「悪役令嬢」は「その他大勢」になりたい

守村 肇

お困りベアトリス





 どう考えても無理があるからなのか、ミシェルとジルベールはルートにカウントされないらしいことがわかって小躍りしていたら「楽しそうですね」……サシェに見られた。なんてこともあったが、現状、ベアトリスは悪役令嬢ではなくなっていた。それは願いの一つが叶ったということでもあった。


 とはいえ悩みの種が解消されたわけではない。あれからテランスもグランツもアベルもニコラもノエルも絶対的にかかわる回数や密度が上がっている。このままでは本当にヒロインになってしまう。根が小市民の彼女には結構なプレッシャーであった。厳密に言うとすでにヒロインなのだが彼女の認識はそれを許さない。




「最近百面相してらっしゃいますね」


「そ、そんなことありませんわよ」


「そうですか?なにかお困りなのかと思っているんですけど……」




 サシェはベアトリスの髪を梳きながら首を傾げた。
 ちょくちょく登場している彼女はウインチェスター侯爵家に使えているメイドの一人で、ベアトリス付きのリーダーだった。もう一人の姉のような立場で、なんならベアトリスは実姉よりサシェのほうが信用できると思っているくらいだ。




「婚約のお話ですか?」


「だってグランツ様ですわよ?結婚なんて無理ですわ」


「最近はボルフラン家の方々からも求婚なされているそうですね」


「ええ、まあ……」


「あとテランス様も」


「あの中ならテランスが一番常識人ですわ」




 テランスも立場は侍従だが、彼は伯爵家の息子、サシェは中流階級の出身だったのでテランスが求婚してもおかしいところはなにもないのだが、困ったことに彼の恋敵には主従関係のグランツが含まれる。テランスは推しだが彼を選ぶのもなかなかに厄介な結果が予想されるのでそれはそれで避けたい。王家と伯爵家とあまつさえ公爵家もまきこんで結婚のことでごたつきたくない。




「私、結婚が女の幸せとは思わないんですのよ」


「まあ、それは個人差があると思いますけど、結婚したくないのですか?」


「だって結婚したら暇そうですもの」


「暇というのは?」


「できることが限られてくるということですわ」




 子育てして夜会に出るだけの一生はごめん被る。だったら独り身でも構わないのではないか。
 そもそもこの世界でなんども同じ場面を繰り返しているけれど、自分って歳をとったりするのだろうか。




「困ったことが多すぎるのですわ」


「旦那様にご相談してみては?」


「どうせグランツ様を推してきますわよ」


「それは、まあ……それもそうですね……」




 今でさえ困っているのだが、後日もっと困ったことになるというのをこの時の彼女はまだ知らない。

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