転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

82話 地獄デート

 チェリーと地獄巡りをする約束の日の朝。
 オレは居住界のはずれにある転移装置の前で、チェリーを待っていた。
 すると突然俺の頭の上に、二つに割れた天使がぽよよんと舞い降りてきたかと思うと、たいへん聞き覚えのある声が降りそそいでくる。


「ダイちゃん、おはようなのさ」

「おはよう、チェリー。とりあえず俺の頭から降りようか」

「えー 」


 当然のことを言ったまでなのだが、チェリーは露骨に驚きの声をあげる。


「なんでさー。リューリちゃんは仕事中でもいつも乗っかってるじゃないのさ」


 オレの可愛い長子と比較されても困る。


「ダイちゃん、そんなにアタシのお尻嫌いかい?」


 オレの額の一本角を掴んで、二つに割れた天使をぽよよんぽよよんと、何度も何度も俺の頭に打ちつけてくる。たいへん心地よい。


「大好きです。この尻にだったらずっと敷かれていても後悔はありません。
 ですが、この体勢での地獄巡りは断固として拒否します」

「えー 」


 埒があかなそうだったので、オレは二つに割れた天使を下からガシッと掴み、前から下へとおろす。顔の前を通過した時に、思わず二つに割れた天使の狭間に顔をうずめたくなったが、鋼の精神力で耐えきる。オレの腰あたりまで下ろすと、ようやくチェリーが自分の足で地面に降り立つ。


「あれ?」


 俺の方へと向き直ったチェリーを見て、俺は思わず呆けた声を出す。
 チェリーのあの流れる炎のような紅のロングヘアが、ショートボブになっていた。
 彼女がサイドの髪を両手で持ち上げる。


「ダイちゃんとのデートずっと楽しみにしてたんだよねえ~。それで今日目を覚ましたらこれさ。ダイちゃん、髪は短い方が好きなんだろう?」


 超好きです! 
 だがしかし!
 仮体の髪は肉体の髪とは違って、切ろうと思って入れるもんじゃない。オレの事象を創造する冥力ならやれそうな気もするが、女性の髪を切り刻むような悪質な趣味は持ち合わせていないからな。
 俺は仮体の髪型が変化した例を一魂だけ知っている。ラヴァーだ。仮体の姿が変わったという認識なら、アイシスも含まれるからチェリーで三魂目だ。
 また俺の影響ってやつなのか? でもオレってそんな他魂に影響あたえるような魂じゃないと思うんだけどな。だってオレ生きてる時、本当に地味だったからね。事なかれ主義ってヤツ?


「まあ細かいことはいいじゃないのさ。今日は一日つきあってくれるんだろ? よろしく頼むよ、ダイちゃん。キャハ♪」


 腕を絡め二カッと笑うと、グイグイと転移装置にオレを引っ張っていく。ショートボブが彼女の気持ちを表すようにピョンピョン跳ねる。かわええ♪ いやー元々、妖艶美人のチェリーなんだけど。こうしてショートになると、可愛いよね~♪ やべ、彼女にも惚れてまう。オレって相手に一途な人間だと思ってたんだけどそんなことなかった。少し自己嫌悪。まあいいか、いま魂だし!


 チェリーに導かれるまま転移装置に乗ると、一瞬で景色が変わる。
 そこは天井も壁も床も、濃い青一色の四角い無機質な部屋だった。


「あれ? ここって建物の中? 地獄界の転移装置って外にないんだ?」

「というかね、地獄界自体がひとつの建物みたいなもんなのさ。う~ん、現界でいうところの牢獄みたいなもんかね~」

「へぇ~」


 いやー、普通に驚いた。オレ、生前に見た地獄絵図とかのイメージでさ、草も木も生えていないような尖った岩だらけの荒れ地で、ごっつい武器持った鬼が、人間を小突きながらヤホーイみたいな感じで、はしゃいでるもんだと思ってたんだけど、なんかこの無機質で殺風景な部屋を見ていると胸の内が冷え冷えしてくる。まるで、逃げ場のない終着点みたいな。
 でもこの部屋ちょっと変だ。俺たちが出てきた転移装置の横にもうひとつ転移装置があるんだけど、その魔法陣の中央から床がおかしなことになってる。俺たちの前にある普通のタイルみたいな床じゃなくて、コンベアみたいになってるんだ。それがこの部屋の出入り口まで真っ直ぐに伸びてる。


「チェリー、アッチの転移装置から伸びてんのってコンベア? あれってなんで?」

「ああ、あれかい。そう呼ぶらしいね。マタイラの現界にはない代物だからさ、アタシもこっちに来て初めて知ったのさ。
 お、ちょうど来たみたいだよ。口で説明するより、実際に見た方が早いのさ」


 そう言って、輝き始めた隣の魔法陣を顎で指し示す。


「こっちはマタイラの他の場所との相互転移装置だけど、あっちは裁断界からくるだけの一方通行なのさ」


 チェリーが言い終わるやいなや、魔法陣の光がおさまり、そこには巨大な檻がポツンと現れる。その中には冥界に来てから初めて見る、ドス黒くて大きな魂が入れられていた。

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