「悪役令嬢」は「その他大勢」になりたい
悪役令嬢は事実を知らされる
「ごめんなさいね、ヤヨイ。私一足先に帰ろうかと」
「ううん、いいの、よかったです大事じゃなくて」
「大事?」
「廊下でグランツ様たちがなにやら騒がしかったんですよ」
「ポンコツですわね!」
何をしてるんだと、収まっていたはずの頭痛が再発した。こんな調子では半年以内にストレスで死んでしまいそうである。とはいえヤヨイから出向いてきてくれて都合がよかったなと改めて彼女を見た。
艶のある黒い髪、自分の金髪とは正反対の妖艶な黒さに、転生してくる前のシャンプーのコマーシャルを思い出した。うるつやさら、を押し込めたような天使の輪に柔らかいため息が出る。
こんなに今回のヒロイン可愛いじゃないか、と。
「わたし、ベアトリスにどうしても伝えたいことがあったんです」
「トリクシーでよろしくてよ。伝えたいことってなんですの?」
「……私、本当は異世界から来たんです」
「はい?」
今までの子たちも日本人的だったが面と向かって異世界という単語を聞いたのは初めてだった。なんせアンスフィアの聖女において彼女はボルフラン公爵家の娘にあたるからだ。まさか転生して今まで辺境伯令嬢をやっていたのだろうか?
「詳しく話してくださいな、笑ったりしませんから」
「実は私、前世の記憶があるんです。それでその、生まれ変わってヤヨイと名乗っています」
「それで?」
「私はきっと私がやっていたゲー……物語の主人公になってしまったんです。でも私は物語の主人公を望んでいません。その物語にはつづきがあるんですが」
おもっくそフラグ立てられた、と今度は深いため息がでそうになった。海よりも深く暗い色彩のため息だ。続き、というのは夢に見た2のことか? いやしかしあくまでもあれは夢に過ぎない。ヤヨイがそれと全く同じことをなんてそんな馬鹿な。なんせ同い年だし今は。
「物語のその2ではトリクシーが主役なのですが」
「まあ、私が主人公に……」
「物語2には1の記憶を持っていくことができます。だから私は本当はグランツ様にお会いするのが二度目なんです。テランスもアベル様も。それでその続き物がどういうことになるかというと、トリクシーの恋愛追体験をするのですが、その中にハーレムエンドがあるんです」
「はーれむえんど」
思い切り乙女ゲーム仕様の単語が出てきてベアトリクスは思わず怯む。
ハーレムエンド?いや私はノーマルエンドを求めているのですわ。しかし2は実在したのか、時間軸がどうなればヤヨイと同い年になるのか不思議だがそういえばここでは「n回目」があるもんなあと思わず明後日のほうを見た。
「私の記憶は1の物語から引き継いだものですがここは2の世界にとても似ているんです。だから、そのお、勘違いだったら謝りたいんですが、なにかいつもと違う事をしたのではないですか?」
いつもと違う事。n回目+αの出来事。彼女は、ヤヨイを邪険にしなかった。ヤヨイと仲良くなればいいと考えた。そうしたら自分は悪役令嬢から抜け出してn回目を終わらせられると。そうしてモブになれるのだとそう思っていたが
もしかしてルート改変による2の世界軸に変わってしまったという事?
「へ、変なこといってごめんなさい! でも信じてほしいんです、トリクシーが、家に来て良いって言ってくれたのがとっても嬉しくて」
「ヤヨイ……」
何人も泣かせてきた少女たちと、友達になりたいと思ったのは一回二回の話ではなかった。けれどグランツとヒロインが結ばれるために自分は悪役でなくてはならなかったはずだった。
何度も、何人にも、酷い言葉をかけてきた。グランツを取られたくないと必死な振りをして。
けどもうなんか、ヤヨイの話を聞いていたらどうでもよくなってしまった。
「教えてくださってありがとう、自分が主人公なんて驚きだわ。でもヤヨイは私と仲良くしますのよ」
「こんな変な話、信じてくれるの?」
「突飛で面白いですし嘘だとしてもよくできた嘘ですわ。だから私はヤヨイを信じます」
「あ、ありがとう、トリクシー」
がば!という音とともに抱きついてすんすんと泣き始める彼女に今までの女の子たちはどんな気持ちだったんだろうと胸が痛くなった。
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