転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

50話! 蛇髪様

「あ、あの! ダ、ダイチさん!」

「は、はい! なんでしょうか、ソレイユさん!」


 あ、なんかデジャブ。
 ……いや、デジャブちゃうわ!
 昨日、妖精どもの結魂コールがやんだあと、このやり取りから、ソレイユに結魂を申し込まれました。


『貴方の魂で、私を繋ぎとめてくれませんか?』


 結魂ではなく、結婚だったら即OKです。
 でも、オレは返事保留。
 シャーロも含め、妖精たちからはブーイングの嵐。
 スイマセン!! ホント、ヘタレでスイマセン!!
 コレが今の私の全力です!


 オレが返事を保留してしまったので、後の会話が弾む訳もなく、そのまま冥界新聞社の前で別れ、今朝も挨拶を交わしたのみで、魔獣部オフィス前の廊下まで来てしまった。


「き、昨日は、突然、とんでもないことを申しあげまして、誠に申し訳ございません」

「こ、こちらこそ、すぐにお返事できず、心苦しい限りです」

「いえ、いえ、いえ」

「いや、いや、いや」


 ソレイユは、少し俯き加減になって言葉を続ける。


「昨日の結魂の説明をしてくれた時に、気づいてはいたんです。
 ダイチさん、たぶん、ラヴァーさんにも求魂されてるんですよね。
 わかります。ダイチさん、魅力的ですもん。
 エヘヘ、ホントは2番目でも、3番目でもって言いたいんですけど、そうしたらダイチさんの負担が増えて、消えちゃうかもしれないんですよね。
 私が消えるのはいいけど、ダイチさんが消えちゃうのはイヤですね」


 上目遣いで、寂しそうに微笑む。
 クワァー! ヤバい! マジでヤバい!
 抱きしめて、キスしてしまいたい衝動にかられる。
 だが、求魂の返事を保留している今、そんなことできる訳もない。
 オレは迸る欲情エネルギーを、運動エネルギーに転化させることにした。


「ちょ、ちょっと、ダイチさん! なんでいきなり腕立て伏せ始めるんですか! 廊下ですよ! 迷惑ですよ!」


「……すまん、ソレイユ! こうでもしないと、もっとお前に迷惑かけちまうんだ!」


 オレの発言に応えたのは、可愛らしい戸惑いの声ではなかった。


「あんたの存在が迷惑だってんだよ  」


 腕を折り畳んだ、伏せの状態から、身体が持ち上がらない!
 こ、この全身に重くのしかかるダミ声は!


「あたしが磨きあげた廊下に、手垢をつけやがって!」


 なんとか、顔だけをあげると、オレの目の前にメデューサの髪の毛が一本、モップを片手に立っていた。
 メデューサの髪の毛と目が合うと、さらに身体が硬直したかのように動かなくなる。
 いつから、メデューサの石化能力は、眼から髪の毛に移行したんだ!


「はっ!相変わらず陰険そうな顔してやがるね。
 どうせあれだろ? あたしがいない間に、廊下を汚して「やっぱり、サボってただろう」って、言いがかりをつけるつもりだったんだろ!」


 うわー、相変わらず被害妄想ハンパねぇな。
 まぁでも、掃除したそばから、汚されるのは、確かに気分は良くないよな。
 仮体だから特に手垢とかはないと思うが、廊下での腕立て伏せは、確かに見ため的に、廊下で暴れて汚しているように見えなくもない。


「でも、おあいにくさま」


 メデューサの髪の毛が、ニヤリと笑う。


「そこをモップがけしたのは、一週間前さ!」

「やっぱり、サボってたんじゃねぇか!」


 オレは伏せの状態から、ツッコミを入れる。


「あ、あの、ダイチさん。私、先に行ってますね」


 メデューサの髪の毛に苦手意識を持つソレイユは、石化の解けないオレをおいて逃げようとする。
 しかし! メデューサの髪の毛に回り込まれた!


「お待ちになって!
 私の王子様♪」

「わ、私はもう王子じゃありません!」

「そうだね。あたしという伴侶を得たあんたは、もう立派に王様さ」

「ち、違います! 私の魂は女なんです! それに、ここにいるダイチさんに、求魂してますから!」

「な、な、な、な、なんだってーっ 」


 メデューサの髪の毛が、パーマをかけたかのようにちぢれてその場に座り込む。
 ソレイユはその隙をついて、オフィスへと逃げこんだ。
 メデューサの髪の毛は、ひどくうなだれたまま、暗く笑う。


「……ハッ。とんだ茶番だったね。夢の中の王子様に違いないと思ったのに、女で、しかもすでにあんたの伴侶だったとはね。
 ふん! 笑いたきゃ、笑うがいいさ!」

「安心しろ。まだ、伴侶ではないし、今のオレには、誰も笑うことはできん」


 メデューサの髪の毛が、顔をあげて、いぶかしむ。


「……そういや、あんた、なんでいつまでもそのかっこでいるのさ」

「知らん。身体が動かないんだ。お前の力じゃないのか?
 オレの前にいた世界には、見た相手を石に変えちまう、髪の毛が蛇の化け物の伝説があるんだが、あんたはその髪の毛にそっくりなんだ」

「あたしを化け物の髪の毛扱いかい! 本当に腹立たしいやつだね!
 ……でもさ。それって、あんたがそう思ってるのが、問題なんじゃないかい?
 もっと、素直な目であたしを見てごらん。
 この美しい白蛇のようなあたしをさ!」


 メデューサの髪の毛が、育毛剤をかけられたかのように、ピンと立ち上がり、身体をクネクネと動かし始めた。
 文字通り目の毒だったので、オレは助言に従い、現実を見る。

 目の前にいるのは清掃のオバチャン。
 目の前にいるのは清掃のオバチャン。
 目の前にいるのは清掃のオバチャン。

 オレの身体が持ち上がった。
 身体が軽くなり、すぐに立ち上がる。


「ほら、ごらん。やっぱり、あんた自身が原因だったんじゃないか。
 それにしても、想像しただけのことを、自分の身体に影響させちまうなんて、厄介な力を持ってるね〜」

「自分でもそう思う」


 まさか、あの力が自分にも影響をもたらすとは……。
 魂魄に悪影響を及ぼす件もあるから、本格的に力のコントロールを覚えないとマズいかもしれない。


「しっかし、このあたしを髪の毛扱いとは。
 あんた、なんか髪の毛にコンプレックスでもあるんじゃないのかい?」


 ギクッ 


「おや〜。顔色が変わったねぇ〜」


 メ……オキョウが、舌をチロチロさせながら、イヤらしい笑みを浮かべる。


「あんたのことは調べさせてもらったよ!
 あんた、あの時の異世界から来た魂だったんだねぇ。
 ……ハハ〜ン、わかった。
 あんた、生きてた頃は、禿げてたね!」

「ハゲちゃうわ! 薄かっただけだ!」

「そうかい。そうかい。そういうことかい。
 あたしを蛇の髪の毛に見立てたのは、そういうことだったんだね!」


 なんだ? また身体をクネクネさせているぞ。


「この白蛇の髪の毛のように美しいあたしを、あんたの魂魄に植え込みたいってことだろう 」


 ブッ 


「あたしも女だ。その求魂! 受けてあげてもいいよ!」

「断る 」


 オレは男らしく、きっぱりと断った。

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