界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

22話 始まりの合図はまだ先


静かになった工場。

神宮寺がこっくりさんを使って仕掛けた術に掛かっていたフリをしていたニアは、しっかりと両足で立つと不敵にほくそ笑む。

「……フゥ」

ニンマリと、何かをやり遂げた表情のまま神宮寺達が消えた場所を眺める。
その顔はまるで大々的に取り上げられた演劇に入場者がたくさん来場し、長い時間精一杯役を演じて最大の喝采を浴びたような晴れ晴れとした顔だ。

「あの子たちは重要なことを聞き忘れてるわねぇ……」

そう言いながら右腕に掛かっているボロマントをまくる。そこには幾何学的な模様がボウっと光っており、何やら文字のようなものが書かれている。

「ニア様。これから他のメンバーにも所定の位置に着くように指示しますが、よろしいでしょうか」

「そうねぇ……」

どこかの高校の制服を着た部下にそう言われ、ニアは悩む仕草をしながら「ククク」と静かに笑う。


「決めた。全員位置についてなさい。もうそろそろ始まるんだし、これからパーティーグッズも用意しなきゃならないんだしね」


クルリ、と部下たちの方を振り向くとニアはそう言って指示をとる。
それが合図だったかのように、界外術師である部下たちは四方八方に走り出して工場の外に出て行く。

残されたニア。そして気絶している銀城とその他の関係ない一般人。さらには神宮寺とアリアに倒された部下4人が静かな工場の中に残された。

聞いている者もいないその場所で、ニアは一言、誰にも聞こえない一言を言った。


「…………見ててね。ワタシ、頑張るからね」


工場に小さく響くその声はか細く、まるで儚い少女の様のようだった。









さて、場面は変わり。
ようやく廃工場からヨグの力で空間を移り、別の場所に出た神宮寺たち。
しかし、その場にいた全員が立ったまま動けずにいた。

「動くなよ……」
「……うぅ」

神宮寺やヨグ、その他の界外で呼ばれた者たちはある現場を目の当たりにしていた。
霧島きりしまだんがいつの間にか持っていた拳銃を、精神的に疲労していたアリアの頭にグリグリと突きつけていた。

この状況がなぜ起こったのか。
それは数分前に遡る。


無事に逃げ出した神宮寺達は、人気のないビルの一室に移っていた。神宮寺は赤面でなぜか恥ずかしがっているアリアを、長年使われておらず埃まみれのデスクを払い、その上に座らせた。その際にヨグに抱えられていた霧島が「埃まみれの床は嫌だから縄を解いて」と言うので縄を解いた瞬間、神宮寺を押しのけて真っ先にアリアの座るデスクに向かい、いつの間にか銀城ぎんじょうがポケットに入れていた予備の拳銃を霧島弾は取り出し。身長差の問題で、抱えるようにアリアを持ち上げて銃を突きつけた。

疲れていて精神が疲弊しても警戒を怠らないアリアや、さらにはあのヨグですら動けずにいた。それほどまでに、この霧島の取った行動が突拍子で、また理解できないでいた。

そして、現在に至っている。

「なんの真似だ?なんでアリアにそんなもん突きつけてるんだ……」

神宮寺はじりじりと少しずつ距離を詰める。脅しではなく、隙をみて本気でかかって行こうと、そう考えていた。
だが霧島もその考えは分かっていたようで、ニヤリと神宮寺も初めて見る悪意が詰まった笑みを浮かべると。さらに引き金に力を入れる。


「来いよ、俺はまだ界外がどんなもんか知らねーけど。さっきの戦闘からして、実力や力量が大幅にアップしただけだろ?ならこの引き金を引く準備は万全にしとくぜ」

「……お前を倒してアリアを救う」

「声に詰まりが見える。つまり可能性は低いし今は俺が優勢なんだな」

そう言い「なら」と一旦区切ると今度は神宮寺の後ろ、自らが呼んだヨグに顔を向ける。

「おいヨグ、これから俺はさっきの奴らのところに戻る。できるか?」

「なんだと!?」

霧島の発言に驚愕の声を挙げ、顔色を変える神宮寺。しかし、ヨグの方は顔の表情ひとつも変えずにそれを聞いている。
そしてさらに霧島は言う。

「おいお前、もしかしてなんか勘違いしてないか?俺がヨグを意図せず呼んだって。確かに俺には界外が何か知らねーし知る必要もない。でもよぉ、不良の頂点に立つって願いとかそーいうのは本当はどーでもいいんだわ」

グリと、アリアのほおに銃口を移してもの寂しそうに語る。

「俺は昔から一匹狼で、親ですら信じてねーんだ。こんな世界無くなりゃいい、ずっとそう思って生きてきた。そんで今だ、ヨグと俺が起こした悪意でもっと特大の神が出るんだって?なら歓迎だ。俺はその神でこの世界を潰す」

「そんな単純な話じゃないんだぞ!? その神がこの世界を滅ぼすほどの出力を持って出てきたらお前もタダじゃ」

「ならそれでいい。みんな死ねばいい」

「お前……」

イカれている。
神宮寺は口に出そうとしたが、目の前では今にも引き金を引かれてしまいそうでその言葉を呑んだ。





「ヨグ、おれをあいつの元に飛ばせよ」

「あんたはそれで良いの?」

「うっせぇな。おれに意見すんな」

ヨグは焦る神宮寺とは違って冷静だったが、それは外のみだ。内面はこの霧島の考えが分からないでいた。
もし、あの場で同じ発言をすれば、神宮寺とアリアは霧島を残して殺されていたはず。それならこんなこともせずに良いのだから。
だが、なぜ?
なぜ今この場でそんな面倒くさいことをする?


(ほかの考え? こいつにそんな思考が働くとは思えないし……ならなんで…………違う意図があるのか?)


そして、そもそもさっきまで自分に扱き使われて下にいた人間が急に高圧的な態度をとったのも不可解だった。
ヨグ=ソトース。彼女は主神と同じ出力を出せるが。悲しいかな、たった一人の人間の思考は読めずにいた。

だから、折れた。

「分かったわよ。なら今からさっきのやつのところにまで行くから、その子は離したほうが良いんじゃない?」

「いいや、こいつも連れて行く」

「なんで?その子は無関係……」

「界外術師って界隈じゃこの女は有名人なんだろ。なら連れて行った方が向こうも喜ぶ」


ヨグは初めて霧島と会った時の顔と今の顔が同じで、そこにはなんの意図も見られないことに気づく。
はぁ、と小さく溜息をしたあと。隣で霧島を睨みながら構えている神宮寺の肩を叩く。

不意のことで驚く神宮寺の口に人差し指を当てて黙らせてから、ヨグは霧島には聞こえない小さな声で神宮寺にあることを伝えておく。


「大丈夫、あいつが人を殺す度胸がないのは知ってるから。向こうも簡単に消すような頭持ってないかもだし。だから彼女のことは少しの間我慢してて」


そう言いヨグは霧島の元に行く。
そして言われた通りに空間に穴を開け、そこにアリアを抱えた霧島が入りその次にヨグが入る。
そして、空間の穴が埋められるようになくなり、そこはいつもの埃だけの空気が舞っていた。
静かになる埃まみれと古臭い一室。

我慢して見送った神宮寺の拳は強く握りすぎて指と指の間から血が滴り落ちていた。




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