調布在住、魔王な俺と勇者なあいつ

Snowsknows

第22話 決着


 夜。都立多摩川高校武道場。
 昼間は体育の授業で使われ、放課後は剣道部や柔道部が稽古に勤しむ場所である。
 そこに、相対している二人の女子高生がいた。
 片や道着姿の少女。名は阿蘇品のぞみ。
 多摩川高校一年三組のクラス委員で、剣道部員(仮)。全中剣道を経験した猛者である。
 もう片やの体操着姿の少女は、久住朋子。
 一年一組クラス委員。特技はこれと言ってない。
 ただし、異世界地球テラからの、勇者の転生者であった。
 彼女らはそれぞれに、構え、伺い、その時を待っている。
 そしてそんな二人を見守っている魔王の転生者こと蘇我直人は、考えあぐねていた。
 どうすれば、この場を収められるかと。
 この戦いの経緯は調布駅前のゲーセンでのいざこざからであり、その原因(ピ○チュウ)は結局、今、直人の鞄の中に入っていた。それは置いておくとして、直人が懸念していたのは、朋子があの状態、“勇者状態”と呼ぶ状態になってしまっていることだった。彼はその状態の朋子に殺されかけ、それが学校側にも露呈して問題視されたのだ。この状態の彼女を放っておくワケにはいかない。
 ……そして手は、なくはない。
 それは自身の転生者の力、“蟲使い”の力を使うのだ。
 以前、この力で朋子に冷や水を浴びせ撃退していたのだ。おそらく彼女はそれがトラウマになっている。
 しかし直人は迷っていた。それが、今この場で相応しい方法なのだろうか? と。
 …この二人は望んで戦おうとしている。しかも己の為に。それを邪魔していいのかと。
 逡巡する直人。それでも迷うように左手を上げようとした。が、
「直人くん」
 と、朋子が横目に呟く。
「水は、差さないでください」
 抑揚のない響き。
 朋子は、明らかに感づいている。
 普段の彼女なら、他人の機微など全く無頓着であるのに。
 直人は苦虫を噛み潰す。
 彼女は間違いなく勇者状態になっている。朋子が朋子でなくなっている。このままでいいワケがない。
 だが、しかしながら、
 この二人は、曲がりなりにも自分のために戦おうとしている。
 その当の本人が、本当にこの場をぶち壊してもいいのものなのか?
「………直人、早く合図を」
 のぞみがしびれを切らしている。
「直人くん…早く」
 朋子も決着けりを付けたがっている。
 せっつかれ、苦渋に満ちる直人。
 ……魔王のくせに、あの時みたいに、大事な人が傷つくかも知れない・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・のに、結局何もできないのか?
「…………くそっ」
 誰にも聞こえないよう直人は悪態を付く。そして、もう破れかぶれに、

「始めっ!」

 と渾身に叫んだ。
 刹那、勇者は床を蹴りその反動を軸線に載せ、そのまま剣へと伝えて振り下ろす。
「覇っ!」
 それは先と同じ様に、のぞみの脳天を狙った動きであった。が、
「っ!?」

 スッパァッン!

 文字通り、朋子は別人の動きで打ちかかる。
 寸で反応し、剣で受け止めるのぞみ。
 彼女は驚愕する。
 さっきとはまるで違う朋子の身のこなし、視線の捉え方、気迫、すべてが別人。別次元。
 そして何より驚いたのは、重さ。
 たかが玩具の剣で打ちかかられたのに、まるで大剣を振り下ろされたような重い一撃。
 一体、どんな魔法を使ったと言うのか。
「…くっ!」
 一瞬、つばぜり合ってのぞみは朋子を押し返す。少し間合いをこじ空ける。と、
「せいっ!」
 朋子の横薙ぎの一閃。それをのぞみは辛うじて受け止め、そして剣を滑らし朋子のがら空きの脳天を狙う。
 だが朋子は半身をずらし、のぞみの一閃を空振らせた。
 そして出来る、一瞬の隙。

 スッパァーーーーン!

 と、今度は朋子が、のぞみの顔面に強烈な一撃を決めた。
 くっ、とのぞみは顔を顰め、思わず後ろに下がって距離を取る。
「…………え、なんで久住さん、いきなり委員長と張り合っての? え?」
「女子力(物理)パないっすね…」
 明人と瑛里華はそれぞれに困惑する。
 あの、引っ込み思案の唯の女子高生である筈の久住朋子が、いきなり全中経験者の阿蘇品のぞみと張り合ったのだ。無理はない。そして直人はまだ苦渋に満ちたままだった。
 …パッと見、実力は拮抗しているように思える。ただそれだと歯止めが利かなくなる可能性がある。なにかしら唯では済まなくなるかも知れない。そんなことが直人の頭を過ぎる。
「………一体、あなた何なの?」
 と、のぞみが朋子へ、疑念と驚嘆を絡ませ紡ぐ。
 いきなりの別人の様な変わりよう。まさか本当に勇者の記憶が蘇ったとでもいうのだろうか?
「言っているでしょう。私は勇者の転生者だと」
「だから、そんなの妄想でしょうが!」
「…しつこい。だから問答は無意味と言ったのだ」
 刹那、朋子は再び間合いを詰め下段から打ちかかる。
 それに瞬時に反応するのぞみ。

 パンッ パンッ パンッ 

 と、幾合か切り結ぶ。
 そしてのぞみは再び距離を取ろうとする。が、

 スッパァーン!

 と、朋子の追撃。それをまた辛うじて防ぐのぞみ。
 そのまま再びつばぜり合う。
「くっ」
「………何を動揺しているんですか」
「な、動揺なんか!」
「迷いは戦場で命とりですよ」
「ここは戦場じゃない!」
 と、次の瞬間、朋子がのぞみの軸足を足払いした。
「いっ!?」
 剣道部員が柔道の技を想定している筈もなく、のぞみは全くの不意を突かれ、そのままストンっと尻もちを着いてしまう。
 そして朋子の追撃。剣を真っすぐ振り下ろす。
 だがのぞみは転げて躱し、すぐに立ち上がり、また距離を取る。
「…あなた! いきなり、ひ」
「卑怯と、私をそしるか? 先に顔面ぶっ叩いたのは誰?」
「……」
「そもそも実戦に置いても足技は多用された。これだから児戯の戯れスポーツしか知らない小娘は」
「あなたも、その小娘でしょうが!?」
 ツッコみは条件反射で行うのぞみ。
 そして、さらに距離を取り間合いを離した。
 …朋子の動き。それが全く読めない。
 彼女の使っている剣術は自分の知っている剣技とはまるで違い、おまけに足払いなどしてきた。本当に異世界の剣術とでも言うのか? …迂闊に動けば、また予想外の攻撃に翻弄されるかも知れない。
 のぞみはそう警戒する。
 一瞬、膠着する場。
「…どうしました? 臆しましたか? 時間を掛けると、不味いんじゃないんですか? あの怖い怖い和歌月先生が怒鳴りこんで来ますよ?」
「……不味いのはあなたも一緒でしょ」
 のぞみは朋子の挑発に苦虫を噛み潰す。…そんなのわかってるっての!
「……朋ちゃん、キャラ変わりすぎでは?」
 ふと瑛里華が呟き、
「全然、勇者様と違うんですが」と、神妙に続けた。
 それは僧侶サンドラの転生者としての言葉のようだった。
「……違う?」
 直人は首を傾げる。魔王の転生者と言えど、さすがに勇者エルフィンの人柄までは知らない。
「彼…勇者エルフィン様は、元々コミュ障の童貞気質で口下手でした。旅の最後らへんは、割と喋れるようになってましたけど、戦闘中はこんな喋りませんし、相手を挑発するような真似も出来ません」
 かつての仲間に酷い言いようであったが、僧侶の転生者は首を傾げ、疑念に眉を顰めていた。
「…あの最終決戦の時、割と喋ってた気がするんだけど?」
「そりゃ魔王あんたがあんだけベラベラ喋れば、受け答えで喋りますわ」
「……まぁ、そりゃそうだ」
 魔王ギガソルドも、決戦中、お約束のように色々と口上を述べていた。まぁ、ある意味見せ場だったので。
 それはいいとして、瑛理華の話が本当なら今の彼女は、朋子とも勇者エルフィンとも違うキャラ…もとい人格が表れていることになる。確かに以前、朋子は多重人格ではないか? と彼女ら勇者一行に語ったことはあったが、あくまでそれは例え話。実際の疾患とは違う。……筈だが。
 では今の朋子は、一体誰なのだ?
「来ないなら」
 朋子が呟く。そして剣を右横後方に下げ重心を低くした。剣道の脇構えに似た体勢だった。
 途端、朋子が急激に間合いを詰め、叫ぶ。

武雷斬ぶらいざん!」

 大振りの横薙ぎの一閃。
 のぞみは虚を付かれ、左脇腹に直撃を食らってしまう。
 そしてふっとばされた。
「んがっ!」
 またも朋子に転がされてしまうのぞみ。だがすぐに立ち上がり、
「ば、馬っ鹿じゃないの!?」 
 と呆れかえって叫んだ。
「……馬鹿とは何ですか」
 のぞみの罵りに眉一つ動かさない朋子。
「高校生にもなって、なに必殺技とか叫んでるの!? 恥ずかしくないの!?」
「いえ、全然」
「……………さすが勇者ね。ある、意味っ!」
「やっと理解しましたか」
 のぞみの皮肉にも朋子は淡々と答える。
武雷斬ぶらいざんって何?」
 と、明人は呆れて呟く。
「勇者様がよく使った必殺技ですよ。まぁ、単純に聖力を纏った聖剣を大振りするだけです。ただ振った周囲に百万ボルトの雷撃をまき散らしますけどね。連発もできますし。防御不可能、回避不可能のある意味チート技」
「久住さんて、ゴロゴロの実でも食った勇者だったの?」
 瑛里華の説明に、聞き耳を立てていた直人は冷や汗を一筋流す。
 武雷斬ぶらいざん
 それは前世にて、魔王ギガソルドに止めを刺した必殺技であったからだ。
「あーもう…、なんか馬鹿らしか!」
 のぞみが天を仰ぎ熊本弁で叫んだ。
「……なんで、なんでこんな茶番を私たちやってんの? 今更だけど!!」
 急に頭が冷めていく委員長。
「何が茶番なんですか?」と冷たく放つ朋子。
「徹頭徹尾全部! …なんでこんなことになってんの? あなたなんかキャラ変わるし、必殺技とか使うし、そもそもここ無断侵入だし、わかってんの!? 今、私たち頭に紙風船なんか乗っけてんのよ!?」
 二人の頭にはボンボリが乗っかっている。朋子の方は、二戦目で潰れたままであったが。
「…………ここに連れてきたのも乗っけたのも、あなたでしょ?」
「そうだけど! 全く持ってその通りだけど! ………もう、頭が血上ってテンションも上がって、どうかしてたとしか言いようがない…」
 そう言って頭を抱えてしまうのぞみ。朋子はまだ構えを解いておらず、警戒したままだった。
「委員長、なんか戦意喪失しかかってるけど?」と呆れて明人。
「まぁ、一般人ぱんぴー転生者ガチ中二病と戦うと、そうなりますよね」と瑛里華。
 直人の方は、少し安堵していた。
 当事者の片側、のぞみの戦意が消えかかっている。少なくともこれ以上の事態の悪化は避けられるかも知れない。ただもう片方、朋子がまだ勇者状態のままだった。
 …一体どうすれば元に戻るのか、と直人が一瞬案じると、
「あのー」と瑛里華が手を上げた。
 げっ、またこいつ、と眉を顰める直人。
 まだ会って短いが、瑛里華の人となりは十分理解できた。
 彼女はとにかく場を引っ掻き回したがる嫌いがあった。朋子とは別の意味で何を考えているかわからない。
「……直人っちのお弁当、どうしますか?」
 瑛里華は、この戦いの本来の目的を指摘した。
 それに二人はピクリと肩を動かした。
「「……」」
 一瞬、目が合うのぞみと朋子。
「…………それは、その」とのぞみは口籠る。
 そして朋子は、
「当然、私が勝って直人くんのお弁当を毎日作り…」
 と淡々と紡ぎ始め、
「つ、作り?……私が、そ…その…直人くんの?」
 と、なぜか急にドモり始める。
 それに、おや? と片眉を上げる直人。
「そういう話でしたよね?」
「そ、そう…ですね」
「作るんですよね?」
 念を押す瑛里華。
「……は、はい」
「だから、毎日お昼休みになったら、直人っちのとこに行って、あ、あのこれ…って言ってお弁当差し出して、クラスのみんなに、えっマジ、手作り弁当!? もう夫婦じゃん! とか噂されて、じゃあ私も食べますね、って席向かい合って、直人っちが弁当の蓋開いたら、えっこれお前作ったの、って驚いてそれで一口食べて、朋ちゃんが心配そうに、味どうですか? 聞いて、直人っちが ……悪くない、ってぶっきらぼうに答えて」
「「「「やめろーーーー!!??」」」」
 瑛里華の劇団ひとりに総ツッコみする一同。
「な、なに勝手にプロット作ってんだよ!?」
「むむむむむむ無理です! そ、そんな真似! かっ勝手に想像しないで下さい!」
 顔を真っ赤にする魔王と勇者の転生者。
「くそっ、直人マジ死ね! くそ、…なんだそのお約束みたいなのは!? ありありと浮かぶぞ! 爆ぜてしまぇ!」と明人は嫉妬を露わにし、
「ちょっ、聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど!」とのぞみはツッコみ、それぞれに悶えるその場一同。
「いつも学校じゃ、そんな感じですよね?」
 と、瑛里華が直人に笑顔で尋ねて来る。
「お、お前なぁ。……否定できねぇけど」
 僧侶の転生者の引っ掻き回しに呆れる直人。
 瑛里華は基本引っ掻き回すが、それは場を読んでどう動けば面白くなるか、に重点を置いているからだろう。
 言うれなれば、頭の回るトラブルメイカー。…ろくでもない。
 と、
「……朋ちゃんは朋ちゃんですよ」
 瑛里華がしみじみと呟く。
 は? と直人は首を捻り朋子を見ると、
 もうやだー、とかぶつぶつ言いながら顔を覆っている。
 ……あれ? 勇者状態じゃなくなっている?
 驚いて瑛里華を見ると、自然なウィンクをされる。
 ……は?
「は?」
「は? じゃなくて、心配しすぎですよー。なんかずっと考え込んでたでしょ?」
「…いやだって俺は以前、あの状態の朋子に」
「あーだこーだ悩み過ぎです。いくら考えったって世の中なるようにしかならないですよ」
「………どういう意味だよ」
「意味も何もそのまんまです。僧侶的に言えば、神の御心のままに、ですかね」
 その言葉に首を傾げる直人。
 瑛里華はそんな直人を無視して、相対して悶えている二人へ声援を掛ける。
「と、言うわけで時間もありません! 決着を付けましょ! 勝利者が愛妻弁当を作る権利を得るのです! さぁ!」
「さぁ、じゃないわよ! あ、愛妻弁当って何よ! べべべべ別にそんなつもりないだからね!」
「わ、私も、………そ、そんなつもりは」
 りに選《よ》って愛妻弁当とか抜かす瑛里華。僻《ひが》む明人以外の三人はさらに慌てふためくが、
「でしたら」と呟き、そさくさと直人の背後に回る。
 そしてそのまま抱き着いた。
 途端、思考硬直する直人。……せ、背になんか柔いのが。
 その光景に相対していた女子高生二人は、顔を上気させる。
「「ち、ちょっと何を!?」」
「手料理属性持ちですし、私が毎日つくってきますよ♪ 愛妻弁当」
 直人はアイドル張りの美少女に耳元で囁かれ、さらに色々と硬直してしまう。
「「離れなさい!」」
「はいはい、わかりましたー」
 と、瑛里華は全く悪びれもせず、直人の隣へ座りなおした。
 逆隣では明人が、家康のように爪を噛み「なおとしねなおとしねなおとしね」とぶつぶつと呪詛を繰り返している。
「お、おま」と動揺が抜けきれない直人。
 目の前の二人のことで一杯一杯なのに、さらに面倒事を増やすつもりなのかと、困惑する。
「冗談ですよ、冗談。あなた好みのタイプじゃありませんし」
「ですよね! こんなチビ、タイプじゃありませんよね!」と嬉々として明人。
「私の理想は北の大統領みたいな人です!」
「…は? なんで」と直人。
「強くて偉くて、時々お茶目」
「…どこがお茶目?」
「テロリストは便所に追い詰めてぶち殺す、っておおやけに言っちゃうとことか。おそろしあ!」
「……お前の好みのタイプ、日本にいねえよ」
「だぁぁぁーっ!」
 と、突然、奇声を上げて自分のほほをパンッと叩くのぞみ。
 驚くその場一同。
「もういい! 弁当とか勇者とか、兎に角、今はいい!」
 そう言って、のぞみは剣を正眼に構えなおし、相手を真っすぐ見据える。
「………シンプルに、無心に、あなたを倒す。今はそれだけ」
 基本に立ち返るのぞみ。
 相手の言葉や、場の空気に流されてしまっては、本来の実力は発揮できない。
 ただ信じるのは己の技。
 長年の反復稽古で、己の体に染みついた技だけが、この場で唯一、信頼におけるものだと今更ながら悟る。
「……その通りです! もう次で決めます!」
 朋子は素直に同意すると、再び重心を低くし脇構えに構える。
 そして、一瞬の緊張、一瞬の間。
 先に動いたのは、のぞみの方であった。
 すり足で間合いを詰め朋子の脳天めがけて、まさに一心不乱に剣閃を与えた。
 そしてほぼ同時に朋子も動き、全身全霊を掛けた必殺武雷斬ぶらいざんを打ち放つ。
 そして、龍虎りゅうこ相搏あいう剣戟けんげきが交わる。

 スッパァーーーーン!

「………」
「………」
 構えたまま、立ち尽くす二人。
「え、えぇ?」
「マジで?」
 驚嘆する瑛里華と明人。
「………両者、それまで!」
 場を見計らい直人は、結果を宣言する。

「………両者武器喪失、戦闘続行不能と判断。

 この勝負、引き分けとする!」

 二人が剣戟を交わらせた瞬間、100円ショップのエアーソフト剣は同時に破裂したのだ。
 さすがにこの玩具の剣は、この茶番に付き合いきれなかったようだった。
 そうして緊張の糸は、こと切れた。
 のぞみは気づくと肩で息をしていた。
 そんな長い時間の戦いではなかった筈だが、結構体力を使ったようだった。
 ふと「……あなた」と、対戦相手だった朋子を見る。と、
 朋子は膝から崩れ落ちた。
 驚くのぞみ。大丈夫!? と声に出そうとするが、
「朋子! 大丈夫か!?」
 と、直人が真っ先に駆け寄り体を支えた。
「だ、大丈夫で…す。ちょっと無理しただけです…」
 息も絶え絶えな朋子。普段の限界を超えた動きを繰り返したのである。相当に体力を消耗していた。
「はぁぁ、無茶すんなよ」
 ため息とも安堵と言える息を付く直人。
 そしてそんな魔王と勇者の転生者の二人を見て、阿蘇品のぞみは拳を握った。
 と、
「この勝負、引き分けですかー?」
 結果に不満げな瑛里華。
「しょうがないだろ。武器喪失で戦闘続行不能。引き分け! 以上だ!」
 やたら引き分けを強調する直人。
「なに玉虫色で決着付けようとしてるんですか?」
「俺は甲虫種こうちゅうしゅの王だ。当然だ」
 直人の屁理屈にむっーと頬を膨らます瑛里華。
「じゃあ、直人っちの弁当、結局どっちが作るんですか?」
 その言葉に三人はビクッと反応する。
「…………そ、それは」
 と、直人が何かを言おうとした瞬間だった。
 ガララッと入口の方から玄関の開く音。同時に、
「阿蘇品さーん、いるー?」
 和歌月千夏の声だった。
 途端、場に戦慄が走る。
「は、はーい!」
 慌てて返事を返すのぞみ。
 と、
「今、剣道場? 何やってるのー。入るわよー」
 ヤバい。和歌月千夏が剣道場に入って来る。
 武道場の玄関を上がれば、すぐに剣道場の入口だ。数秒で、来る。
 と、慌てふためく一同。
(そこに入って!)と、のぞみがジェスチャーで、すぐ脇の倉庫に入るよう皆に指示を出す。
 のぞみは頭のボンボリと破裂した剣を直人に渡し、そのまま皆を倉庫に押し込む。
 そこは男子剣道部員の防具置き場だった。
(く、くさっ!)
(うぅ、こ、この臭い)
(うげぇ、男くせぇ)
(ガス室!? 処すんですか!? 私たち処されるんですか!?)
 ガララっと剣道場の扉が開く音。
((((……))))
 息を殺す4人。
「阿蘇品さん? 何やってんの?」
 のぞみは三枚重ねの座布団の上で正座していた。
 それは自分が聞きたいです、と内心自問するのぞみ。
「あ、あの……瞑想的な何かを」
「………探し物は?」
「すいません。結局見つからず、こうやってどこで無くしたか考えていました…」
「……………道着姿で?」
「……………はい」
 我ながら苦しすぎると思うのぞみ。
 千夏はそんなのぞみを怪訝に怪しみ、睨んでいた。
 と、視線を動かす。倉庫の扉の方へ。
「…………誰かいる?」
 ビクッと肩を震わせるのぞみ。そして倉庫の中の4人。
「そそそそんなワケないなじゃないですか!」
 思わず声を上ずらせるのぞみ。
「……玄関に何足か靴があったけど、あれは?」
「あっ!?」
 顔を青くしてしまうのぞみ。靴のことはすっかり忘れていた。
「………せ、先輩たちの靴じゃないですか? よく革靴置いて運動シューズで帰ってますよ?」
「………」
 どんどん苦し紛れになっていくのぞみ。顔もどんどん青くなっていく。
 そして和歌月千夏もどんどん顔を曇らせていく。
 と、千夏は剣道場に入り倉庫の扉に手を掛けようとした。
「そ、そこは、駄目です!」
 慌てて制止するのぞみ。
「………何で?」
「か……カギ! …が掛かってます」
「え? カギ?」
 眉を顰めた千夏は扉を開こうとしたが、のぞみの言う通り開かない。
 無論、裏で直人たちが必死に押さえていたからだが。
「………本当にカギ掛かってるみたいね」
「そ、それにですね!」
「……何?」
「そ、そこ、男子部員の防具置き場です。その、くっさいので有名な!」
「……有名なの?」
「そ、そうですよ! そんなとこに、4人も入ってるワケないじゃないですかぁ!!」
「………4人いるの?」
「あがっ!」
 墓穴を掘ってしまうのぞみ。中の4人は、アホーッ! と声なき声で叫ぶ。
 そんなのぞみの態度を怪しんだ千夏は、思いっきり扉に手を掛けた。そして中の4人も思いっきり扉を押す。
「こ、この!」
((((!!!!))))
 拮抗する中と外。
 と、信じられないことに、ほんの僅かに扉が開く。千夏の力が一瞬、中の4人に勝ったのである。
 や、ヤバいと同時に思う5人。
 そして、その隙間から漏れ出た空気が、千夏の鼻を刺激した。
「く、くさっ!!」
 と、思わずあとずさってしまう千夏。
 花粉症で鼻が詰まっているのに、僅かな空気でこの臭さ。一体中はどれほどの臭さなのか、と千夏は戦慄を走らせる。
「あ、あの…和歌月先生」
 おずおずと尋ねるのぞみ」
「……何?」
 思いっきり怪訝に返す千夏。真面目な生徒だと思っていたのに、一体何をしていたのだろうか、と思う。
「さっさと、出ていきますので…」
 そう言って申し訳なさそうに頭を下げるのぞみ。
 それに千夏は思いっきりため息を付き、漫然と頭を掻いた。
「………あーもう! もう遅いんだから! さっさと着替えて職員室にカギを持って来なさい!」
 千夏はそう吐き捨てると、憤然と武道場を出て行った。
 途端、飛び出してくる4人。
「く、くせーーー!」
「い、息が………」
「もう無理。マジ無理。今日、散々過ぎる」
「腐女子属性持ちですけど、腐臭は無理です…」
 それぞれうのていではあったが、のぞみは気にせずさらに追い立てる。
「さっさと片付ける! 久住さんは更衣室! 和歌月先生、マジギレしてるんだから!」
 そして、のぞみと朋子は制服に着替え、他の三人も座布団くらいだが片付けて、いざ剣道場を出ようする段の時、
「ちょっと並んで!」
 のぞみが手招きして皆を呼ぶ。
「なんだよ! 時間ないんだろ!」と直人が尋ねると、
「神前に挨拶! 並んで!」とのぞみは神棚を差す。
「はぁ? いくらなんでも真面目過ぎだろ委員長」とのぞみの真面目ぶりに呆れてしまう明人。
「神聖な武道場をこんな茶番でけがしちゃったんだから、神様に謝りたいの!」
「……謝るって、連れてきたのはあなたでしょ?」と珍しく辛辣な朋子。
「そうだけど! それでも、なんかもう、誰でもいいから謝りたいの!」
「ま、いいんじゃないですか? でも神様この茶番見て、怒るよりは笑い転げてたかも知れませんよ?」と八百万やおよろずの神々の鷹揚おうようさを説く瑛里華。
「それでもいいから!」
 そう言ってのぞみは皆を無理やり並ばせる。
 そして「せーの」と呼びかけ、
「「「「「神様、ごめんなさい!」」」」」
 と、武道場に響き渡らせるのであった。
 *****
 そして次の日。
 四限目の終礼をクラス委員の直人が掛け、昼休みになった。
 ……腹減った。
 そう内心で呟く魔王の転生者。
 結局、直人の弁当の件は、有耶無耶うやむやになってしまっていた。
 ………というか、直人自身が勝負を引き分けにして、有耶無耶うやむやにしたのだ。
 それもその筈である。
 そもそも昼飯代をゲームに使い込んだ自分のせい。自業自得である。そしてその勲章(ピ○チュウ)は結局、直人の自宅、寿壮二〇一号室のタンスの上に飾ってある。
 まぁ、それは別にどうでもいいことであるが、
 そもそも、
 年頃の男子として、
 女子に弁当を作って来てもらうとか、
 こっ恥ずかしいのである。
 朋子との絡みで何度も、公開処刑を受けているのにだ。
 それをさらに上塗りしろというのか?
 と、ぐー、と腹が悲鳴を上げる。
 …しかしそれでも、純粋な地球生物である以上腹は減る。
 仕方ないか、と直人が自宅にご飯を食べに戻ろうした矢先だった。
「はい」
 と、隣から左手が伸びてきた。その手には黄色の弁当包み。
「………え?」
 呆けた声を出す直人。
「お、お弁当、作って来ましたよ」
 その声の主は、右隣の席で俯き、顔を真っ赤にしていた。
 そして、ざわつくクラスメートたち。
『えっ、マジ』『愛妻弁当!?』『コンビ超えて夫婦じゃん』
 毎度の如く、野次馬な視線と発言が直人の耳目に入ってくる。
「…な、なんで、作ってくんだよ。昨日は結局、引き分けだったじゃん」
 顔を赤くして疑問を呈する直人。
「か、勘違いしないで下さいね。…勝負は、引き分け。ってことは負けてないってことです。ってことは勝ったてことです。………だからしょうがなくです」
 そう言ってさらにモジモジする朋子。
 ……なんだその屁理屈、と思う直人であったが、正直言って、…嬉しかった。
 明人の「はぜろはぜろはぜろ」の呪詛を聞き流し、直人が弁当を受け取ろうとした時だった。
 ガララっと教室の扉が開き、
「直人、いるー?」
 と、阿蘇品のぞみが現れた。
 そしてすぐに直人を見とめ、ツカツカと歩み寄る。
 のぞみの存在にすぐに気付く直人。
 何かモーレツな嫌な予感に襲われる。
 そして、
「はい」
 と、彼女は朋子の逆隣から、右手で白い弁当包みを差し出した。
 ……え?
「……それなんですか?」
 そう不機嫌に呟いたのは朋子である。
「見てわからない? お弁当」
「なんであなたが作ってくるんですか!?」
「昨日の勝負は引き分け。ってことは負けてないってこと。ってことは勝ったってこと。だから仕方なくよ!」
「なんですか、その屁理屈!」
 いや、その屁理屈お前も言ったろ! と思う直人。
 が、頭を抱えてそれどころではない。のぞみと朋子がなんか言い争い始めてるが、それも耳に入ってこない。
 そして、さらにざわつくクラスメートたち。
 明人も呪詛を吐くが、嫉妬のあまり最早言葉の体を為してない。
 なんで、どうして、こうなる?
 …昨日、ただ気になる子のためにUFOキャッチャーに挑戦したら、いつの間にか女子同士でガチの勝負が始まって、なぜか二人して、今日、俺のために弁当を持参して来てくれました。
 何を言っているか、わか
「直人くん!」
「直人!」
 と、直人の眼前に迫る女子二人。
「「さぁ、どっちの弁当食べるの!」」
 そんな選択、困る以外何もできない直人であった。

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