは崩さないニア。しかし、体調が悪いためか脂汗がどんどん額から流れ出てくる。
それで神宮寺は決めた。

「おいこっくり、俺たちが完全にここから離れるまで絶対そいつにかけてるもん緩めんなよ」

工場内に響くように言うと、「はーいですぅ」とのんびりとしたような口調で返事が返ってきた。

そのあとは早かった。

(なーーーんで!?ふつう体調悪くても攻撃するでしょ!?このニアってやつわっけわかんねー!!なんつーか、こいつがなんかを界外すりゃ俺でも殺せるってのによーーー!!いやいやいやいや、そもそもこいつらの計画怖すぎだろ! 何するんだよこの東京で、マジで創世記のマジモン神様出すんじゃねーだろうな!?)

一瞬のブラフを作り出して、一瞬攻勢を演じた神宮寺は内心でこんなツッコミを繰り返すと、スタスタとアリアのそばまで行くと、彼女の鞄を持ったあとにお姫様抱っこをする。

驚いて口がパクパクのアリアには全く目を向けず、今度は縄で縛られていた霧島を抱えたヨグが不満そうな顔で近づき、ここに来たのと同じ方法で空間を割り、そこに四人は入り込む。
もちろん、アリアが界外した口裂け女達も急いでそこに飛び込む。

そして、ニア達が見ている前で見たこともない着物の少女もそこに急いで入る。

すると、ニアを襲っていた吐き気がなくなり。同時に空間に空いた穴も閉じた。





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