もしも理想のパーティー構成に実力以外が考慮されなかったら?

雪月 桜

リンネとの別れ

「それでは、白木さん。これにてチュートリアルは終了です。あなたの第2の人生が輝きに満ちることを願っています」

「お、おう。本当に、色々とありがとな。……それにしても、昨日あれだけ飲んで潰れてたのに、今朝は誰よりも早く起きて、ケロッとしてんだもん。驚いたわ」

ミルク達と共に、朝まで飲み明かして寝落ちした数時間後。

俺とリンネは、真上から差し込む太陽の光を浴びながら、街の入り口付近で最後の挨拶を交わしていた。

ミルクは気を利かせてくれたのか、簡単な挨拶だけで別れを済ませ、もちことギルドに残っている。

「まぁ、私達が飲んでたのはお酒じゃないですからね。自然の魔力が長い時間をかけて結晶化した精霊石。その精霊石から染み出す精霊水を水で割った飲み物です。結晶化した魔力の属性によって色や味が変化するんですよ。一種の興奮作用はありますが、自我を失うことはありませんし、抜けるのも早いんです。神との相性が良すぎるせいで、昨日は、お恥ずかしい所をお見せしましたが」

「へぇー、なるほどな。……って、こんな時までナビゲーターの仕事かよ」

「そりゃあ、そうですよ。私はナビゲーターとして、ここに居るんですから」

「まぁ……それもそうか」

……今となっては、ナビゲーターという言葉に、なんとなく、リンネとの距離を感じてしまう。

一緒に異世界に来て。

一緒に色んな事を知って。

一緒に頭を抱えて。

一緒に冒険に出て。

一緒に命の話をして。

一緒に飲み明かして。

一緒に笑い合った。

これが、たった一日の出来事だ。

いつの間にか、俺にとってのリンネは、ただの案内人ではなく、大切な仲間になっていた。

けれど、チュートリアル期間は、これで終わり。

仕事が終わった以上、もうリンネと会う事もないだろう。

——これが、今生の別れになる。

そう考えると、どうしようもない寂しさが込み上げてきて、思わず俯き、拳を握った。

「ですが――」

「……えっ?」

反射的に顔を上げる。

そこには、リンネの笑顔があった。

「白木さんと居ると、つい、ナビゲーターとして同行してる事を忘れちゃいました。あんまりにも騒がしくて、楽しくて、感情があっちこっちに高ぶって。……こんな経験は初めてでした」

「リンネ……」

俺の一方的な仲間意識ではなかった。

そんな安心感と共に、思わず全身の力が抜ける。

「ほら、私って、おっちょこちょいな上に、よくギャグ展開を呼び寄せちゃうから、転生者の方に迷惑をかけて嫌われることが多くて……って、えっ!? 白木さん、泣いてます!? なんで!?」

リンネに指摘され、無意識に流れていく涙を慌てて拭う。

「いや、その、何か……」

「もしかして、寂しくなっちゃったんですか?」

「べ、別に……?」

「うふふ~、そうですか、そうですか! も~、白木さんはカワイイなぁ——あたっ!?」

調子に乗り出したリンネにデコピンをかまし、勢い任せに口を開く。

「うっせ! ただ俺だけが、リンネを仲間だと思ってた訳じゃなくて、嬉しかっただけだっつーの!」

「そ、そうですか。それはそれで嬉しいですけどね? さっきも言ったように、私って転生者の方と上手くいかないことが多いので」

「あっそ、そりゃ良かったな。……もう、会えないのか?」

「素っ気ない態度を取りつつも、やっぱり寂しくなっちゃう白木さん、マジ、ツンデレですねっ」

「…………(メキメキメキッ!)」

「ストップ! 白木さん! デコピンの構えに力を込めすぎて変な音が鳴ってます!」

「はぁ……なんか疲れた。もう帰れば良いんじゃね?」

「おおっとぉ、せっかく築き上げた関係が音を立てて崩れる予感! では、からかうのはこれくらいにして、そろそろ行きます。本当に、ありがとうございました!」

「……あぁ、達者でな。ナビゲーターの仕事、頑張れよ。リンネなら、いつか、きっと凄い神様になれるからさ」

「うふふ、ミルクさんの真似ですか? 彼女との縁も大切にしてくださいね。ではではっ」

リンネが手を掲げて大きく振ると、いつかのように、シャボン玉のような何かが彼女の体を包む。

そして、全てが半透明になって、ゆっくりと空へと昇っていき、やがて、その姿は完全に姿を消した。

「……あのとき、リンネは寝てたはずなんだけど。実は起きてたのか、寝てても記憶に残るのか。まったく、最後に要らない謎を残していきやがって」

憎まれ口を叩いても、もう返ってくる反応はない。

「……じゃあな」

俺は最後にもう一度、リンネが消えていった空を見上げ、1人呟いた。

次の瞬間——、

『あっ、そうそう。昨日、白木さんが買ってくれた店のパンナコッタが気に入ったので、ちょくちょく買いに行きますねぇ! それまでに、苦めのお茶を二人分、用意しておいてくださいっ!』

そんな、人を喰ったような笑みが想像できる、ふざけた声が耳に届く。

言葉の意味を脳内で咀嚼して飲み込んだ俺は、まずハァァァと深い息を吐き、次にスゥゥゥと深く息を吸って――、

「だぁれが用意するか、ヴゥアァァァカッ!」

人生最大のボリュームで、罵詈雑言を天に吐き捨てたのだった。

なお、そうは言っても、リンネが言うように俺はツンデレであるからして、きちんと茶は用意してやる。

……茶葉の鮮度が落ちる前に来なかったら、デコピンだけどな!

さて、取り敢えず世界で最も苦い茶について、ミルクにでも聞いてみるとしよう。

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