「悪役令嬢」は「その他大勢」になりたい
ニコラとベアトリス
正直言って、ニコラは友達だと思っていた。ほかの誰と比べてもニコラが一番仲が良いと思うくらいには悪友ポジションで固まっていた、と思う。少なくともベアトリスの認識はそうだった。それがどうだ、ルート改変の影響で悪友だったのは表面だけ、実際は……という少女漫画展開。インド人もビックリとはまさに。
「俺さあ、トリクシーのこと一番わかってるって思ってた」
「どういうことですの?」
「グランツが好きなんだって、だから俺は応援しなきゃって。いつだってトリクシーの理解者でいなきゃって思ってた」
「まあ、周りがはやし立てていますから無理もありませんわね。大声で否定するのはグランツ様への侮辱行為ですし」
「まあな、でもだからこそ俺はトリクシーが好きだなって思うよ」
「文脈の繋がりが見えないですわよ」
昼下がり、何とかサシェと二人で中庭で優雅にくつろぐことに成功したと思ったら、ニコラは撒けなかったらしく一緒にいていいかと顔を赤らめて言われては真っ向から拒否などできようはずもなく、サシェは少し遠くに、ニコラと木陰で雑談をしていた。
お前この間まで何十回と「おい、あいつに勘違いされたよな!?」って話したじゃん、とベアトリスは内心思う。もちろん誰であれ今までのn回の記憶などないのだから問いただすだけ無駄なこともわかっているのだが。目が合っただけではにかむように笑う悪友を無碍にするのは彼女には憚られた。
「好きだ」
「私も大切に思っています」
「友達でいたいわけじゃねえんだけど」
「私はニコラの一番の友人でありたいんですのよ」
「ひでえ話」
粗雑だし、適当だし、少々乱暴でもある彼は本当に公爵家の人間なのかと疑うほど。とはいえ、夜会で見せた気品は決して付け焼刃ではない。ニコラだって言わせてしまえば相当な優良物件なのだから自分に固執して婚期を逃さなければいいのだが、と余計な心配なんかもする。
たしか、この間のアルトワ伯爵令嬢はまだ相手を探している段階だったはずでは?珍しく雑談までしていたようだし相性は悪くないのではないか。
「……なんか余計なこと考えてたろ?」
「なんですの急に、余計なことじゃありませんわよ」
「ほんとかよ、どうせ俺をあしらう方法とか考えてんだろ」
半分くらいは正解だ。ただあしらうというより、本当に友人が心配なだけだ。
一番の友人なんて酷な言い方は承知だがそうでもしないとグランツ同様、強硬手段をとりかねない。そういう男だというのをベアトリスは十分知っていた。公爵家も巻き込んでごたごたしたら表なんて歩けなくなってしまう。それだけは避けなければならない。
「俺はどうやったらお前の心に踏み込める?」
「ニコラに限らず、皆さまお断り中ですわ。現状では誰とも結婚なんていたしません」
「ほんっとひどいよな、……こんなに好きになってほしくてたまらないのに」
でた、唐突な乙女ゲーム仕様。真顔で言われて砂糖でも吐けそうだがここは令嬢らしく毅然としていなくては。ここで「えっ、そんな」みたいなしおらしい態度をとるからイベントが発生するのだ。そういうものだ。うん、特にアンスフィアの聖女では。
「ごめんなさいね、ニコラ。だって私、ヒロインじゃないんですもの」
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