調布在住、魔王な俺と勇者なあいつ

Snowsknows

第15話 朋子とエルフィン

「なんですか? そのお約束の反応」
「お約束言うな!」
「そ、そうです! 別に私は直人くんとは何でもありません!」
 瑛里華のからかいに、互いに必死に否定する二人。
 自分達は前世にて血みどろの争いをした魔王と勇者の転生者なのである。
 特に勇者の方は、恋愛関係など以てのほかのなのだ、と、そう考えていた。
「……んじゃ、聞くけどさ。なんで今日は、勇者と魔王が一緒にこの場に来たんだい?」
 そう言って聡美は直人へ敵視を向ける。
 その視線は、我が子を膝上に抱いていたためかそれほど強烈なものでなかったが、先ほどの騒動もあり直人はあまりいい気がしない。
「そ、そうだ! それです! それが今日の本題なんですぅ!」
 と驚いたかのように叫ぶ勇者の転生者。
 そもそも今日の本題は、魔王を討つために勇者一行を再集結させたのである。
 他に気を取られると、目的がどこかに言ってしまうのが朋子の悪い癖だった。
「……勇者一行の皆さん、今日調布に呼んだのは他でもありません。…それは、この土地に危機が訪れようとしているんです」
 恐々とした表情で断言する勇者の転生者。
「危機ってなんだよ」
 と、直人が呆れた瞬間、朋子は突然立ち上がり直人をビシッと指差した。
 んお! と直人は朋子の指が顔面に当たりそうになり、思わず飲んでいたアメリカンのブラックを零しそうになる
「魔王ギガソルドが、とうとうこの調布に再臨したんです! これを勇者として見過ごす訳には行きません! 再び勇者一行の力を合わせ魔王を討つ時が来たんです!」
 明朗に叫ぶ勇者久住朋子。
 その佇まいは、まさに威風堂々。その迷いの無いその眼差しはかつての仲間を見据え、また共に歩んでくれると信じ切っている様子であった。
 しかしその眼差しを受けた勇者一行二人は互いを見合わせ、そして魔王の転生者を見る。
 直人の方は頬杖を付き、ったく、こいつは…、と顔に出しアメリカンを啜《すす》っていた。
「討つって…」
「このチビを?」
「チビじゃねえ!」
 過剰に反応する直人。さすがにコンプレックスを突かれるのは頂けない。
「そうです! このチビが私たちが倒すべき敵なんです! だから皆に紹介しようと連れて来たんです!」 
「……お前だって小さいくせに」
 直人は視線を若干下げ、ぼそりと呟いた。
 …魔王を討つ。
 それは勇者の悲願。そして使命。
 そのために勇者一行は異世界地球テラ世界から現世地球世界へ転生してまで、魔王を追い掛けて来たのである。
 それが叶わなければ異世界地球テラで失われた多くの命や、滅ぼされた幾多の国々が浮かばれない。
 …絶対に達成しなければならない目的なのだ。
「あんた、ちょっとチグハグ過ぎやしないかい?」
 と、聡美が疑念に眉を結ぶ。それに虚を突かれる朋子。
「魔王を討つと言うなら、なんでさっき止めたのさ?」
「え…?」
 そうなのである。
 聡美は物理的に魔王を討とうとしたのだ。しかし勇者の転生者である久住朋子に阻止されていた。
「あたしがこいつを締め上げた時、本気で止めに入ったよね? 放って置けばガチで殺せたかもしれないのに」
「そう言えばそうですね。魔王を本気で心配してましたし」
 瑛里華も追言を重ね、朋子は一瞬答えに詰まる。
 なんで止めたのか?
 それは直人の事が心配だったからに他ならない。
 しかし彼は、倒すべき魔王。…なんで?
「………あの、それは」
 一行の疑問に、具体的に答えを返せない。
 なぜ私は彼を…。
「今の魔王を恨む以前にさ。…少なくとも悪い風には思っちゃいないんじゃないかい?」
「…そ、そんなことは!」
「じゃあこいつを討つのかい? 今はこの小僧っ子が魔王なんだろ? どうすんだい」
「……その」
 朋子は相反する思いを度々抱き、直人にすらそれをツッコまれたこともあった。そしてかつての仲間にまで指摘されたとなると、これは無視していいものではない。
 自己矛盾。
 そんなものが、いつの間にか、いや魔王ギガソルドの転生者と出会ってから、勇者の内部に生まれている。朋子はそれを今、確実に認識してしまった。
「……俺は、小学校低学年くらいからだったんだよな」
 と、直人が割って入るように不意に呟いた。
 聡美は直人の流れ無視の言葉に怪訝に眉を寄せる。
「いきなりなんだい?」
「前世の記憶」
「は?」
「……俺は小学校低学年ころくらいからなんだよ。思い出し始めたのは」
 聡美と瑛里華は訝しみながらも、前世の記憶という転生者にとって聞き捨てならないフレーズに耳を傾けた。
 それを見てとる魔王の転生者。話を続ける。
「些細なきっかけで少しづつ蘇っていって、自分が魔王だったって自覚したのは十歳ごろだったかな。もっとも完全に思い出したワケじゃなけど」
「…まぁ、あたしもあんたと似たようなもんだね」
「私もそれくらいですねー」
 転生者二人は、なにか釈然としないも直人に同調する。
 周りに転生者などいなかったので比べようがなかったが、どうやら他の転生者も似たり寄ったりのようである。
「俺は、魔王の記憶、として思い出せたのは生前の数年程度、異世界地球《テラ》侵攻を始めたくらいからなんだよ」
「魔王の記憶を全部引き継いだわけじゃないのかい?」と意外そうに聡美。
「魔王ギガソルドは齢千年超えて生きてたんだよ。普通の人間の記憶容量に入るワケ無いって」
「普通…ねぇ。記憶ってそんなもんなのかね」
「おたくはどうなんだよ?」
「あたしも全部ではないね。主に勇者と関った記憶ばかりだよ。というか印象深かったやつだけ思い出した感じ、かね? かれん、前世のカレンの小さい頃の記憶も、あるにはあるからね」
「私も聡美さんと似たような感じですねー」と瑛里華が紡ぐ。
「そもそも記憶って、過去全てを覚えてるワケじゃないですよね? 普通はどんどん忘れていくもんですし。前世からの引き継いでいる記憶なら、なおさら印象深いモノしか残ってないんじゃないですか?」
 瑛里華の意見に、一理あると直人と聡美は素直に頷く。
 昨日の事でさえ曖昧になりがちであるのに、前世のことを完全に覚えているというのは、やはり転生魔法を使ったとしても無理があるのかも知れない。直人はそう軽く唸った。 
 と、
「…皆、そんなに早い時期に思い出したんですか?」
 朋子が一人驚きの声を上げる。
「…そういうあんたは?」
「ここ一週間くらいです」
「「はぁ!? 一週間?」」
 武闘家と僧侶の転生者が揃って驚きの声を上げる。つい最近ではないか。
「…私の前世の記憶が蘇ったきっかけというのが、…その、直人くんの自己紹介の時の、魔王ギガソルドの転生者というぶっちゃっけだったんです。それで一気に記憶が蘇って」
 朋子の自分らに比べあまりに遅い転生者としての自覚に困惑する二人。しかし直人の方は予想でもしたのか、
「……やっぱりそうか」
 と何か確信気味に呟いた。
 そして直人は、少し考えていた、朋子の支離滅裂な態度の理由を、転生者たちの前で披露することにした。 
「多重人格」
 先に結論から述べる。
「…解離性同一性障害ですか?」と瑛里華。
「って言っても、今の朋子がそこまで重度の解離性があるとは思えないから、あくまで便宜上」
 直人はそう前置きし、自分は精神医学に詳しい訳でないが、と付け加える。
「こいつは度々こんな感じで、俺を倒したいのか助けたいのか矛盾した行動をすることよくあったんだよ。まるで別の人格があるみたいに」
 ガチ殺しに掛かられたかと思えば、クラス中に二人は“付き合っている”と思われるくらい親しげ? に接してくることもあった。
「あんたらは、二つの人格を有している、とかそんなことないだろ? 俺だってそうだし。前世との記憶と人格は矛盾なく統一されている」
「そうだね」と頷く聡美。
「古くはジキルとハイド。アレルヤ・ハプティズムなどなど」と多重人格で有名な人物を上げる瑛里華。
「架空の人物の症例はいらん。…さっき話した通り俺とこいつは一回決闘まがいのことやったことあるんだけど、その時の朋子は、なんて言うか……キャラぶれが激しかったんだよ」
「キャラぶれって」
 なんとも俗っぽい例えに呆れる聡美。
「別に表現はどうでもいいだろ。…とにかくそれが別人格の形成の萌芽だと捉えれば、納得がいかなくもない。解離性同一性障害は、幼少期のDVやいじめ、PTSDなどが原因で自己防衛の為に別人格を形成するためらしいけど、朋子の場合は…」
 直人は隣の朋子を見やった。
 話についていけていないのか、目を白黒させていた。
「勇者の前世の記憶が原因」
「………本当かい?」
 直人の仮説に、思いっきりいぶかしむ聡美。どうにも覚えたての知識を、ただひけらかしているようにしか見えない。
「付け焼刃知識ってのは理解してるよ。あくまで仮説だ」
 言いたいことは分かる、と、直人は聡美の反応に苦笑しながらも続ける。
「考えても見ろよ。俺やあんたらは十歳くらいまでの人格形成期に記憶が蘇ってるんだ。まだ頭が柔らかい時期だから、大なり小なり受け入れることもできなくはないだろ?」
「……言うは易し、だけどね。大分混乱したけどね」
「私もさすがに知恵熱とかでましたねー」
 瑛里華が言い結んだどころで、ふと聡美が眉を寄せる。
「そう言うあんたは? 大人しく前世の記憶を受け入れられたのかい? りにもって人間でもない虫ケラの記憶を」
 棘のある言葉で、直人に聡美はそう尋ねた。
 武闘家の転生者は魔王に対しあくまで警戒を解かない様子。直人は怪訝に顔を曇らせる。
「……虫ケラって」
 聡美の失礼な言い草に、腹を据えかねる思いがしたが、本筋には関係ないと我慢。
「…確かに俺自身にも色々あったけど、今は関係ない」
 直人は多くを語らず胸中に押し込む。聡美はまだ何か言いたげであったが、大人しく耳を傾けた
「…とにかく、朋子に関しては高校生という、ある程度人格が形成された時期に前世の記憶が蘇ったんだ。しかも自分と全く違う人格が。おまけにそいつは性質たちの悪い事に、魔王に対する恨みから強烈な意志を持っている。今の朋子の立場なんかもお構いなしだ」
 繰り返すが、以前直人はガチで朋子に殺されかけている。
「今の勇者は多分、人格が不安定な状態だろう。同姓でもないんだし。やたら行動がチグハグなのも、そのせいじゃないかと思う」
 直人の勇者に関する考察に、素直に頷けない勇者一行。
 確かに今の勇者とは魔王の方が多少は付き合いが長いかもしれないが、だからと言って魔王の意見に同意するのは癪に障る。と、聡美は思う。……ガキだし。
「……あくまで仮説、だよね?」と念を押す聡美。
「そう。あくまで仮説だ。専門でもない俺が色々聞きかじった情報を、ただ判断材料に使っただけだからな」
「……」
「…って魔王が、勇者様のこと心理解析してましたよー。どうですか?」
「はひっ!」
 上の空だった朋子は、瑛里華に突然話を振られビクついた。
 …どうも今の話を、途中から聞いていないようであった。
「え、その、心理?」
「そぉでーす。魔王は勇者様のことばかり考えてたみたいですよー」
「えっ!?」
 驚いて直人を見やる朋子。そして直人は瑛里華のワザとらしい語弊に「って、ちが!」とキョドってしまう。
「…な、なんなんですか!?」
「なんなんですか、じゃねよ! 話聞いてたのか?」
「き、聞いてましたよ! ちゃんと! つ、つまりその、私がその」
 朋子は今のよくわかんない話を自分なり必死に要約し、そして総括した。
「私、不思議ちゃんってことですよね?」
 途端、ずるっとなるその場一同。
「話聞いてねぇ! お前が多重人格かも知んないって俺は言ってたんだよ!」
「ま、魔王のいう事なんか知りません! どうせいつものうんちく披露してドヤ顔したいだけでしょ!」
「してねえし!」
 そう言ってピーピーギャーギャー騒ぎ出す魔王と勇者の転生者。
 騒ぎ出した二人に武闘家と僧侶の転生者はため息を付く。
「くそぅ。勇者様が天然属性とか…」
 瑛里華は歯噛みし、嘆いた。それは恐らく自分が手に入れることの出来ない属性であったからだ。…正直、ウラヤマシイ。
「嘆くポイント完全に間違ってるよ。あんた」
 武闘家の転生者、日野聡美は本日何回目かの溜息を、さらに重ねるのであった。
 ******
「今こそ勇者一行の目的を叶える時です! つまり魔王を討つ!」
 勇者は再び立ち上がり、魔王をビシッと指差した。
 またも驚いてアメリカンのブラックを零しそうになる直人。
「いきなり編集点作ってじゃねえよ」
「もう! 話の腰を折られるものですか! 今日はそもそも、直人くんを皆で倒すために集まったんです!」
 そう言って猛然と直人に詰め寄る朋子。
「…だから近いって」
 そう言って毎度のことながら、直人は朋子の肩を押してストンと席に座らせる。
 そんな宿敵同士の光景を、なんとも言えない表情で見やる武闘家と僧侶の転生者たる二人。結局、仲いいじゃん。と犬も食わないような二人の対決に呆れる。
「……で、だから魔王を結局どうすんだい?」と聡美が朋子に再び問う。
「討つ!」と朋子は迷わず断言したが、あまり信を置けないのか瑛里華が小首を傾げた。
「具体的には?」
 その問いは単純であったが朋子は思わず、うっ、と詰まってしまう。
 以前、朋子が力で仕掛けた際には、魔王に転生者の力“蟲使い”の能力を使われ撃退されてしまっていた。おまけにそれが学校側から問題視され危うく進退問題に発展しそうになりそうだったのを、当の魔王に庇われてしまっている。
 朋子としては、武力による魔王討伐は懲りていたのである。
「……………その」と口籠る。
 実際のところ勇者として、それ以外の具体例は思い付いていなかった。今日の勇者一行の再集結を意図したのも、皆から何か知恵を得ようという魂胆があったからでもある。
「駅のホームとかから突き落せばいいんじゃないですか?」
 あっけらかんに現実的な魔王討伐方を述べる瑛里華。
「落とすな。電車止めんな」
 取りあえず冷静にツッコむる直人。
「もう冗談ですよー。ジョウダンダヨー」
「目が笑ってねぇ!」
「……そうか。そんな手が!」
「ねえ!」
 意外な視点の魔王討伐方に朋子は唸るが、直人の方は朋子が本気にしてはタマランと慌てて制した。
「…じゃあ、結局私たちはどうしたらいいですか?」と仕方なしに直人に尋ねる朋子。
 あれもダメ、これもダメ。
 進退窮まった朋子は魔王に疑問をぶつけるが当の本人は、本人に聞くな、と呆れてしまう。
「ったく。…以前言ったろ? 普通の日本人として残りの人生…」
「そもそもさ、あんたは未だに世界滅亡の野望を抱いてんのかい?」
 聡美が、今の中高生のやりとりを馬鹿らしいとでも思ったのか、痺れを切らたように直人に尋ねてくる。
 勇者一行が転生した目的の一つは、魔王の野望を打ち砕くことでもある。
 まずその野望を、転生した魔王が未だに抱いているのか確認する必要があった。
 聡美は嘘は許さんと、直人に睨視をぶつけるが、直人は面倒くさそうに嘆息
たんそく
する。そして、
「……そんなワケないだろ? ってか世界滅亡とか不可能だし」
 と現魔王は、勇者一行の転生した前提を、あっさりと引っくり返してしまった。
「「………」」
 しばし言葉を失う勇者一行。
 そして僧侶の転生者の方が残念気味に呟く。
「えー。魔王のくせにそんなこと言っちゃうんだ」
「……実際不可能だろ? パンデミックでも起こせばいいのか? 巨大隕石でも落とせばいいのか? 核戦争でも起こせばいいのか? …今はただの高校生の俺に土台無理だって」
「……まぁ、そりゃそうですよね」
 瑛里華は今の性格がそうなのか、あっさりと納得する。変わって聡美は複雑な表情を浮かべ、朋子は顔を強張らせていた。
 とにかく今は平和に生きている魔王。それを討つ意味はあるのか?
 総じて勇者一行の脳裏にその考えが走ってしまっていた。
「じゃあさ、今は何を目論んでんだい?」
「は?」
 聡美がふと尋ねる。
「あんたは仮に魔王だったんだろ? それが普通に生きるって、なんか釈然としないんだよね? しかも転生してまで」
「そんなこと言ったって…」
 口籠る直人。
 普通に生きて何が悪いというのか。直人の方こそ釈然としなかった。
 が、そう言えば目論んでいると言えば目論んでいることがあった。
「まぁ、やりたいことなら」
 その言葉に一番食いついたのは、勇者の転生者であった。
「あああああーー! やっぱり何か企んでるですね!!」
 してやったりと、叫ぶ朋子。
 その叫びに勇者一行の方が驚き呆れてしまうが、直人はいつものことと溜息を付いた。
 そして、その企みを丈々と独白する。
「大学に進学して、地方公務員試験を受けようと目論んでいる」
「「……」」
 魔王の現在の目論みに勇者一行は呆れる。魔王のくせに…。
「うわー、つまんねー。魔王つまんねー。安定思考かよー」
 と大いに呆れる瑛里華。
「大きなお世話だ! 将来に安定を求めて何が悪い!」
「地方公務員? 国家じゃなく?」と聡美。
「いやー、なんかイメージだけど、国家公務員とかは中央省庁とか自衛官とかで大変そうじゃん。地方公務員とか、ただの市役所勤めだから楽そうかなーって」
「……マジツマンネ。せめて、アフリカとか東南アジアに行って海賊王に俺はなる! とか大言壮語吐けよー」
「やかましい。なんでリアルで各国海軍を相手にしなきゃならん」
 その他転生者たちが、魔王の目論みに呆れている最中、勇者は戦々恐々とした表情を浮かべていた。
 魔王の目論み。
 大学へ進学して地方公務員になる。
 それは勉学という苦行を成し遂げ高等学習機関へ入り込み名声や実力を得て、さらには公共機関へと潜り込もうとしているのだ。
 まず思い付くは魔王の在住地である東京都調布市。
 奴はそこで黒幕として市政を操り市民生活を混乱させ、周囲の市町村、狛江市、府中市、三鷹市、世田谷区などと軋轢を生み、その混沌を日本全土に行き渡らせ、ひいては地球世界に最終戦争アルマゲドンを起そうとしているに違いない。
「…おのれ、魔王め。なんて…! 恐ろしい事を!!」
「「「なにが?」」」
 突飛した想像で戦々恐々の朋子にツッコむその場一同。
 しかし空気などお構いなしに勇者は続ける。
「彼は調布市役所に潜り込んでこの地に混沌をもたらし、調布を滅亡させようとしているんです!!」
 使命に燃える朋子は、皆にそう訴える。
「…バカか、お前は。なんで地域限定で滅亡させるんだよ」
 朋子の突っ走りにいつも通りに呆れる直人。
「ばっ…! もう! すぐバカにする!」
「あーもう…、じゃあ調布の半分くれてやるから、それで勘弁しろ」
「そんなものいるもんですか!」
「上石原、小島町、布田、国領町、つつじヶ丘、仙川町あたりをくれてやる」
「京王沿線沿い!? ……くっ、今は地下化再開発で土地の値段も上がっている筈…。なんてアコギな!?」
「……くくくく、どうした勇者よ。この土地権利書が欲しくないのか?」
「お、おのれ!」
 そう言ってピラピラと紙ナプキンを揺らす魔王。勇者は動揺する。
 無論、朋子には不動産関連の知識など皆無であったが、彼のただならぬ雰囲気にノリでのっかってしまっていた。
「皆さん、見ましたか? 直人くんはやはり恐ろしい魔王なんです! 調布の危機です!」
「いやどーでもいいよ。あたしは横浜市民だし」
「私も港区民なんで、あんまり」
「そ、そんな!?」
 横浜市戸塚区在住の日野聡美と港区白金在住の有藤瑛里華は、あっさりと調布市の危機を切り捨てる。
 かつての仲間の冷淡さに、調布在住の勇者の転生者は絶望に顔色を失った。
 ……勇者はあっからさまに魔王にからかわれていたのだが、当の勇者はそれに気付かず、どうも本気にしている様子である。魔王の方はいつもの事なのか、すまし顔でアメリカンのブラックを啜っている。
 …確かに前世の時も、勇者エルフィンは直情傾向の性格ではあったが、ここまで単純ではなかったはずなのだが。
 そう思って項垂れる勇者一行。
「……アホの子」
「……」
 瑛里華の呟きに無言で同意する聡美。二人は勇者のあまりの変わり様を再確認し、脱力してしまった。
「皆さん、どうしたんですか!? 魔王の野望を打ち砕きゃいけないんですよ!」
「別にその野望は放っておいてよくないかい? 市役所勤めしたからって世界が滅ぶワケじゃないしさ」
「むしろ、堅実ですよね」
「そんなことないです! 魔王が市役所に務めてるなんておかしいです!」
「…確かにそりゃおかしいけど」
 魔王が真面目に市役所勤めするのは確かにおかしい。転生までしたのに。
 と聡美は一応思うが、放っておいても別に問題はないのではないか? むしろ真面目に勤務するのであれば平和ではないか。
 なんか馬鹿らしくなった武闘家の転生者は、無理矢理、話題を変える。
「ちなみに、今の勇者様の目標はなんなんだい?」
 と、勇者の不意を突く。
「え? だから魔王を討つ」
「それは勇者として自覚してからだよね? 久住朋子、としてはどうなんだい?」
 聡美は真摯な表情で尋ねる。
「な、なんでそんなことを聞くんですか?」
 と朋子は困惑した。なぜ魔王を討つではだめなのか?
「ちなみに私はエレメントマスターを極め、リアルアイドルV Tuber! チャンネル登録1億人を目指し」
「あたしたちは確かに、転生してまで魔王を追ってきた。しかしその当の魔王が、もう完全に日本人として普通に生きている。その魔王をあたしたちは討つ意味はあるのかい?」
「…え?」
 言葉に詰まる。
「……あたしたちも、普通の日本人として生きるべきじゃないのかい」
 聡美は膝上の楓恋を柔和な表情で見つめる。
「今思うと、あたしの転生した理由ってのは、魔王を討つことじゃないんだよ。どっちかというと…」
 そう言うと聡美は、朋子を見やる。
 誰かを重ねながら。
「……勇者エルフィンともっと一緒にいたい、ってのが最大の理由だったね。魔王ギガソルド自身は既に倒していたしね」
「……」
「あたしの今の目的は、この子を取り敢えず一人前まで育てること。…別に、魔王を討つ以外の目標があってもいいだろう? 今の魔王自身も世界滅亡なんて中二目標よりも、公務員目指してるんだしさ」
「………」
 奇しくも魔王と似たようなことを、かつての同胞に言われてしまった勇者の転生者。
 自分が勇者であると自覚し、多大なる使命感に燃えることができたのに、なんでそれを否定してしまうのか? 
 朋子はあまりの想定外のことで動揺してしまう。
「……そんなこと言わないで下さい。私には魔王を討つという目標しかないです」
 弱り切って俯いてしまう朋子。
「そうなのかい? 将来の夢とか持ってなかったのかい?」
「…将来の夢」
 …自分に、魔王を討つ、という目標以外何かあっただろうか?
 そう自問する朋子。特に将来の夢など持ってなかったのだが…。
「あっ!?」
 ハッとして、以前から母や姉に言われていたことを思い出す。途端、なぜか赤面してしまう。
「なんだい?」
 朋子の様子に不思議そうに尋ねる聡美。
「あまり…言いたくありません」
「なんでだい? 恥ずかしことなのかい?」
「その…」
「言っちゃえ言っちゃえ。ぶっちゃけるは一時の恥。ぶっちゃけぬは一生の恥ですよ」
 何か違う瑛里華の格言に聡美は何か言いかけたがやめる。代わりに朋子の言葉を待った。
 朋子は観念したように、しどろもどろに紡ぎ始める。
「私はその…、運動とか勉強とか全然ダメで、趣味とかも読書くらいしかなくて。これと言って得意なことがないんです。それにやりたいこととかもあんまりなくて…」
「将来の夢は特になし、ってことですか? 別に珍しくはないですよね」と瑛里華。
「いやあの…、でもそういうワケじゃないんです。私、家事とかは結構好きで、たまに家族の御夕飯とか作ってたりしてるんです。それで母や姉に良く言われてるんです。その……んに、なる…しかない…って」
「「ん?」」
 朋子の行末が、先細りで聞き取れず聞き返す勇者一行。
「その……ん、になるしか……ないって」
「もうちょっとハッキリ言いなよ」
 焦らされるので少しきつく言う聡美。
 朋子はしょうがなく、俯き顔を真っ赤にしながらも、
 おずおずと、勇者として魔王を討つ、以外の目標を述べた。
「…………お嫁さんに、なるしかないって」
 勇者エルフィンこと久住朋子は、将来お嫁さんになることを望んでいた。
「「……」」
 今時珍しい純粋な夢である。
 が、彼女は一応、勇者の転生者。
 リアクションに困った勇者一行は、取り敢えず矛先を変えた。
「「だってよ魔王」」
「なんでそこで俺に振る!?」
 魔王の転生者もなぜか赤面していたのだった。

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