転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

83話 キツネ娘

 黒い大きな魂がこちらに気づいた。頑丈そうな檻に何度も魂当こんあたりし、こちらを威嚇してくる。とても重くて頑丈そうな檻なのに、ガタガタと大きく揺れる。
 俺が背筋に嫌な汗が流れるのを感じた時、檻の隙間をすり抜け、一本の鞭が黒魂を打ち据えた。


「ガタガタ騒いでんじゃないのさ! この三下魂が!」


 いつの間にかオレノ腕の代わりに鞭を手にしていたチェリーから、凄まじい圧力を感じる。
 う、嘘だろ  現界で最古神の北神・南神、古代竜の一柱極炎竜よりもはるかに重くのしかかってくるこの圧力。オレに向けられているわけじゃないのに、押し潰されそうだ。
 本気のチェリーってこんなにスゲェのか。普段の軽い態度と柔らかい尻からはまったく想像ができん。異様な存在感を放っていたはずの黒魂はチェリーの圧力に押され、明らかに先程までよりも小さくなり、檻の隅でプルプル震えている。


「裁断界からこちらに送られた時点で、もう逃げ場なんかないんだよ。大人しく洗われな。
 生きていた時の行いを、後悔する必要も懺悔する必要もない。いまのアンタにできることはただ一つ。地獄の獄卒に魂の隅々まで洗われることさね」
 


 最後通告のように言い渡し、再び鞭を振るうと檻の手前のコンベアを打つ。
 ガコンという鈍い起動音を轟かし、コンベアが巨大な檻を前方に運び出す。ああ、なるほどね。護送用のコンベアってことか。これでその地獄の獄卒とやらのところまで連れて行かれて、魂の洗濯をされるということか。
 隅っこで小さくなったままの黒魂が檻と共に部屋から出ていくと、入れ替わるように一人の女性の魂が拍手をしながら部屋に入って来る。


「いやー、さすがはチェリーの姐さんでござんすな。見事な啖呵でござんした」


 金髪ロングで額に短めの白の二本角。ここまでは転生界でも良く見かける仮体だったが、キツネ目の彼女の頭には、なんと黄金色の獣耳と、胸元を強調するように着崩した和服の後ろにフサフサのシッポが九尾もあるではないか! まさに九尾の狐!
 だがこの口調……聞き覚えがあるな。
 彼女は足を動かさず、コンベアの上でもないのに、滑るように俺たちの前まで移動してくる。


「お久しぶりでござんすね。チェリーの姐さん。今日お越しになると聞いて楽しみにしておりんした」


 顔なじみらしきチェリーへの挨拶もそこそこに、彼女は俺より頭一つぶん低い位置にある顔を、オレにグッと近づけ、またもや足を動かさずにクルクルとオレの周囲を回りだす。まさしくオレを値踏みしていた。


「フンフンフン。これが噂のダイチさんすか。なんか見た目パッとしないでござんすな~。とてもパパが言っていたようなたいした御仁には見えんでござんすよ」


 初対面でいきなりがっかりされたが、オレ的には生前と同じ評価だったので、むしろ懐かしく心地いい。いまの周囲の評価はぶっちゃけ良すぎて恐ろしいからな。
 ただオレの連れはその評価が納得いかなかったのか、キツネ娘を睨みつけていらっしゃる。


「アタシの連れにケチつけるなんざぁ、アンタもずいぶん出世したもんじゃないのさ。えー、カレン!」


 チェリーの鞭が唸りを上げ、キツネ娘の足元を打ちつける。


「ヒィィィィィ!」


 悲鳴をあげ飛び跳ねたと思ったら、そのままの勢いでオレに飛びついてきたので、咄嗟に彼女を抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこ状態である。抱きかかえると同時に、彼女のモフモフの九尾のシッポが俺の腕をフワリと包み込む。
 なにコレ。モフモフで超気持ちいいんだけど!


「違うでござんす! 違うでござんす! 違うでござんす! 姐さんの良い人にケチをつける気なんてまったくないでござんすよ~! ただパパがスゴく褒めるもんすから、どんだけすんごい魂を持ってるのかな~って想像してたもんで」


 まずい。このままでは惚れてしまう。このシッポに!
 危険を感じたオレは、すぐさま彼女を床にポンと投げた。


「あいたーっ! なんで急に投げ捨てるでござんすかーっ!」

「オレの心を守るためさ」

「いや、わけわかんないでござんすよ!」


 尻尾をピンと上げ、尻をさすりながら立ち上がる彼女の苦情は無視し、俺は鞭を期待通りの胸の谷間ポケットにしまいこむチェリーに声をかける。


「チェリーさんや」

「なんだい、ダイちゃんさん?」

「こちらのシッポはもしかして、ノラの?」


 まだ尻をさすって唇を尖らせているキツネ娘を一瞥して頷く。


「そうさ。ノラんとこの末娘さ。カレン、ちゃんと挨拶おしよ」

「わかったでござんすよ。あー、痛い」

「痛くねえだろう、仮体なんだから」

「気持ちが痛いんでござんすよ!」


 文句を言いつつも、キツネ娘は姿勢を正す。


「ノラノラリの五番目の子魂で、カレンと申すでござんすよ。よろしゅうに。ダイチさん」


 父親譲りのキツネ目をさらに細め、カレンは尻尾をフリフリお辞儀した。

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