界外の契約者(コール)

鬼怒川 ますず

59話 怪人アンサー

「……死ね」


その一言とともに剣が振り下ろされる。

だが、その剣はある男に掴まれて静止した。


絶望に彩られた表情の絵里の瞳には、その人物が自分の高校の七不思議に数えられる『不死身の男』の異名を持つ同級生に見えた。

そう


神宮寺 孝作に……。

神宮寺は素手で刃先を持っているのにもかかわらず、血は出ておらず。そのままなんの事もなくデルモンドに話しかける。



「……あんたが、デルモンド・キルギスだな?」

「……それがなにか」

「なら、止めないといかないな」

「……」


それだけだった。

デルモンド周囲一帯の虚空から幾つかの剣が射出され、それらが神宮寺はおろか、東條絵里や倒れている霧島達にも向かっていく。

けれど。


「そこまで……ですわ」

それら剣から霧島達を遮るように、まるで見えない壁が弾いていく。

デルモンドにはその光景を界外術師がやったものだとは思わなかった。

それもそのはず、見えない防御壁の魔法を使えるのは自分とそれを教えている弟子達だけだからだ。


「……ティアレか」


そう言いながら彼は剣を手放して神宮寺に渡すような形になり。
新たに魔法を編む。



火炎魔法。


文字通り炎が出る魔法を、フロア全体に放つ。

しかしそれを今度は大きな冷気が包み込む。
まるで抱えるように、炎の勢いを殺して無くしていく。

自分が教えたはずの魔法で、自分の魔法を打ち消すこの技量。

これで分かった。


「…………なぜ、裏切ったティアレ?」

そう告げるのと同時に、フロアの奥から白いワンピース姿の少女ともう一人ドレス姿の少女が出てくる。

一人はティアレと呼ばれたデルモンドの弟子。
ドレスの方は【天才界外術師プリンセス】と謳われる下田アリア。

このフロアに3名もの新しい顔ぶれが現れた事に絵里は頭の処理がついていかず、キョトンと目を見開いてただ見ているのみだった。


「……師匠、もうやめましょう」


そう言いながらティアレと呼ばれた少女はボロボロのワンピースの裾を掴んで言った。


「これ以上は何も意味をなしません……師匠が、余計傷ついてしまうばかりですわ」


少女は吐き出すように、しっかりと前にいるデルモンドに告げる。
けれど、デルモンドにその言葉は頭に入っていなかった。

なぜ裏切った?

どうして、ボクが傷つく?

それだけが頭の中で渦巻く疑問だった。
そして、この弟子がデルモンドの邪魔をしている。
もはや敵だ。


彼はそう思うと虚空から新たなステッキを出して持ち握り、石突きをティアレの方に向ける。
石突きから波動のようなものが飛び出すとティアレに向かってまっすぐに進んでいく。


しかし、ティアレは決して動かない。

まぶたも瞬きすら動かそうともしない。


「…………イイジャリィ」


波動砲が当たる直前、ティアレがそう言った一言をデルモンドは耳で聞き、波動砲が彼女の目の前で止まって消えていった。


「どうして……その名前を知っている!?」


目を一杯に見開き、目の前にいる弟子を凝視するデルモンドは、怒鳴り声のような声で彼女に問いただした。

ティアレはその怒鳴り声に、ピクリと肩を震わせたが、彼女はそれでも彼の瞳の中にある狂気と彼本来の優しさに向けて強く見つめる。


「…………さっき、この人たちが私に教えてくれました。『怪人アンサー』を通して」


「……怪人…………アンサー?」



それはついさっきの事だった。





それは霧島が颯爽と 東條絵里の前に現れる4分前まで戻る。








「怪人アンサー?」



ビルの外で神宮寺がアリアから渡されたある神が居るという携帯電話を耳に近づけて、受話器から聞こえる神の名前を聞いていた。



『えぇ……わたしは……怪人アンサーと申します……えぇ、はい……』



ちなみにここで書いておくが、これは雑音が混じっているから間が多いのではない。電話の向こう側にいる神の声がただ小さいだけだ。



「……怪人アンサーって何?」

『えぇと……それが、一つ目の質問で……良いでしょうか?』



気弱そうなお姉さんの声でそう言われて神宮寺は頭に疑問符を浮かべた。



「あぁん?さっぱりわっかんねぇな、ふざけてんのかお前?」

『ヒィ!! す、すいませんでした!だから切らないでください!!』




ちょっと問いだしただけでこのビビリよう。
オマケになんだか懇願までされた。
なんだこいつは。そう思いながらとりあえず保留ボタンを押しておく。

そして、さっき自分を記憶なくすほどに痛めつけて携帯電話を渡してきたアリアに質問する。

「……なんだこの神は?」

「はぁ……、まさかここまで名前が知られていない神に成り下がるとは……」

そう言いつつアリアは神宮寺の携帯電話をひったくり、保留ボタンを解除する。


『…………うぅ、どうせ私は影が薄くて…………なんで……ネタバレしなければ…………』


音声から漏れ出すその声にはとても悲壮感にまみれたものがあった。
聞いていた神宮寺でも気の毒にもなる。
だが下田アリアはそんなの御構い無しに、受話器に向かって告げる。


「怪人アンサー、あんた最初の説明をすっ飛ばしてんじゃないわよ」


「あれ?……してませんでしたっけ?」

「してないから、一からやって。今変わるから」

そう言ってまた神宮寺に携帯電話を投げる。
神宮寺はキャッチして受話器を近づける。

「説明よろ」

それだけだったが、なぜか電話向こうの雰囲気がガラリと変わった。




『……コホン。どうもこんばんわ、私は怪人アンサーです。これから10個の質問をします。あなたの質問に9つだけ答えてあげます。ですが、最後の質問だけは私の方からさせていただきます。それでよろしいでしょうか?』

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………おいまてなんだこの意味がわからん神様は!?」

『ヒィィィィィ!! き、切らないでくださいィィィィ!!』




初めて会う意味不明な神に戸惑う神宮寺と、それにうろたえる受話器向こうの怪人アンサー。

それを見かねたアリアが、神宮寺に一から説明することにする。







怪人アンサー

2000年代、携帯電話の普及と共に突出的に広まった『都市伝説』


それは10個の携帯を用意して、右隣の携帯に電話を掛けて繋げるといったものだ。通常なら通話中になる携帯電話の中に一つだけが怪人アンサーに繋がる。


怪人アンサーはこちらが出す9個の質問を正確に答えてくれる。ただし、最後の10個目の質問は怪人アンサー自らが出してくる。それに答えなければ、怪人アンサーが身体の一部を持っていってしまうといった、大変危険な部類に入る『都市伝説』………………………………………………………………………………だったはずだった。




「この都市伝説を考えて広めた大学生がねたばれしたのは本当に有名よねぇ……」

『おかーさんは……当時大々的に広まって噂と感情で形が成していく私を……一瞬で消したのです……』



アリアが最後にそう付け加えながら言うと、電話の向こう側でシクシクと泣きながら語ってくる。


この『都市伝説』が隆盛を誇って、人の感情が怪人アンサーを形作り本当に繋がり出すまでに成長してきた頃。


その噂を作った本人、怪人アンサーにとっては生みの親がネットに創作話だと大々的に暴露して公開したのだ。



そのせいで、怪人アンサーを信じる人間は減っていき、さらにはスマートフォンの台頭、ネット社会の革新の波に飲まれ。
怪人アンサーは海に、まさにネットの海に沈んでいった。



誰からも忘れられた都市伝説。
近代にできた存在でありながら、すぐに忘れられた可哀想系の『神』



それが、この怪人アンサーだった。






「……へー、なんかお前も苦労してんだな」

『3年振りの電話でちょっと嬉しいんです……』

「……ちなみに3年前は誰からが最後だったの?」

『確か犬で、質問の1から9個までドッグフードの場所を聞かれた気が……』

「おい、お前以上にその犬が携帯電話を10個揃えていたって事実に驚きなんだけど」

『え、犬って携帯電話を使ったりしないんですか!?』

「お前本当にどんな質問にも答えられるんだよな!?」




とりあえず、新たな都市伝説が生まれてしまいそうな雰囲気だったので神宮寺は話を変える。
まず、アリアがこの電話を渡した理由。
それが分かった。



「…………なに?もしかして俺の【神格者】の力であらゆる質問に答えられるようにしろってことか?」

「……最初は違ったんだけど、今の会話から出力が3割くらいだから全答は無理みたいね。おねがいできるかしら」



悪びれずにお願いしてくるアリアに、神宮寺は渋々それを受け入れた。



「…………いいよ、今はちょっと差し迫ってんだし」

「なら携帯貸してね」



そういうアリアにポンっと携帯を手渡すと、その手を握られる。

「『憑依』」






そうして、神宮寺は怪人アンサーと意識を共有しながらビルに再び入り出す。


『うわー! 凄いですね! 外の世界ってこーんなちょっと汚れている感じなんですね』



神宮寺の姿のまま、怪人アンサーがキョロキョロとまるで子供のように辺りを見回す。
なんだか悪口を言われた気がしたが、気にせずに神宮寺とアリアは階段を登ろうとする。


だが、その階段を登った踊り場に。


『メビウスの輪』のシズクと、抱えられた白いワンピースの少女がいた。


コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品