界外の契約者(コール)
女神の信じる者
界外されたへべは、目の前で膝を折って祈る少女に出会った。
願望。
それだけだったら、女神はまた人間を下等に扱うはずでよかった。
しかし、少女の左腕がなくなっているのを見て女神は驚いていた。
うっすらと自分を囲む幾何学の円陣の中、あたりは血まみれ。場所はどうやら薄暗い廃寺のようだった。
目の前の少女は自分の左腕を生贄にしてまで、女神へべを界外した。
その現実を知るだけでも女神は驚きを隠せなかったが、こんな場面は少女以外にもあった。
ある王国の王が、自分の腕と足を生贄に出して敵国の注目を外してくれと懇願したことがあった。
王国は敵国の注目を外れて、侵略の危機から脱したが。飢餓と流行病で国民もろとも滅んだ事があった。
そうまでしても、人間が守ろうとしたものはこの『青春の神』へべが介入することで必ず滅んでしまう。
だから女神は妖しく微笑み、少女の願望を聞いてあげることにしてあげた。
もちろん止血もしないで、息絶えそうな少女を神が持つ絶対的な無慈悲の瞳で見下しながら。
『あなたが私の界外術師ですね。私を界外できることは、あなたの才能も高いんでしょうね。いいでしょう、一つだけあなたの願望を叶えましょう』
声のトーンは穏やかだが、その張り詰める空気は冷気だった。
けれど、荒い息を吐きながら、片腕を押さえて痛みと血を止めようとしていた少女は、虚ろな瞳を目の前に浮かんでいるへべに向ける。
『……願望?あなたは…女神さま? なんでも、できるの?』
その質問にへべはコクリと頷き、いつも人間に対して言っている決まり文句を言う。
『えぇ、なんでも。 注目を浴びさせれば大抵のことは叶うし、あなたには必要ないと思うけど永遠の美とかも叶えられますよ。ようは、私がいればあなたの願望は叶うんです』
そう言ったへべは自分で言っていることが矛盾していることに気づいていた。
なんでも叶う。
そんなもの、全能の神でもなければ叶えられるはずもない。そもそも、この場に界外されていても出力は30%。
神話級だから自分でも60%は出せるが、それでも全てを叶えることは不可能だ。
そもそも、自分が介入すれば運命が変わって一気に幸福の絶頂から落ちてしまうのだから。叶える叶えられないの問題ではない。
これは詐欺だ。
神が人間に対して、残りの運命を騙し取っていく。
そんな、つまらない運命の改竄行為に、また目の前の人間は騙されてしまうのだろう。
そう考えて、へべはまた落胆しながら少女の願望を待っていた。
でも、少女はそんな冷淡で見下す神に対して、まるで暖かい光を見て眩しく目をつぶりそうな目を向けて、こう言った。
『……めがみさま、どうか……わたしのお母さんの病気を有名にしてください……わたしは、どうなっても、構わないです。お母さんの病気と、おなじ病気…で、くるしんでいる人をたすけてください……』
その言葉に、へべは大きな衝動と今度こそ隠しきれない驚きを見せた。
思わず後ずさったへべは転び、血溜まりの中に尻餅をついていた。
その言葉に、神の心が揺さぶられた。
『あなた正気!? あなたは今、私を出すために片腕を無くして言い知れない苦痛を味わったはずよ!! それなのに【病気】に注目しろ? あなた、自分の願望がそんなもので良いの? 本当にそんなものの為に自分の片腕を無くす勇気があったって言うの!?』
今まで冷静で冷酷だった女神が、今まで経験した人間という下等な生き物の定義が崩れそうになり、目の前の少女に対して初めて自分の感情をぶつけていた。
人間に対して何千年ぶりに向ける感情に、嫌気をさしながら。
前に書いた王国の王は、自身の保身の為に王国を守ろうとして自分の体の一部を贄に出した。
だが目の前の少女は、界外の才能を十分持っているのに自らの左腕を生贄にして『母親』を助けようとしている。その余剰効果で他の人間も助けようとしている。
ありえない。
対価に合わない。
だからこそ語気を荒げて女神は言った。
だが、少女は。
『わたしは、みんなにかがやいてほしいの……。お母さんがいつも言っていた。《この世界にかがやかない石はない、どんなボコボコの石でも水や布で磨き続ければいずれかがやく。最初から輝いている宝石は、にせもので、ホンモノは、どんなに汚れても光ってかがやく》 お母さんはいっつも言っていた。苦しそうな時でも。だから、わたしもがんばった……だから、叶えて……かみさま…………』
そう言って少女は大量の出血で瞼を閉じて前のめりに倒れようとした。
言い切る最後まで、少女はその眼に映るへべを本当の救世主として見て。
だからこそ。
今度こそへべは失いたくなかった。
『人間は愚かだが、小麦の中に極上の粒があるのと同じように愚か者ではない者もいる。しかし、麦は腐ればダメになり、同じ愚か者となる』
 主神が言った言葉を思い出し、この少女をその言葉の通り『愚か者』にするわけにはいかないと思った。
身体は駆けていた。
倒れそうになる少女の体を慌てて抱き絞め、意識をしっかりと保つように自分の力を使う。
抱きしめる体はまだ小さかった。
『…………ねぇ、聞いている?』
へべは抱きしめながら少女の耳元で、さっきまでの穏やかな声以上に温かみのある声で言った。
『あなたの願望を叶えてあげる。あなたのような人に私は出会いたかった。でも、その命が今にも尽きようとしている。あなたはもうすぐにも死んでしまう』
そう言われた少女はビクッと怯えるように震えた。だが、へべはそんな彼女の頭を落ち着かせるように撫でる。
『大丈夫、私は《青春の神》のへべ。永遠の命を約束する者。私はあなたと契約して生き永らえさせることができる。あなたの一生に私が一緒であることを条件にあなたを死なせない…………分かるかしら?』
へべが尋ねると少女は首を弱々しく頷き、また弱々しく言う。
『…………わか、る……』
『では、契約してくれる?』
『…………う、ん……』
それだけで十分だった。
『契約は成立。私はへべ。これからあなたの為に全力で力を使わせていただきます』
廃寺の中は淡い光で包まれ、へべは少女の傷を止める為に力を使った。
青春の神。
彼女が昔、人を愛していたように。
下等と蔑んでいたその存在をまた信じてみようと、そう思いながら少女の命を繋げた。
願望。
それだけだったら、女神はまた人間を下等に扱うはずでよかった。
しかし、少女の左腕がなくなっているのを見て女神は驚いていた。
うっすらと自分を囲む幾何学の円陣の中、あたりは血まみれ。場所はどうやら薄暗い廃寺のようだった。
目の前の少女は自分の左腕を生贄にしてまで、女神へべを界外した。
その現実を知るだけでも女神は驚きを隠せなかったが、こんな場面は少女以外にもあった。
ある王国の王が、自分の腕と足を生贄に出して敵国の注目を外してくれと懇願したことがあった。
王国は敵国の注目を外れて、侵略の危機から脱したが。飢餓と流行病で国民もろとも滅んだ事があった。
そうまでしても、人間が守ろうとしたものはこの『青春の神』へべが介入することで必ず滅んでしまう。
だから女神は妖しく微笑み、少女の願望を聞いてあげることにしてあげた。
もちろん止血もしないで、息絶えそうな少女を神が持つ絶対的な無慈悲の瞳で見下しながら。
『あなたが私の界外術師ですね。私を界外できることは、あなたの才能も高いんでしょうね。いいでしょう、一つだけあなたの願望を叶えましょう』
声のトーンは穏やかだが、その張り詰める空気は冷気だった。
けれど、荒い息を吐きながら、片腕を押さえて痛みと血を止めようとしていた少女は、虚ろな瞳を目の前に浮かんでいるへべに向ける。
『……願望?あなたは…女神さま? なんでも、できるの?』
その質問にへべはコクリと頷き、いつも人間に対して言っている決まり文句を言う。
『えぇ、なんでも。 注目を浴びさせれば大抵のことは叶うし、あなたには必要ないと思うけど永遠の美とかも叶えられますよ。ようは、私がいればあなたの願望は叶うんです』
そう言ったへべは自分で言っていることが矛盾していることに気づいていた。
なんでも叶う。
そんなもの、全能の神でもなければ叶えられるはずもない。そもそも、この場に界外されていても出力は30%。
神話級だから自分でも60%は出せるが、それでも全てを叶えることは不可能だ。
そもそも、自分が介入すれば運命が変わって一気に幸福の絶頂から落ちてしまうのだから。叶える叶えられないの問題ではない。
これは詐欺だ。
神が人間に対して、残りの運命を騙し取っていく。
そんな、つまらない運命の改竄行為に、また目の前の人間は騙されてしまうのだろう。
そう考えて、へべはまた落胆しながら少女の願望を待っていた。
でも、少女はそんな冷淡で見下す神に対して、まるで暖かい光を見て眩しく目をつぶりそうな目を向けて、こう言った。
『……めがみさま、どうか……わたしのお母さんの病気を有名にしてください……わたしは、どうなっても、構わないです。お母さんの病気と、おなじ病気…で、くるしんでいる人をたすけてください……』
その言葉に、へべは大きな衝動と今度こそ隠しきれない驚きを見せた。
思わず後ずさったへべは転び、血溜まりの中に尻餅をついていた。
その言葉に、神の心が揺さぶられた。
『あなた正気!? あなたは今、私を出すために片腕を無くして言い知れない苦痛を味わったはずよ!! それなのに【病気】に注目しろ? あなた、自分の願望がそんなもので良いの? 本当にそんなものの為に自分の片腕を無くす勇気があったって言うの!?』
今まで冷静で冷酷だった女神が、今まで経験した人間という下等な生き物の定義が崩れそうになり、目の前の少女に対して初めて自分の感情をぶつけていた。
人間に対して何千年ぶりに向ける感情に、嫌気をさしながら。
前に書いた王国の王は、自身の保身の為に王国を守ろうとして自分の体の一部を贄に出した。
だが目の前の少女は、界外の才能を十分持っているのに自らの左腕を生贄にして『母親』を助けようとしている。その余剰効果で他の人間も助けようとしている。
ありえない。
対価に合わない。
だからこそ語気を荒げて女神は言った。
だが、少女は。
『わたしは、みんなにかがやいてほしいの……。お母さんがいつも言っていた。《この世界にかがやかない石はない、どんなボコボコの石でも水や布で磨き続ければいずれかがやく。最初から輝いている宝石は、にせもので、ホンモノは、どんなに汚れても光ってかがやく》 お母さんはいっつも言っていた。苦しそうな時でも。だから、わたしもがんばった……だから、叶えて……かみさま…………』
そう言って少女は大量の出血で瞼を閉じて前のめりに倒れようとした。
言い切る最後まで、少女はその眼に映るへべを本当の救世主として見て。
だからこそ。
今度こそへべは失いたくなかった。
『人間は愚かだが、小麦の中に極上の粒があるのと同じように愚か者ではない者もいる。しかし、麦は腐ればダメになり、同じ愚か者となる』
 主神が言った言葉を思い出し、この少女をその言葉の通り『愚か者』にするわけにはいかないと思った。
身体は駆けていた。
倒れそうになる少女の体を慌てて抱き絞め、意識をしっかりと保つように自分の力を使う。
抱きしめる体はまだ小さかった。
『…………ねぇ、聞いている?』
へべは抱きしめながら少女の耳元で、さっきまでの穏やかな声以上に温かみのある声で言った。
『あなたの願望を叶えてあげる。あなたのような人に私は出会いたかった。でも、その命が今にも尽きようとしている。あなたはもうすぐにも死んでしまう』
そう言われた少女はビクッと怯えるように震えた。だが、へべはそんな彼女の頭を落ち着かせるように撫でる。
『大丈夫、私は《青春の神》のへべ。永遠の命を約束する者。私はあなたと契約して生き永らえさせることができる。あなたの一生に私が一緒であることを条件にあなたを死なせない…………分かるかしら?』
へべが尋ねると少女は首を弱々しく頷き、また弱々しく言う。
『…………わか、る……』
『では、契約してくれる?』
『…………う、ん……』
それだけで十分だった。
『契約は成立。私はへべ。これからあなたの為に全力で力を使わせていただきます』
廃寺の中は淡い光で包まれ、へべは少女の傷を止める為に力を使った。
青春の神。
彼女が昔、人を愛していたように。
下等と蔑んでいたその存在をまた信じてみようと、そう思いながら少女の命を繋げた。
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