魔法×科学の時間旅行者
入学編 下(3/5)
【1】
勢いよく上体を起こす拓斗。
「ハァ、ハァ、くそ・・」
携帯を見るまでもないのだが念の為、携帯を手に取り今日の日付けを確認をする。
「時間旅行にあったのはいいが、何故だ」
何故、あゆみが殺されたのか。
何故、あゆみはあそこに現れたのか。
何故、勇樹はあそこにあゆみの死体があるのを知っていたのか。
色々考える拓斗であったが伊波に呼ばれた為、一時中断となった。
パジャマ姿のままリビングに向かう拓斗。
伊波に学校を休む事を伝え、朝食を取らずにそのまま部屋に戻った。ベッドに腰掛けながら拓斗は再び考える。
怪しいのはあの男だが、あゆみを連れている様子は見当たらなかった。それなら召喚魔法か?と考えるのだが、そもそも召喚魔法は現世に存在しないものを召喚する魔法である。
拓斗のように時空魔法を得意とする魔法者は、転移魔法を使って、ワープ(テレポート)するまたはさせる事ができる。
召喚魔法は、精霊や使い魔などを召喚する魔法である。
また、拓斗が戦った錬金術師が使った魔法は錬金魔法であって召喚魔法ではない。
召喚魔法は、精霊や使い魔と契約する事により発動できる。
錬金魔法は、何かを触媒とする事により発動できる。
拓斗が戦った錬金術師は、デパートの時はぬいぐるみを触媒にし、拓斗との戦いでは土を触媒にしている。
「・・違うだろう。もっと考えろ!」
頭を横に振り、己に喝を入れる。
召喚魔法でも錬金魔法でもないのだから、考えられるのは時空魔法しかない。
しかし、あゆみをあの場に移動させる為には、あゆみの存在が不可欠である。
そもそも相手を移動させる魔法なのだから、相手に魔法をかける必要があるのだ。
ゴムボールを使って、伊波に実演して見せたように、ゴムボールを転移させる為には、ゴムボールを目に映し、ゴムボールが何処にワープ(テレポート)するかをイメージし、ゴムボールに転移魔法をかけて、やっとゴムボールはワープ(テレポート)する。
「待てよ・・」
拓斗がゴムボールの事を思い出した時、伊波との会話を思い出していた。
時空魔法に似た魔法の存在。
加速魔法と幻影魔法の存在である。
加速魔法はまずあり得ないと言っていい。
あゆみの死体はベッドの下にあった事を考えるのであれば、幻影魔法で隠しておいた可能性の方が高い。
つまり、拓斗が部屋に入った時、すでにあゆみはあの場所に居た可能性があるという事だ。
「それなら一応、理屈は通るのだが・・」
その後、あの場所に勇樹が現れた理由が解らない。
「・・・考えている暇はないか」
拓斗は私服に着替え、再び例の工場へと向かうのであった。
ーーーーーーーー
【2】
時刻は11時である。
10時に来てしまうと、小嶋優子と出会う事になる。そう考えた拓斗は、1時間わざと時間を遅らせてから工場にやって来た。
工場の入り口からこっそり敷地内を覗き込み、敷地内に足を踏み入れる拓斗。中には誰もいないはずだが、一応念の為、部屋の扉を数回ノックする。
「・・反応なし」
今度は、一、二回目のように、プレハブ小屋に身体を密着させながら、プレハブ小屋を一周する。
「三回目も変わらずか・・それならば」
拓斗は時空魔法を唱え、部屋の中にテレポートした。
台所に立つ拓斗。
人が隠れていないのは、もう分かっている事だ。
今度は、人が隠されていないかを調べ始めた。
幻影魔法は物(者)を見えなくするだけであり、実際にはそこにある。
あゆみが隠されていないかを確認すべく、拓斗は台所の床に向かって『闇魔法』を発動した。
「光よ無に消せ」
幻影魔法は光魔法である。光魔法である幻影魔法を解除するには、闇魔法しかない。
時空魔法を得意としている拓斗は、光魔法と闇魔法を使える。その為、完璧な時間を使う事なく闇魔法を発動した。
「・・・異常無し・・か」
ここまでは予想通りだ。
問題なのは次の部屋、あゆみの死体が発見された部屋である。
(ここで幻影魔法を解いたとして、もしあゆみが死んでいたら・・いや、考えるな)
拓斗は右手を真っ直ぐ伸ばしながら、次の部屋に足を踏み入れた。
ーーーーーーーーーー
【3】
まずは、ベッドの周りから調べる拓斗。ベッドの上か下だろうと予想はしているが、あゆみだけが隠されているとは限らない。
犯人が隠れている可能性が残っているのだ。
あゆみの幻影魔法を解いた瞬間、見えない犯人にでも襲われてしまったら、あゆみだけでなく拓斗も無事には済まないだろう。
そう考えた拓斗は、周りから調べる事にしたのだ。
「・・・異常なし。ならば」
ベッドの上に右手を向け、闇魔法を発動する。
魔法を発動させている今この時、あゆみに居て欲しいという気持ちと、居て欲しくないという気持ちが拓斗の中で入り乱れていた。
勿論、死んでいないとするなら居て欲しい。
死んでいた場合を考えると、居て欲しくはない。
時刻はまだお昼前だ。
この時すでに死んでいたら?自分自身に問いかける拓斗。
しかし、答えなど最初から決まっている。
次は朝から来るまでの事だ。
「・・・!?お、おい!あゆみ!?」
幻影魔法が解け、ベッドの上に仰向けの状態で寝ている、あゆみの姿を目にする。
急いでしゃがむと、あゆみの口元や鼻先に手をやり、呼吸をしているかを確認する。次に、あゆみの右手首に自分の人差し指と中指をあてて、脈を確認する。心臓が動いているかも確認した方がいいか?と考える拓斗。しかし、ここまで調べてみて、あゆみは生きているとわかっている。
胸元を触っている時にあゆみが目を覚ますなどという、ドラマみたいな話しは存在しないと思っているが・・どうする?いや、今はそんなどうでもいい事(あゆみからしたら大問題である)を考えている場合ではない。
あゆみを起こすべく、拓斗はあゆみの身体を揺さぶった。
しかし、あゆみからの反応は無かった。
「眠っているのか・・。それにしても・・いや」
拓斗は、そこから先の言葉を飲み込んだ。
それにしても、生きていて良かったと口にしようとした拓斗だったが、まだこれで終わりではない。
時間旅行の鍵はあゆみだと、拓斗が決め付けているだけであり、正解かどうかは1日が過ぎてみないと解らない。
仮にあゆみだった場合、この後が問題になる。
拓斗が生きているあゆみを発見する事が今回の鍵だった場合、この後あゆみが死んでしまったとしても、時間旅行が起きない可能性がある。
「どうする?この後、勇樹がここに来るかもしれないし・・。落ちつけ」
あゆみを殺した犯人と勇樹が遭遇し、勇樹が死んでしまった場合、時間旅行が起きるという保証もない。
「・・となれば残された道はただ一つ」
誰も死なせずに、犯人を捕まえる事だろう。
自分の羽織っていた上着をあゆみに被せながら、拓斗はそう決意した。
ーーーーーーーー
【4】
ベッドに腰掛け、拓斗は状況を整理する。
ここまでは間違えていないはず。
一回目、二回目と、拓斗は死んでいるあゆみを発見し、その後、勇樹に殺されてしまった為、時間旅行を繰り返している。
あゆみが生きているこの状況なら、勇樹に殺されてしまう心配はないだろう。
二回目の時、この部屋に入ったのは自分を除けば三人いる。
ひったくり犯らしき二人組みは、部屋に入って慌てて出てきた事からして恐らく違う。
違うと断定しないのは、短い時間だが二人なら犯行が可能だからである。慌ててたのが演技の可能性も否定できない。しかし・・。
怪しいのはやはりあの若い男だ。
15分間この部屋に居たあの男。
「・・・くそ」
だとするならば、自分が見張っているあの状況で、あの男は犯行に及んだという事である。
何故気づけなかったのかと、自分自身に腹を立てる拓斗。
時間旅行の影響で、あゆみや勇樹、小嶋達は、一回目、二回目の出来事を覚えていない。
覚えていなければ、それでいいなどという事ではないと拓斗は考えている。
咲やあずさ、生徒会の先輩達・・そして伊波。
一回目のあの出来事も、無かった事になってしまった。それでも・・あゆみが死んでしまう未来よりかはずっといいに違いない。
ゆっくり、深く、深呼吸をする。
落ちつけ、落ちつけと、自分自身に言い聞かせる。
「とにかく、この後の事を考えろ」
時刻は12時を過ぎた所だ。あの男が現れたのは、18時30分。まだ6時間30分もある。
今日という日を無事に終わらせる為にも、拓斗は思考を回転させ続けた。
ーーーーーーーー
【5】
あゆみは学年25位の優等生だ。
どうやってかは分からないが、あゆみは眠らされ、こうしてベッドに寝かせられている。
この状況を見て考えるのであれば、拓斗一人では守りきれない可能性が考えられる。
錬金術師と戦った時は拓斗一人だったが、今回はあゆみがいる。必ず時間旅行にあうのであれば、このままあの男を待っていてもいいのだが、必ず時間旅行にあうのかが分からない。
最悪あゆみを守っていてくれる、人手がほしい。それならばと、拓斗は戦力を増やす事を考えていた。
「伊波はもちろんだがあずさや香菜、咲は巻き込みたくない。一番頼れるのはやはり勇樹だろう。しかし呼ぼうにも、連絡先がわからない事には呼ぶ事は無理か・・」
携帯を取り出し、アドレス帳を開きながらブツブツ呟いていた。チラッとあゆみを見るも、起きる気配はない。
あゆみの携帯を借りたとしても、ロックがかかっていたら意味がない。一応念のため、あゆみのスカートのポケットに触れるも、あゆみは携帯を持っていなかった。
あまり気が進まないが仕方がない。
拓斗はある場所に電話をかける事にした。
ーーーーーーーー
【6】
電話をかけ待つ事数分、やっと相手が電話に出てくれた。
「お電話変わりました。地域課担当小嶋です」
拓斗が電話をかけた相手は、小嶋優子であった。
「初めまして小嶋先輩。生徒会書記1年A組桐島拓斗と申します」
本来であれば、学校名などを名乗るべき所だが、先輩や生徒会書記というこの言葉で、小嶋は全てを理解してくれると思い省略する。
「桐島・・拓斗君ね。君が私の後輩かぁ・・わざわざ110番してまで私に電話を繋いできたって事は、何かあったの?」
「はい。今自分は、任務制度中なのですが、小嶋先輩の力をお借りしたく、電話をかけた次第です」
小嶋から聞いた話しを思い出しながら、拓斗は小嶋に用件を短く伝える。任務制度と言えば、学校は?とか、学校に問い合わせられるといった心配もないだろう。
また、小嶋のペースに合わせてしまうと、長話しになるという理由や、本当に力をかして欲しい人物と、早くコンタクトを取りたかったという理由もあった。
110番したのは単純に、小嶋の携帯番号を知らないからである。一回目、二回目と番号を教えられている拓斗だが、流石に覚えていなかった。
しかし幸いにも、110番したのがかえって小嶋にとって、一大事だと受け取っていた。
その為か、彼女の口からあさみやなぎさの話題は出て来なかった。
「任務制度かぁ・・懐かしい響ね。で?勿論、内容は聞かせてくれるのよね?」
「勿論です。現在自分は、◯△工場で調査をしていました。ひったくり犯がうろついているとの情報でしたが、調査していた所、通り魔が出没するという情報を入手しました」
「はぁ!?本当なの!!って、まだわかるわけないか。そこは確か半年前に移転した工場だったはずね。ひったくり犯もつい最近学校周辺で犯行を行なっているし・・つまりは拓斗君は通り魔の捜査をして欲しくて電話をかけてきたのかな?」
拓斗は、通り魔が現れたとは言っていない。あくまで情報だけである。
それでは、小嶋達では捜査をする事が出来ない。
警察官も人手不足でありこういった場合に、任務制度が適用される。
そこを、拓斗は利用しようと考えたのだ。
「いえ。それでは小嶋先輩は動けないでしょうから、通り魔の方は自分が調査します。ひったくり犯の方をお願いしたいと思い電話しました」
ひったくりは、実際に起きている事件である。
その為、警察は捜査を進めており、学校周辺に詳しい元生徒会書記の小嶋が担当している事件である。
「工場の周辺ね・・了解。でも、通り魔がもしいたら、その、大丈夫?」
小嶋は拓斗の事を知らない。
今初めて会話をしている。生徒会書記に選ばれるぐらいであり、捜査が難航していたひったくり犯の特定の場所まで絞り込んでいる事から、頭のいい子だとは思う。
しかし、頭がいいのと実力は別だ。
学年ランキング何位?などという失礼な事も言えない。大丈夫?とは、捕まえられるのか?怪我をするんじゃないのか?といった、心配しての質問であった。
「ひったくり犯ごときでしたら、自分一人でも問題ありませんが、通り魔となるといささか不安であります。そこで、助っ人なる人物にこの事を伝えて下さいませんか?」
ひったくり犯ごときと言う拓斗の言葉。少しの間もない回答に、頼もしさを感じさせられる。
通り魔も一人で大丈夫だと言ったら、危険だからやめろと調査を中断させるつもりだったが、彼は冷静に判断し、一人では無理だと言った。
とりあえず、拓斗が助っ人として呼ぼうとしている人物の名前を、聞いてから判断しようと考えた小嶋は「誰?」と、名前をたずねた。
「はい。自分と同じクラスであり、学年3位の山本勇樹という少年です。もしかしたら、小嶋先輩も面識があるかもしれません」
桐島拓斗を知らなくても、山本勇樹の名前は知っている。実力は申し分ないのだが、性格に難ありと噂される人物。
小嶋は少しの間だけ迷ったが、すぐに「連絡しとくね」と告げた。
通り魔の情報が、本当だった場合を危惧しての判断であった。
ーーーーーーーーー
【7】
小嶋との電話を終え、待つ事数分。
拓斗に呼ばれた山本勇樹は、工場へとやってきた。
「出て来い補欠ーー!!」
勇樹は敷地内に入ると、直ぐに大声をあげ拓斗を呼ぶ。本来、工場の入り口で待っているべきなのだが、あゆみの側にいるべきだろうと判断し、拓斗は部屋の中で待っていた。
勇樹の声が聞こえた為、拓斗は部屋のドアの鍵を開け勇樹を手招きする。
「・・・チッ。んな所に通り魔がいるわけねぇだろうが」
舌打ちしながら勇樹は、小嶋から電話がきた時の事を思い出していた。通り魔の調査をして欲しいと言われたが、今はあゆみを探しているのでそれ所ではない。
勇樹は断ろうとしたのだが、通り魔、◯△工場、今直ぐ、桐島拓斗、と、小嶋は、わずか10秒で電話を切ったのであった。
「・・クソ女がぁ」
しかし、通り魔にあゆみが襲われているのか?と彼が考えた時、行かないという選択肢は消えた。
そういった思いからか、普段はあまり使わない『加速魔法』を使って、勇樹は工場にやって来た。手招きされてしまった事に腹をたてながらも、しぶしぶ部屋の中に入って行く。
「・・・・お、おぃ。どぉなってんのか説明しろ」
「・・・勇樹。落ち着け」
胸ぐらを掴まれる拓斗は、両手を挙げ(お手上げポーズ)勇樹をなだめた。
山本と呼んだ方がいいか?と考えたが、一回目で怒られている時の事を思い出し、あえて名前で呼んだ。怒らせないようにという思いもあったのだが、彼はすでに怒っていた。
しかし、無理もない話しである。
しぶしぶやって来てみたら、探していた人物が眠った状態で見つかったのだ。
夏物の上着が被されている状態や、勇樹をここに呼んだ事から、拓斗があゆみを保護した事は分かるのだが、通り魔というワードにひっかかったのだった。
自分をここに呼びたいのであれば、あゆみを保護したからで済む話しである。
「落ち着いて聞いてくれ。ひったくり犯らしき人物について調べていた所、通り魔らしき人物がこの工場に出入りしているという情報を入手した」
「・・・それで?」
「ドアが開いていたので、中に入ってみたらあゆみが眠らされていた」
時空魔法を使って中に入ったとは言わず、あゆみが幻影魔法で隠されていたとも、拓斗は説明しなかった。
時空魔法が使えるという事は伊波しか知らない事であり、幻影魔法で隠されていたと説明した場合、なぜ幻影魔法で隠されている事を知っていたのか?という、疑問が生まれる恐れがある。
「通り魔の情報は?」
「若い男らしい」
「・・・チッ。変態ヤローって事か」
通り魔が変態かどうかはわからなかったが、女子校生を監禁していた事から、勇樹がそう判断したのだという事はわかった。
「いつ現れるかわからない以上、あゆみを守ってもらう必要がある」
「チッ。めんどくせぇな」
拓斗がここに自分を呼んだ理由を、正確に理解した。
あゆみを連れて行っている間に、犯人が現れる可能性がある。その場合、あゆみを庇いながらの戦闘は不利だ。
また、犯人に出くわさなかった場合、犯人を捕まえる好機を失ってしまうという事だ。
何故あゆみが狙われたのかが分からない以上、また狙われる可能性がある為、ここで捕まえておかないといけない。
また、女子校生を狙った犯行だと考えた場合も同じである。
二人はそう判断した。
勇樹は殺気を隠そうとしていない。
拓斗はそれをあえて指摘しなかった。
もしもあゆみではなく伊波だったら?
自分も勇樹と同じ気持ちになるだろうと、そう思ったからであった。
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