転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

26話 希望

 アイシスにはなかった角が2本生えてはいるが、顔だちは間違いなくアイシスだ。
 彼女にそっくりの妹がいなければだが。


「えー、アイシスさん御本人でお間違いございませんか?」

「……不本意ながら、間違いない」


 声に元気がないが、本人でいいらしい。
 確認しよう。実際の魂の存在年数と、仮体の姿は一致しない。仮体の姿は、魂魄に強い影響を受ける。
 気持ちが若いと見てくれも若くなる、現界に持ち込んだら、精神年齢がばれかねない恐ろしいルールだ。
 マーシャが一番分かりやすい。アイツは冥界でも6番目に古い魂だが、見た目は子供だ。言動もそれにふさわしい。まさに、精神年齢=見た目だ。
 オレも冥界の生活が新鮮な為か、今のところニホンにいた頃より見た目は若くなっている。なぜ、角が生えたかはわからんが、冥界のほとんどの魂の仮体に角があるので、そこは気にしない。

 さて、問題はアイシスだ。
 彼女は先週まで、23、4歳のバリバリのキャリアウーマンって感じだった。彼女と同じ年月存在している魂のプルルさんは、少し下くらいに見えていた。
 しかし、いま目の前にいる彼女は、ニホンで成人を迎える前、青春真っ只中の乙女です的な、ところまで若返っている。
 黒髪ショートをそのままに!


「……アイシスさん、いつからそのお姿に?」

「昨日の朝だ。ほ、ほらその前の日に図書館で会ったろう?
 あ、そうだ! あの時は不潔だなんて言ってすまん! あの後、プルルに聞いた。アイツの変な趣味に付き合わされただけだったんだな。本当にすまん!」


 思わず抱きしめそうになったことは内緒にしよう。


「……でもな。あの、その、自分でもよくわからないんだが……」


 調子が悪いからだろうか、アイシスにしては歯切れが悪い。


「わわ、すまん! こんな所で立ち話なんて……。たいしたもてなしはできないが、中に入ってくれ」


 オレを手招きして奥に進む。
 うん。靴は脱がないスタイルだな。まあ、冥界は靴が汚れないから脱ぐ必要ないもんな。ぶっちゃけ履く必要もないんだがな。
 アイシスが、リビングに続いているだろうドアを開け、中に入る。
 瞬間、彼女から短い悲鳴が上がった。
 調子が悪い彼女から上がる、普段あげることのない悲鳴!
 もしかして……Gか! 一匹なら頑張って闘うぞ!
 オレはすぐさま彼女に続いてリビングに入る。


「ま、待って! まだ入らないで! 片付けるの忘れてたの! お願い見ないで!!」


 手遅れだった。
 リビングには、山があった。片付けようなんてない山が。もちろん、Gの山ではない。それだったら、オレも悲鳴をあげている。
 その山はドラゴンだった。胸で抱えられる布製のドラゴンの集合体。
 つまりは、ぬいぐるみの山だ。
 ドラゴンだけかと思ったが、よく見れば、他のモンスターもいくらか混ざっている。
 スライム、グリフォン、ユニコーン、ゾンビ等。


「あ、あ、あ……。見られたぁ〜」


 アイシスがぬいぐるみたちに向かって倒れこんだ。


「う、う、う、もう消滅してしまいたい……」


 オレはいま、猛烈に自分を誉めてやりたい。
 生前、数々の選択肢で見事にハズレを引き続けていたが、死んで初めて当たりを引いた気分だ。
 単に、これを抱えるアイシスが見たかっただけなんだけどな!

 オレは、倒れこんだ彼女の側で屈むと、包装紙に包まれた見舞品を差し出す。


「この子のことも、大事にしてやってください」

「ふぇ?」


 アイシスはうつ伏せのまま、オレから見舞品を受けとると、恐る恐る包装紙を剥がしていく。
 包装紙を完全に剥がし終えた彼女の顔が綻ぶ。


「ケルベロスだぁ〜♪ は⁉」


 慌てて口を手で塞ぐ。
 もういい。もういいんですよ。自分を解放してやってください、アイシスさん。
 是非、オレの前で!

 ケルベロスを見つめていたアイシスの顔が、真顔に戻った。
 スッと立ち上がり、部屋のカドに移動すると体育座りで座り込んだ。その胸にケルベロスを抱えて、オレを上目遣いで見てくる。


「……モヤモヤが晴れなかったんだ」


 ん? もしかして、玄関先での続きか?


「普段なら、仮体を動かしていれば、スッキリするんだ。
 でも、あの日は駄目で。どうしても、二人が楽しそうにしているのが頭に浮かんで……払っても、払っても、白いモヤモヤがかかるんだ。
 私、あまり寝ないから、もしかして、ぐっすり眠って、目が覚めたら、モヤモヤが消えてるんじゃないかって思って……」


「それで寝て、目が覚めたらそうなっていたと?」


 アイシスがコクりと頷く。
 まさか、コレは!
 オ、オレに淡い恋心を抱き始めているのでは⁉
 今まで仕事一筋の彼女が初めて抱いた恋心。オレへの!
 それが、アイシスが若返りを果たした要因なのでは!

 いや、いや、いや。落ち着け。落ち着け、オレ!
 生前、そんな話に恵まれなかったオレに、死んだからって、異世界に来たからって、そんな上手い話があるか?
 死んでからモテ期? あり得ん!
 世の中、ここはあの世の中だが、そんなに甘くない。
 そんなオレの都合よくいくなら、生きていた頃、もう少しなんとかなってもおかしくなかったはずだ。若くして終活に励むことなどなかったはずだ。
 オレごときが、夢を見ちゃ駄目だ!


「姿は変わっても、まだモヤモヤは私の中にあるんだ。
 私、どうなってしまったのだろう? 昔、消える直前の魂が、一瞬力強く燃え盛って、老いた姿の仮体が少しばかり若返る現象があるって、聞いた事がある。
 私もそれなんだろうか?
  私はこのまま白いもやに包まれて消えてしまうんじゃないかな?」


 あのアイシスが弱音を吐いている。涙まで浮かべて。他の誰にでもない、このオレにだ。

 ……もういいや。
 勘違いで、天国から地獄に落とされたって。
 オレはこの時の為に、転生できなかったんだって、今はそう信じよう。

 オレは、アイシスの前に座った。正座でだ。


「消えません」

「……どうして?」

「貴女は希望だからです。転生界の! 冥界の!」


 そして、オレの……。


「き……ぼう?」


 オレは強く頷く。


「最近、マタイラの冥界に来たばかりのオレと違って、貴女はこの世界の大問題の事をよく知っているはずだ。魂魄は若い仮体を持ったまま、突然消滅するのか?」


 アイシスは首を横に振る。


「魂魄は磨耗してから消滅するから、仮体はどんどん老化して消滅する」

「そうだ。お前は違う。元々若々しく、精力的な魂だ!
 お前は、証明したんだ! 新たな感情は魂を若返らせると!」


 アイシスは不安そうにオレに目を向ける。


「……感情……なのか? この白いもやは。でも、これはただ不安なだけで・・・」

「それは初めてだからだ。知らないからだ。
 そのもやは、お前の中から生まれたものだ。お前自身だ。過去のお前が、新たなお前になるために用意した壁だ。恐れず進め」


 アイシスは、イヤイヤと首を振る。


「無理だ! モヤモヤの先に、新しい私がいるなんて思えない!
 前になんて進めない‼」

「耳をすませ。もやの向こうから、お前を呼ぶ声が聞こえるはずだ、アイシス!」

「そんな声、聞こえない‼」

「目を凝らせ! もやの向こうから、お前に差し伸べられている手があるはずだ!」

「そんな手、……!」


 オレはアイシスの目を真っ直ぐに見て、真っ直ぐに手を伸ばす。
 今はいい。くさいって言われたって、中二病だって言われたって、そんな言動逆に引くって言われたって。
 誰になんと言われようと、今はただ、もしかしたらオレに好意を持ってくれたかもしれない女に、全力で向き合いたい。


「……ダイチッ!」


 アイシスが、オレの手を跳び越えて、オレにしっかりと抱きついた。

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