転生しているヒマはねぇ!

地辻夜行

23話 事情通

 狐顔はこちらの了承を得ることもせず、酒と椅子を持ってこちらのテーブルに移ってきた。


「はじめまして。カワマタダイチさん、ンボドロゴさん。
 あっしはこういう者でござんすよ♪」


 そう言って狐顔はオレたちに、それぞれ名刺を差し出してくる。


『冥界新聞社 社長  ノラノラリ』


「まぁ、大抵の方は、ノラとお呼びになりますので、どうぞお二人もそのように」


 冥界唯一の新聞社の社長か……。顔も立場も油断ならなさそうな相手だな。


「そう構えないでくださいよ。ウチが掲載する記事は基本的に現界に関することですから、いま、転生役所を騒がしとる件にはノータッチ。もっとも、無関係ではないんですがな。
 あー、カラ嬢。シュポカ3っつ追加で。唐揚げと枝豆、だし巻き玉子もな。それと……」


 ノラが俺たちのテーブルの伝票を取って従業員のおばちゃんに渡す。


「今日はウチの支払いにしといて」

「はいはーい! ノラさん、まいど!」


 よくあることなのか、おばちゃんは抵抗なく伝票を持っていく。


「お、おい!」

「お近づきのしるし。お近づきのしるし」


 ノラが胡散臭い笑顔で、オレを制す。


「ウチが追いかけようとしとるのは、ホーレイト王国第2王子ソレイユ暗殺事件です」

「暗殺!? いや、あれ病死の可能性もあったんじゃ……」


 思わず食いつくと、ノラがぐいっと身を乗り出してくる。


「転生役所の見立てなんて、どうせモニターに何も映っとらんからでしょ? 魂の入れ替えに直接絡む訳でもなし、どうやって死んだかなんて興味もないでしょ」


 運ばれて来たシュポカと料理を俺たちにすすめて、話を続ける。


「ウチは違いますよ。現界にも伝があるし、なによりも!」


 ドンとシュポカのジョッキをテーブルに叩きつける。


「無責任な刺激を、冥界の魂たちに届ける義務がある!!」

「真実じゃねーのかよ!」


 オレのツッコミに、チッチッチッと顔の前で指を振る。


「それはアレでしょ?  ダイチさんの前いたとこの常套文句かなんかでしょ?  少なくとも、マタイラの冥界じゃ、真実なんて個人個人がそれぞれで持ってりゃいいシロモンですよ。
 ダイチさんも、マーシャ様や五人衆と接する機会があったなら、冥界の問題点、聞いとるんじゃないですか?」
「……魂魄の磨耗と消滅か……」
「それや‼ 変化を恐れる性質から来るマンネリ。同じ事の繰り返しによる魂魄の磨耗。いずれ訪れる消滅。
 個人が自分で、目的やら活力を手にいれりゃあいいだけのことだが、冥界常駐の魂でそれができる魂は一握り。
 そこで、我が新聞社の出番!!!」


 興がのったのか、ノラが立ち上がる。


「遠い世界で起きる、嘘のようなホントの話!

 ひとーつ、人の噂は酒のつまみ。

 ふたーつ、不埒な行い大歓迎。

 みーっつ、醜いやり取りも、他人事なら楽しめる。

 届けて見せよう、貴方の元へ!!
 バーイ冥界新聞社」

 なぜか、店内中から拍手が沸き起こる。
 ノラは、「どーも、どーも」と周囲に応えてから座り直す。


「率直に申しますと、今回のホーレイト王国の一連のゴタゴタに対して、ダイチさんのコメントが欲しいんでござんすよ~。
 王子になり損ねた魂の御意見が」


 最後の部分だけ、声をひそめる。
 オレはンボさんと顔を見合わせる。


「あっしは、こう見えても、ラヴァーさんと肩を並べる居住界の4人の代表の1人でござんす。大抵の情報は入ってくるでござんすよ。
 もちろん、掲載する際には、その事は伏せて、知識人の御意見として載せさせてもらいます。報酬も見合った額をお支払いしますし~」

「いやいや、オレの立場で勝手にそんな事する訳には……」


 なにより、コイツが胡散臭い。


「こんな個人的なことにマーシャ様の許可は必要ないと思いますがな。まぁ、それでダイチさんの憂いがなくなるんでしたら、わかりました。明日にでもマーシャ様の許可をあっしのほうから貰っときましょ。あの方なら二つ返事だと思いますけどな」


 オレもそう思う。
 駄目だな、コイツ。
 理由つけても、ひとつずつ解決しちまいそうだし、なによりもしつこそうだ。
 ここは、無理に断るよりも、利用することにした方が得策か……。まぁ、一方的に利用されないようにだけ気を付ければ、問題ないだろ。


「あー、いいよ。なんか断れる気がしないし、マーシャ様にはオレから言っとく。ただし、条件がある」

「ええ、ええ。あっしにできる事でしたら要望に応えさせていただきますよ」

「オレにも現界の情報をよこせ。ソレイユ王子関連なら、過去のことも、記事にはしないような些細なこともだ」

 ノラはこれまで以上にニンマリと笑って、指で輪を作る。


「もちろんでござんす~。イヤー、思っていた以上にしっかりしたお魂で良かった。これなら、良いコメンテーターになってもらえそうです。
 ささ、お二人とも手が止まってますよ。じゃんじゃん食べて飲んでください。あっしはつまみ替わりに、勝手に喋らせてもらいやすから」


 そう言ってシュポカをぐいっと煽る。


「さて、ソレイユ王子の周辺がなにやらキナ臭くなってきたのは、今から1週間ほど前、ソレイユ王子の兄、第一王子ユルティムが、15歳の誕生日を迎えたあたりからでござんす。

 ホーレイトの現国王レオパルド3世には13人の子、5人の男子がおりましてな。まだ壮健なこともあって、正式な世継ぎは決めていなかった。

 ただ、周囲の声はたぶんどちらかが後継ぎだろうとなっていた。

 第一王子ユルティム。

 第二王子ソレイユ。

 ユルティムは長子で、能力的にも無能ではない。
 しかし、ソレイユの人気が尋常ではなかった。
『森に愛されし御子』。
 ハイエルフにクロスジャミールを贈られたことを皮切りに、勉強をさせれば、教師役の者たちが揃って心酔し、狩りに出れば、獲物を狩るどころか魔獣を手懐ける。
 王国周辺の異人種民族は、ハイエルフに倣ってか、自慢の英雄たちを王子の護衛にと申し出る。
 見目麗しいのも手伝って、ヒト種中心の国民にも大人気。貴族たちもこの流れに乗り遅れてはたいへんと、多くの有力者がソレイユ王子の後ろ楯についた。
 王もこれだけの人気者を後継ぎに指名すれば、自身の人気も高まり、生きている間の立場は安泰。気持ちはソレイユ王子に傾いていると思われました。
 ところがです。
 ユルティムが誕生日を迎えると、ソレイユの後ろ楯だった有力貴族たちがこぞってユルティムに鞍替えした。
 一番の味方と思われた王も、3日後にはユルティムを後継ぎにすると発表。国民もすんなりと受け入れる。

 そして、今日の午前。庭園でお付きの者たちとティータイムを楽しんでいたソレイユ王子が、突然苦しみだしお亡くなりになった。
 王国は午後に病死と発表しましたが、あっしは暗殺と睨んでいる。証拠はないが、ウチの記者たちが必死になって王子周辺を調べているでござんすから、その内有力な情報が入ってきやすよ」


 さて、とノラは言葉を切って、だし巻き玉子を頬張ったオレをじっと見てくる。


「当然ですが、ユルティム側が何か仕掛けたにしろ、ユルティムの誕生日に動いて、すぐにソレイユの味方が裏切る訳もない。当然動き出したのはその前。
 あっしは、誕生日の1週間前に、何かあっしらが想像もつかないような大きな力が動いたのではと考えているでござんす。
 つまりは今から2週間程前。ホーレイト王国に関係しそうなことで何があったかというと……」
「……オレが発見された……か」


 オレの言葉に、ノラは満足そうに頷き、唐揚げを口に放り込んだ。

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