もしも理想のパーティー構成に実力以外が考慮されなかったら?
世界で一番カッコイイ
「うぅ……ひどい目に遭った」
「す、すみません。ちょっと取り乱してしまいまして」
回想は終わり、俺の意識は現在へと戻る。
我を忘れた女神の頭ガックンにより、猛烈な吐き気と戦っていた俺は何とか勝利を収め、膝をつきながら荒い息を整えていた。
そして俺の前には、頬をかき、目を泳がせて、居心地悪そうな様子の女神様。
本当に威厳を失ったり取り戻したり忙しい人だ。
「もういいよ。それより、決めた。俺は今すぐに転生する。記憶と体を引き継いで、新しい世界に」
これは別に、妹と顔を会わせるのが気まずいから、という訳ではない。
あれから、吐き気を堪えていた俺の耳に妹の声が届いたのだ。
『もう、お兄ちゃん戻ってこないんだよね……』
その声は、今にも泣き出しそうになるのを必死に我慢するような悲痛なもので。
そう、妹はいつも俺の後をついて回るような、気の弱いやつなのだ。
だから、何ができる訳でなくとも、俺がずっと見守っていてやらねば。
そう思い込んでいた俺の耳に、再び妹の声が届く——。
『でも、私は世界で一番カッコイイお兄ちゃんの妹だから。……いつまでもメソメソして、カッコワルイところ見せてたら、きっと、お兄ちゃんに笑われちゃうよね』
——その言葉に、俺は衝撃を受けた。
弱いやつだと、側にいなければと、守ってやろうと。
愛情の影で、いつの間にか見下して、決めつけてしまっていた妹の虚像。
それを、目の前に突きつけられ、粉々に砕かれた気分だった。
そうか、妹はもう、大丈夫なのか。
そう思うと、すごく寂しかった。
だけど、それ以上に嬉しかった。
妹はもう、亡き兄の影を求めて、残りの人生を無駄に過ごすことはなくなるのだ。
きちんと、前を向いて、歩いていけるのだ。
『お兄ちゃん、新しい家族が増えたの。私が……ううん、私達が助けた黒猫さん。野良猫で、行くとこ無かったみたいだから引き取ったの。お父さんとお母さんも、何かの縁だろうって。名前はお兄ちゃんの名前を一文字もらって、ハルちゃん、って名づけたよ。女の子らしいカワイイ名前でしょ?』
妹の側には、いつの間にか例の黒猫が座っていた。
遺影の代わりか、俺の机の上に置かれた俺の写真をじっと見つめていたが、ふと何かに気付いたように振り返る。
そして、空間の窓を隔てているはずの俺と目が合った。
『にー、にー』
まだ子猫なのか、きちんとした発声ではないものの、何やら必死な様子で、こちらに向かって鳴いて、ときおり妹の方を向く。
命を救われたお礼でも言っているのだろうか。
それとも、俺の存在を感じて妹に伝えようとしているのだろうか。
何にせよ、随分と義理堅い猫だと思った。
だから、
「荷が重いかもしれないけどさ、妹をよろしく頼むよ」
大事な妹を任せられると信じた。
妹のことだ、たとえ前を向くと決めても、しばらくは隣で支える者が必要だろう。
もちろん、両親も妹のケアには心を配るだろうが、親に言えないことの一つや二つはあるもんだ。
そんなとき、あの猫は、きっと妹の癒しになってくれるだろう。
『どうしたの、ハルちゃん。そこには何もないよ?』
『にー、なーおん』
『ひょっとして、お腹すいたの? ……そろそろ晩御飯の時間だもんね。じゃ、行こっか』
よく見れば外から差し込む夕日で、部屋全体が茜色に染まっていた。
妹は、ハルを抱いて部屋を出ていく。
そのドアが閉まる瞬間、
「今まで、ありがとう。幸せにな」
俺は妹に別れを告げた。
そして、その瞬間を振り返っていた俺の意識が、女神の声で呼び戻される。
「記憶と肉体を引き継いで、今すぐ別の世界に転生。……本当に、よろしいのですね?」
「ああ、泣き虫の妹が、それでも前を向いて歩くって決めたんだ。世界で一番カッコイイあいつの兄貴が、いつまでも未練がましく、メソメソしてたら妹に笑われちまう」
俺の言葉と、俺の眼差しに、迷いがないと悟ったのか、女神は穏やかに微笑んだ。
「分かりました。その選択が、あなたにとって最上の幸福をもたらしますように。……では、始めます」
そう言って、女神は両手を胸の高さで俺の方へ掲げる。
そして、目を瞑って何やら集中しだすと、俺の体(霊体?)が、シャボン玉のような何かに包まれた。
同時に、俺の瞼が重くなり、意識が朦朧としてくる。
「あなたを異世界に送ります。転生して、しばらくは右も左も分からないと思いますので、ナビゲーターが付きますから、どうか心配なさらず」
「ありがと……な。……色々……とさ」
言葉ひとつ発するのも億劫だったが、さんざん世話になった礼は言わねばなるまい。
俺が喋ったことに女神は少し驚いたような顔をして、それから、ふわりと笑った。
「またいつか、お会いしましょう」
その記憶を最後に、俺の意識は途切れた。
…………と、ここまでは、非の打ち所のない完璧な旅立ちのシーンだったのだが、俺は忘れていた。
そう、奴は転生の女神であると同時に、シリアスやると死んでしまう病の患者である。
つまり、
「では、しばらくお世話になります! ナビゲーターのリンネ・パンナコッタです!」
「感動の余韻を返せ、このヤロウぉぉぉ!」
俺は目覚めて一秒で再会した女神の頭をガックンすべく、彼女に襲いかかった。
「す、すみません。ちょっと取り乱してしまいまして」
回想は終わり、俺の意識は現在へと戻る。
我を忘れた女神の頭ガックンにより、猛烈な吐き気と戦っていた俺は何とか勝利を収め、膝をつきながら荒い息を整えていた。
そして俺の前には、頬をかき、目を泳がせて、居心地悪そうな様子の女神様。
本当に威厳を失ったり取り戻したり忙しい人だ。
「もういいよ。それより、決めた。俺は今すぐに転生する。記憶と体を引き継いで、新しい世界に」
これは別に、妹と顔を会わせるのが気まずいから、という訳ではない。
あれから、吐き気を堪えていた俺の耳に妹の声が届いたのだ。
『もう、お兄ちゃん戻ってこないんだよね……』
その声は、今にも泣き出しそうになるのを必死に我慢するような悲痛なもので。
そう、妹はいつも俺の後をついて回るような、気の弱いやつなのだ。
だから、何ができる訳でなくとも、俺がずっと見守っていてやらねば。
そう思い込んでいた俺の耳に、再び妹の声が届く——。
『でも、私は世界で一番カッコイイお兄ちゃんの妹だから。……いつまでもメソメソして、カッコワルイところ見せてたら、きっと、お兄ちゃんに笑われちゃうよね』
——その言葉に、俺は衝撃を受けた。
弱いやつだと、側にいなければと、守ってやろうと。
愛情の影で、いつの間にか見下して、決めつけてしまっていた妹の虚像。
それを、目の前に突きつけられ、粉々に砕かれた気分だった。
そうか、妹はもう、大丈夫なのか。
そう思うと、すごく寂しかった。
だけど、それ以上に嬉しかった。
妹はもう、亡き兄の影を求めて、残りの人生を無駄に過ごすことはなくなるのだ。
きちんと、前を向いて、歩いていけるのだ。
『お兄ちゃん、新しい家族が増えたの。私が……ううん、私達が助けた黒猫さん。野良猫で、行くとこ無かったみたいだから引き取ったの。お父さんとお母さんも、何かの縁だろうって。名前はお兄ちゃんの名前を一文字もらって、ハルちゃん、って名づけたよ。女の子らしいカワイイ名前でしょ?』
妹の側には、いつの間にか例の黒猫が座っていた。
遺影の代わりか、俺の机の上に置かれた俺の写真をじっと見つめていたが、ふと何かに気付いたように振り返る。
そして、空間の窓を隔てているはずの俺と目が合った。
『にー、にー』
まだ子猫なのか、きちんとした発声ではないものの、何やら必死な様子で、こちらに向かって鳴いて、ときおり妹の方を向く。
命を救われたお礼でも言っているのだろうか。
それとも、俺の存在を感じて妹に伝えようとしているのだろうか。
何にせよ、随分と義理堅い猫だと思った。
だから、
「荷が重いかもしれないけどさ、妹をよろしく頼むよ」
大事な妹を任せられると信じた。
妹のことだ、たとえ前を向くと決めても、しばらくは隣で支える者が必要だろう。
もちろん、両親も妹のケアには心を配るだろうが、親に言えないことの一つや二つはあるもんだ。
そんなとき、あの猫は、きっと妹の癒しになってくれるだろう。
『どうしたの、ハルちゃん。そこには何もないよ?』
『にー、なーおん』
『ひょっとして、お腹すいたの? ……そろそろ晩御飯の時間だもんね。じゃ、行こっか』
よく見れば外から差し込む夕日で、部屋全体が茜色に染まっていた。
妹は、ハルを抱いて部屋を出ていく。
そのドアが閉まる瞬間、
「今まで、ありがとう。幸せにな」
俺は妹に別れを告げた。
そして、その瞬間を振り返っていた俺の意識が、女神の声で呼び戻される。
「記憶と肉体を引き継いで、今すぐ別の世界に転生。……本当に、よろしいのですね?」
「ああ、泣き虫の妹が、それでも前を向いて歩くって決めたんだ。世界で一番カッコイイあいつの兄貴が、いつまでも未練がましく、メソメソしてたら妹に笑われちまう」
俺の言葉と、俺の眼差しに、迷いがないと悟ったのか、女神は穏やかに微笑んだ。
「分かりました。その選択が、あなたにとって最上の幸福をもたらしますように。……では、始めます」
そう言って、女神は両手を胸の高さで俺の方へ掲げる。
そして、目を瞑って何やら集中しだすと、俺の体(霊体?)が、シャボン玉のような何かに包まれた。
同時に、俺の瞼が重くなり、意識が朦朧としてくる。
「あなたを異世界に送ります。転生して、しばらくは右も左も分からないと思いますので、ナビゲーターが付きますから、どうか心配なさらず」
「ありがと……な。……色々……とさ」
言葉ひとつ発するのも億劫だったが、さんざん世話になった礼は言わねばなるまい。
俺が喋ったことに女神は少し驚いたような顔をして、それから、ふわりと笑った。
「またいつか、お会いしましょう」
その記憶を最後に、俺の意識は途切れた。
…………と、ここまでは、非の打ち所のない完璧な旅立ちのシーンだったのだが、俺は忘れていた。
そう、奴は転生の女神であると同時に、シリアスやると死んでしまう病の患者である。
つまり、
「では、しばらくお世話になります! ナビゲーターのリンネ・パンナコッタです!」
「感動の余韻を返せ、このヤロウぉぉぉ!」
俺は目覚めて一秒で再会した女神の頭をガックンすべく、彼女に襲いかかった。
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