魔法×科学の時間旅行者
入学編 上(3/3)
【1】
入学式が終わり、教室に戻ってきた生徒達を待っていたのは、自己紹介というイベントであった。
何も問題なく終わると思っていた拓斗であったが、彼の予想は外れてしまう。
問題を起こしたのは彼の隣の席、千石あずさであった。と言っても、彼女が進んで問題を起こした訳ではない。あずさの前の生徒が自己紹介を終え、あずさの番になった時である。
「・・・また噛むんじゃないか」
「・・・・・」
そんな冷やかすような声が聞こえてきたのだ。
あずさはこの発言を無視した。こんな事で腹を立てても仕方がない。
「科学者は科学者らしくしとけよな」
「・・・・ハァッ!?」
しかし、この発言だけは無視できなかった。
相手を睨み付け、声をかけてきた男子生徒に身体ごと向ける。
「今のはどういう意味なのかしら・・ねぇ?山本君」
「あぁん?聞こえなかったか、科学者」
「フン。聞こえているからどうい意味なのかを聞いてるのよ?」
「ああ?喧嘩売ってんのか!!」
馬鹿にしたようなあずさの態度(実際に馬鹿にしている態度なのだが)に、山本と呼ばれた男子生徒は、机を叩きながら立ち上がった。あずさは相手に怯む事なく続ける。
「科学者は科学者らしくってどういう意味なのかって聞いているのよ」
「ハン。事件解決したのだって本当は、お前の主人である志熊の力だろ」
実際に、事件の解決をしたのは香菜である。拓斗とあずさが敵の注意を引きつけた結果、犯人に油断がうまれ、人質となった女の子を救出できた。その後、犯人を気絶させて犯人を逮捕できたのは、あずさの魔法のおかげだが、香菜が救出していなければ、魔法は放てなかっただろう。
「香菜と私はパートナーよ。小学校で習わなかったのかしら?」
小学校にワザとアクセントをつけ、今の発言は、科学者に対する差別だと主張するあずさ。しかし、その言い方では相手を挑発しているとしか思えない。そう判断した拓斗は、目立ちたくはないのだが、仕方なくあずさを止めに入る。
「あずさ。その辺にしとけ」
「・・!?ゆ、勇樹君も、もうやめなよ!ご、ごめんね!あずさちゃん」
拓斗があずさをなだめる為に、肩に手を置くと、山本と呼ばれていた男子生徒の隣に座っていた女の子が、立ち上がって山本をなだめ始めた。直ぐにあずさの方を向き、頭を何度も下げて謝り始めた。
「あゆみ。悪いんだけどココだけは譲れないわ」
拓斗を無視する格好になってしまったが、別に気を悪くしたりはしない。科学者を差別するような発言をしたのは山本であって、彼女ではない。また、拓斗自身、腹が立っていた。彼の妹は、科学者だ。伊波をバカにされた気分であったからだ。
「どけよ、あゆみ。魔法者である俺が、勘違いしているアイツに、きちんと教えてあげなくちゃな」
あゆみと呼ばれた女子生徒を、軽く突き飛ばし、一歩、また一歩とあずさに近づく山本を、怯むことなく、あずさは睨みつけていた。
「はいは〜い、そこまで。何だなんだ?自己紹介もまともにできんのかぁ?ったく」
一触即発の二人を止めたのは、黒いスーツからジャージに着替えると言って出ていった、A組の担任であった。生徒達がどよめいた。
何故なら彼女は、廊下から注意をしたのではなく、山本とあずさの間に入って注意をしたのだ。
「・・い、今のはもしかしてテレポートか?」
「スゲー初めて見た」
そんな男子生徒同士の会話が聞こえてきたが、彼女は無視し、あずさと山本の二人に目を向ける。
「丁度いい。二人共、模擬戦でもやるか?次は体育だからな。HR何ぞに90分も使ってられん。・・全員外に出ろ!」
一般的な授業は60分なのだが、我が校では90分授業を採用している。体育の授業であれば、10分で準備運動や準備、説明などがあり、40分みっちり運動、10分の休憩でアドバイスなどがあり、20分で復習、10分でクールダウンや片付けなどである。
担任の指示の元、慌ただしく外にでる生徒達。普通であれば体育服に着替えるべきなのだが、担任の気迫に蹴落とされてしまっていた。
「はぁ・・体育って言ったら言われなくても、着替えるもんだと思ったんだがねぇ・・まぁ次の授業の時は着替えとけよ」
彼女は、運動場に集められた生徒達を見渡して、深いため息を吐いた。
「さて、模擬戦は知っているな?」
「はい」「・・・チッ」
「ん?勇樹は知らないのか?」
「知ってるってーの!後、下の名前で呼ぶな!」
「わりぃ、わりぃ。ゆうちゃんの方が良かったか」
右手で頭をかきながら、アッハハと笑う彼女に、山本の魔法が発動する。
「おっと。やめとけ。また負けるぞ」
「チッ。いいから、さっさと始めようぜ」
ハラハラしながら、二人のやりとりを見守る生徒達。無論、あずさと拓斗はハラハラなどはせず、冷静に彼の魔法を見ていた。彼が放った魔法は電撃である。しかし、詠唱をせずに放ったその技量に、早さに、感心していた。
通常、魔法を放つ為には詠唱といって、術を唱える必要がある。しかし、術を唱えている間に攻撃を仕掛けてこられては、永遠に魔法を放つ事ができない。そこで、MAGの出番となる。
詠唱した時より、威力は落ちてしまうが、魔法を放つことができるのだ。頭の中でイメージと処理をしているのだが、要は、頭の中で詠唱していると言った方が分かりやすいだろう。
また、あずさのような科学者達も、日頃から魔法を貯めておくことにより、それが可能となっている。
あずさは普段から指輪をしており、それを使う事により、魔法を詠唱しなくても放つ事が可能となっているのだ。
ただし、魔法者とは違い、動作が必要となっている。
あずさの場合、人差し指にはめている指輪に、親指を一度くっつける動作が必要となる。
指輪と親指が触れる事により生じる静電気が、鍵となっているのだが、これは、誰もが出来るわけではない。
それが出来るという事だけで、相当な相手だと拓斗は考えていた。
「さて、パートナーはどうする?」
「・・・」
「ゆ、勇樹には私が」
彼女が模擬戦を始めるにあたり、パートナーをどうするかを確認すると、先ほど山本に突き飛ばはれた女の子が手を挙げる。
「山田か・・まぁ妥当だろうな。それで?あずさはどうするんだ」
「・・・き、桐島君で」
「・・・・」
思わず耳を疑う拓斗。
何故ここで、自分の名前があずさの口から出てきたのか。チラチラこっちを見るのを、是非やめてほしいと思いながら拓斗は視線を外した。
「桐島か・・。どうだぁ桐島?あずさからご指名だぞー」
聞こえないフリで誤魔化そうと考えていた拓斗であったが、彼女からこう言われてしまっては誤魔化しようがない。
「お断りし」
「拓斗!!」
お断りしますと言いかけた拓斗であったが、あずさがもの凄い形相とともに、拓斗に詰め寄る。
詰め寄ったあずさは、周りに聞こえないようヒソヒソと語り出した。
「アンタには男気ってモノがないわけ?」
「と言われても補欠の俺では足手まといだぞ」
「ほ、補欠!?」
思わず口を隠すあずさであったが、すでに手遅れであった。思わず大きな声をあげた為、周りの生徒には聞こえてしまい、ざわざわとしだす。
「聞いたかよ・・アイツ補欠だってよ」
「マジかよ・・アイツ魔法者って言ってなかったか?」
拓斗は自己紹介の時に、前の人に習って魔法者だと名乗っている。補欠合格するのは科学者とかだけだろうと考えていた生徒達は、ヒソヒソと話しだした。科学者だから補欠という思考事態が差別思考なのだが、拓斗は特に気にしなかった。
事実は事実なのだから、何を言われても仕方がない。
「ご、ごめん。だ、だけど、アンタだってムカつくでしょ!?」
そんな生徒達の声は、当然あずさ達の耳にも入っていた。自分の所為でごめんなさいと言ったかと思うと、握り拳を作って拓斗に力説する。
どうやら補欠だと聞いても、特に気にしたりせず、拓斗を誘う理由を話した。
自分の妹をバカにされて、頭にこないのかと。
「・・バックアップは俺がやる」
「あ、ありがとう」
短くそう告げる拓斗。頭にきていたという理由もあるが、補欠だと聞いても、自分をパートナーに選ぶあずさの心意気に答えたくなったからであった。
ーーーーーーーー
【2】
模擬戦は通常、2対2で行われる。
前衛と後衛に別れて行われ、前衛をアタッカー。後衛をバックアップと呼ぶ。また、前衛が科学者といった決まりはなく、前衛は魔法者でもいい。
これは、長期の戦闘を想定しての戦闘である。
魔法者は長期の戦闘になれば、MAGの調整が必要になってくる。科学者は長期の戦闘になれば、魔法力の補給が必要になってくる。
軍の関係者などは1対1による戦闘があるが、必ず2人で行動を共にしている。
1対1の模擬戦もあるが、2年生になってから習う授業である。
「おぃおぃナメてんのか?志熊とのペアでも勝てねぇのによ・・あぁ!?」
「フ、フン。昔は昔よ。それとも代えてほしいのかしら」
どうやら二人は知り合いらしい。いや、あゆみと呼ばれた子も合わせたら三人か。そんな事を考えながら、模擬戦フィールドに歩いて行く。
フットサルのようなコートに、アタッカー用コートに陣取るあずさと山本。バックアップ用コートに陣取る拓斗とあゆみ。
「さて、相手に致死量の魔法は禁止。相手に直接攻撃は可能とする。いいな?」
相手に参ったと言わせるか、相手を気絶させるかが勝利の鍵となる。また、バックアップも同じ条件である。
直接攻撃は、打撃だけでなく、相手が死なない魔法なら可能である。
昨日、あずさが犯人に使った魔法のような、電撃なら可能ということだ。
四人の表情を確認した彼女は、ニヤリと微笑んで開始を告げる。
「それでは、始め!!」
開始の合図と共に、あずさが動いた。
「青き雷鳴よ」
人差し指を山本に向け、呪文を唱えると、指先から電撃が山本目掛け放たれる。
「風の壁よ」
あずさが動きだしたのを見るや、あゆみは両手を山本目掛け突き出して、呪文を唱える。
電撃が山本にあたる寸前で、風によって右に流される。
「青き風」
両手をポケットにつっこんでいた山本は、あずさの電撃が風に流されるのを予期していたように、あたる寸前で呪文を唱えた。
風に流され、地面にあたる直前で山本の呪文により、電撃はあずさに向きをかえてはしりだした。
「・・くっ」
あずさは電撃を交わす為に、左に側転してかわす。一瞬スカートの中が見えたが、どうやらスパッツを履いているようだ。
「勇樹チームに1ポイント」
拓斗が別の事に気をとられていると、審判である先生が採点を告げる。
このように、模擬戦はポイント制であり、今のはあずさが、地面に手をついた為にとられたポイントである。同様に、背中や膝をついたらポイントをとられるし、直撃してしまったら大量ポイントがとられる。要は危険な状態にならないようにつけられたポイントであり、危ない状況になった場合大量にポイントを失うということだ。
また、バックアップは自由に動き回れるのに対し、アタッカーは動ける範囲が決まっている。
コートを一面とした場合、自陣のハーフコート全部と、相手のハーフコートの半分までは移動ができる。
アタッカーがバックアップに敵陣地での直接攻撃(打撃)を禁止した為である。
バックアップはバックアップに打撃を含む直接攻撃を可能としているが、バックアップ陣地まで行くのは困難な為、バックアップ陣地まで行く事は少ない。バックアップ陣地に向かう内にアタッカーに捕まるからだ。
バックアップがバックアップ陣地に向かうということは、相手の陣地に行くということであり、相手アタッカーからすれば、自分の陣地に入ってきた時点で直接攻撃が可能となる。その為、アタッカーはバックアップを自分の陣地に引きずり込むのも、模擬戦を行ううえでのポイントでもある。
今の攻防を見ただけで、あの二人は相当手強い敵だと拓斗は感じていた。
「こ、こら拓斗!バックアップしなさい!」
「あはははは!バックアップの所為にするなよ。大体お前も見ただろ?校内ランキングをよ」
「ふん。試験は試験よ」
あずさが拓斗に向かって文句を言うと、山本は笑い出していた。試験は試験であって、本番ではない。それは正論だろう。しかし、相手があの山本勇樹だと解った拓斗は、心の中で静かに敗北を認めた。
校内ランキング。
試験などによって張り出されるものであり、1位から50位までが発表される。51位からは各個人にこっそり教えられるのだが、拓斗は1年生200人中198位であり、魔法者の中ではビリであった。
拓斗自身特に気にしていないし、ランキングにも興味はない。1位から10位までの生徒の名前を見て、後は伊波のだけが分かれば問題ないと考えていたのだが、相手が悪すぎる。
拓斗は知らないが、あずさは15位、香菜は16位と優秀なコンビであり、あゆみは25位、伊波は40位となっている。
そして山本勇樹は、学年3位であった。
ーーーーーーーー
「何かA組が面白い事やってるよ」
伊波と香菜の耳に、その言葉が入ったのは丁度自己紹介が終わり、教材を取りに行くから待っとけと言われた待ち時間の時であった。
その一言で、B組の生徒のほとんどが窓に集まった。A組と聞こえた時点で、香菜と伊波は動き出していた。ちなみに、一番早く来たのは伊波である。
「ちょ、ちょっと伊波!あれってあずさと拓斗だよね?」
「た、拓・・・お兄ちゃん・・」
「あちゃー。勇樹とあゆみとかぁ・・」
右手を額にあててため息を吐く香菜に、伊波は顔を向けた。
「ん?あぁ。勇樹ってのはあそこでポケットに手をつっこんでるヤツで、あゆみはあそこでオドオドしてる子ね」
伊波の誰ですか?という表情を見て、香菜が説明しだした。
「あずさのヤツ大丈夫かなぁぁあって、あぶねー。ちゃんとスパッツ履いてたかぁ」
「・・・そっち・・ですか・・」
あずさが側転をして、攻撃があたらなかった事よりも、スパッツを履いている事に対して安堵する香菜に、呆れ気味の声をあげる。
「いや、だって、ただでさえ入学式で一躍有名人になったのが、更に有名になっちゃったら可哀想じゃない」
「た、確かに・・・」
スカートの中を覗かれるという事だけは、乙女としては避けたい。しかし、何故制服なのだろうか。着替えればいいのにと、伊波自身、模擬戦よりも服装に気をとられていた。
「しかし、余裕だね」
「え?何がですか?」
伊波は、何を言われているのかが分からなかった。
「相手は学年3位の実力者。バックアップは伊波のお兄さんなんだよ?」
伊波は、言われて初めて気がついた。
自分が兄である拓斗の心配をしたフリをしていないことに。
「さ、3位なんですか!?お兄ちゃん大丈夫かな・・」
拓斗の相手が3位だと知らなかったフリをして、誤魔化す伊波。
「まぁ模擬戦だし、大丈夫じゃない」
特に怪しんだりせず、香菜は再び窓の外を見るのであった。
ーーーーーーーー
試合は一方的な展開とまでは言わないが、負けていた。拓斗自身はポイントをとられはしないものの、ポイントをとってもいなかった。
バックアップはあくまでバックアップであり、ポイントをとるのはアタッカーの役目である。
「そこまで、10対5で勇樹ペアの勝ち」
「はぁ・はぁ・ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「ふん。ざした」
「・・・ありがとうございます」
試合が終われば挨拶で終わる。
ありがとうございましたが、ざしたに聞こえたのは気のせいだろうか。拓斗がそんな事を考えていると、1時間目の終了のチャイムが鳴った。
結果は負けであった。
結局あずさは山本からはポイントが取れず、あゆみからポイントを奪ったのだが、5ポイントを取るのと同時に、10ポイント目をとられてしまい負けてしまった。
拓斗自身は勝ち負けに、特に気にしたりはしなかったのだが、頭を下げた後に見せたあずさの表情を見て、罪悪感が生まれてしまう。
その表情は、悔しくて堪らないといった表情であった。
入学式が終わり、教室に戻ってきた生徒達を待っていたのは、自己紹介というイベントであった。
何も問題なく終わると思っていた拓斗であったが、彼の予想は外れてしまう。
問題を起こしたのは彼の隣の席、千石あずさであった。と言っても、彼女が進んで問題を起こした訳ではない。あずさの前の生徒が自己紹介を終え、あずさの番になった時である。
「・・・また噛むんじゃないか」
「・・・・・」
そんな冷やかすような声が聞こえてきたのだ。
あずさはこの発言を無視した。こんな事で腹を立てても仕方がない。
「科学者は科学者らしくしとけよな」
「・・・・ハァッ!?」
しかし、この発言だけは無視できなかった。
相手を睨み付け、声をかけてきた男子生徒に身体ごと向ける。
「今のはどういう意味なのかしら・・ねぇ?山本君」
「あぁん?聞こえなかったか、科学者」
「フン。聞こえているからどうい意味なのかを聞いてるのよ?」
「ああ?喧嘩売ってんのか!!」
馬鹿にしたようなあずさの態度(実際に馬鹿にしている態度なのだが)に、山本と呼ばれた男子生徒は、机を叩きながら立ち上がった。あずさは相手に怯む事なく続ける。
「科学者は科学者らしくってどういう意味なのかって聞いているのよ」
「ハン。事件解決したのだって本当は、お前の主人である志熊の力だろ」
実際に、事件の解決をしたのは香菜である。拓斗とあずさが敵の注意を引きつけた結果、犯人に油断がうまれ、人質となった女の子を救出できた。その後、犯人を気絶させて犯人を逮捕できたのは、あずさの魔法のおかげだが、香菜が救出していなければ、魔法は放てなかっただろう。
「香菜と私はパートナーよ。小学校で習わなかったのかしら?」
小学校にワザとアクセントをつけ、今の発言は、科学者に対する差別だと主張するあずさ。しかし、その言い方では相手を挑発しているとしか思えない。そう判断した拓斗は、目立ちたくはないのだが、仕方なくあずさを止めに入る。
「あずさ。その辺にしとけ」
「・・!?ゆ、勇樹君も、もうやめなよ!ご、ごめんね!あずさちゃん」
拓斗があずさをなだめる為に、肩に手を置くと、山本と呼ばれていた男子生徒の隣に座っていた女の子が、立ち上がって山本をなだめ始めた。直ぐにあずさの方を向き、頭を何度も下げて謝り始めた。
「あゆみ。悪いんだけどココだけは譲れないわ」
拓斗を無視する格好になってしまったが、別に気を悪くしたりはしない。科学者を差別するような発言をしたのは山本であって、彼女ではない。また、拓斗自身、腹が立っていた。彼の妹は、科学者だ。伊波をバカにされた気分であったからだ。
「どけよ、あゆみ。魔法者である俺が、勘違いしているアイツに、きちんと教えてあげなくちゃな」
あゆみと呼ばれた女子生徒を、軽く突き飛ばし、一歩、また一歩とあずさに近づく山本を、怯むことなく、あずさは睨みつけていた。
「はいは〜い、そこまで。何だなんだ?自己紹介もまともにできんのかぁ?ったく」
一触即発の二人を止めたのは、黒いスーツからジャージに着替えると言って出ていった、A組の担任であった。生徒達がどよめいた。
何故なら彼女は、廊下から注意をしたのではなく、山本とあずさの間に入って注意をしたのだ。
「・・い、今のはもしかしてテレポートか?」
「スゲー初めて見た」
そんな男子生徒同士の会話が聞こえてきたが、彼女は無視し、あずさと山本の二人に目を向ける。
「丁度いい。二人共、模擬戦でもやるか?次は体育だからな。HR何ぞに90分も使ってられん。・・全員外に出ろ!」
一般的な授業は60分なのだが、我が校では90分授業を採用している。体育の授業であれば、10分で準備運動や準備、説明などがあり、40分みっちり運動、10分の休憩でアドバイスなどがあり、20分で復習、10分でクールダウンや片付けなどである。
担任の指示の元、慌ただしく外にでる生徒達。普通であれば体育服に着替えるべきなのだが、担任の気迫に蹴落とされてしまっていた。
「はぁ・・体育って言ったら言われなくても、着替えるもんだと思ったんだがねぇ・・まぁ次の授業の時は着替えとけよ」
彼女は、運動場に集められた生徒達を見渡して、深いため息を吐いた。
「さて、模擬戦は知っているな?」
「はい」「・・・チッ」
「ん?勇樹は知らないのか?」
「知ってるってーの!後、下の名前で呼ぶな!」
「わりぃ、わりぃ。ゆうちゃんの方が良かったか」
右手で頭をかきながら、アッハハと笑う彼女に、山本の魔法が発動する。
「おっと。やめとけ。また負けるぞ」
「チッ。いいから、さっさと始めようぜ」
ハラハラしながら、二人のやりとりを見守る生徒達。無論、あずさと拓斗はハラハラなどはせず、冷静に彼の魔法を見ていた。彼が放った魔法は電撃である。しかし、詠唱をせずに放ったその技量に、早さに、感心していた。
通常、魔法を放つ為には詠唱といって、術を唱える必要がある。しかし、術を唱えている間に攻撃を仕掛けてこられては、永遠に魔法を放つ事ができない。そこで、MAGの出番となる。
詠唱した時より、威力は落ちてしまうが、魔法を放つことができるのだ。頭の中でイメージと処理をしているのだが、要は、頭の中で詠唱していると言った方が分かりやすいだろう。
また、あずさのような科学者達も、日頃から魔法を貯めておくことにより、それが可能となっている。
あずさは普段から指輪をしており、それを使う事により、魔法を詠唱しなくても放つ事が可能となっているのだ。
ただし、魔法者とは違い、動作が必要となっている。
あずさの場合、人差し指にはめている指輪に、親指を一度くっつける動作が必要となる。
指輪と親指が触れる事により生じる静電気が、鍵となっているのだが、これは、誰もが出来るわけではない。
それが出来るという事だけで、相当な相手だと拓斗は考えていた。
「さて、パートナーはどうする?」
「・・・」
「ゆ、勇樹には私が」
彼女が模擬戦を始めるにあたり、パートナーをどうするかを確認すると、先ほど山本に突き飛ばはれた女の子が手を挙げる。
「山田か・・まぁ妥当だろうな。それで?あずさはどうするんだ」
「・・・き、桐島君で」
「・・・・」
思わず耳を疑う拓斗。
何故ここで、自分の名前があずさの口から出てきたのか。チラチラこっちを見るのを、是非やめてほしいと思いながら拓斗は視線を外した。
「桐島か・・。どうだぁ桐島?あずさからご指名だぞー」
聞こえないフリで誤魔化そうと考えていた拓斗であったが、彼女からこう言われてしまっては誤魔化しようがない。
「お断りし」
「拓斗!!」
お断りしますと言いかけた拓斗であったが、あずさがもの凄い形相とともに、拓斗に詰め寄る。
詰め寄ったあずさは、周りに聞こえないようヒソヒソと語り出した。
「アンタには男気ってモノがないわけ?」
「と言われても補欠の俺では足手まといだぞ」
「ほ、補欠!?」
思わず口を隠すあずさであったが、すでに手遅れであった。思わず大きな声をあげた為、周りの生徒には聞こえてしまい、ざわざわとしだす。
「聞いたかよ・・アイツ補欠だってよ」
「マジかよ・・アイツ魔法者って言ってなかったか?」
拓斗は自己紹介の時に、前の人に習って魔法者だと名乗っている。補欠合格するのは科学者とかだけだろうと考えていた生徒達は、ヒソヒソと話しだした。科学者だから補欠という思考事態が差別思考なのだが、拓斗は特に気にしなかった。
事実は事実なのだから、何を言われても仕方がない。
「ご、ごめん。だ、だけど、アンタだってムカつくでしょ!?」
そんな生徒達の声は、当然あずさ達の耳にも入っていた。自分の所為でごめんなさいと言ったかと思うと、握り拳を作って拓斗に力説する。
どうやら補欠だと聞いても、特に気にしたりせず、拓斗を誘う理由を話した。
自分の妹をバカにされて、頭にこないのかと。
「・・バックアップは俺がやる」
「あ、ありがとう」
短くそう告げる拓斗。頭にきていたという理由もあるが、補欠だと聞いても、自分をパートナーに選ぶあずさの心意気に答えたくなったからであった。
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【2】
模擬戦は通常、2対2で行われる。
前衛と後衛に別れて行われ、前衛をアタッカー。後衛をバックアップと呼ぶ。また、前衛が科学者といった決まりはなく、前衛は魔法者でもいい。
これは、長期の戦闘を想定しての戦闘である。
魔法者は長期の戦闘になれば、MAGの調整が必要になってくる。科学者は長期の戦闘になれば、魔法力の補給が必要になってくる。
軍の関係者などは1対1による戦闘があるが、必ず2人で行動を共にしている。
1対1の模擬戦もあるが、2年生になってから習う授業である。
「おぃおぃナメてんのか?志熊とのペアでも勝てねぇのによ・・あぁ!?」
「フ、フン。昔は昔よ。それとも代えてほしいのかしら」
どうやら二人は知り合いらしい。いや、あゆみと呼ばれた子も合わせたら三人か。そんな事を考えながら、模擬戦フィールドに歩いて行く。
フットサルのようなコートに、アタッカー用コートに陣取るあずさと山本。バックアップ用コートに陣取る拓斗とあゆみ。
「さて、相手に致死量の魔法は禁止。相手に直接攻撃は可能とする。いいな?」
相手に参ったと言わせるか、相手を気絶させるかが勝利の鍵となる。また、バックアップも同じ条件である。
直接攻撃は、打撃だけでなく、相手が死なない魔法なら可能である。
昨日、あずさが犯人に使った魔法のような、電撃なら可能ということだ。
四人の表情を確認した彼女は、ニヤリと微笑んで開始を告げる。
「それでは、始め!!」
開始の合図と共に、あずさが動いた。
「青き雷鳴よ」
人差し指を山本に向け、呪文を唱えると、指先から電撃が山本目掛け放たれる。
「風の壁よ」
あずさが動きだしたのを見るや、あゆみは両手を山本目掛け突き出して、呪文を唱える。
電撃が山本にあたる寸前で、風によって右に流される。
「青き風」
両手をポケットにつっこんでいた山本は、あずさの電撃が風に流されるのを予期していたように、あたる寸前で呪文を唱えた。
風に流され、地面にあたる直前で山本の呪文により、電撃はあずさに向きをかえてはしりだした。
「・・くっ」
あずさは電撃を交わす為に、左に側転してかわす。一瞬スカートの中が見えたが、どうやらスパッツを履いているようだ。
「勇樹チームに1ポイント」
拓斗が別の事に気をとられていると、審判である先生が採点を告げる。
このように、模擬戦はポイント制であり、今のはあずさが、地面に手をついた為にとられたポイントである。同様に、背中や膝をついたらポイントをとられるし、直撃してしまったら大量ポイントがとられる。要は危険な状態にならないようにつけられたポイントであり、危ない状況になった場合大量にポイントを失うということだ。
また、バックアップは自由に動き回れるのに対し、アタッカーは動ける範囲が決まっている。
コートを一面とした場合、自陣のハーフコート全部と、相手のハーフコートの半分までは移動ができる。
アタッカーがバックアップに敵陣地での直接攻撃(打撃)を禁止した為である。
バックアップはバックアップに打撃を含む直接攻撃を可能としているが、バックアップ陣地まで行くのは困難な為、バックアップ陣地まで行く事は少ない。バックアップ陣地に向かう内にアタッカーに捕まるからだ。
バックアップがバックアップ陣地に向かうということは、相手の陣地に行くということであり、相手アタッカーからすれば、自分の陣地に入ってきた時点で直接攻撃が可能となる。その為、アタッカーはバックアップを自分の陣地に引きずり込むのも、模擬戦を行ううえでのポイントでもある。
今の攻防を見ただけで、あの二人は相当手強い敵だと拓斗は感じていた。
「こ、こら拓斗!バックアップしなさい!」
「あはははは!バックアップの所為にするなよ。大体お前も見ただろ?校内ランキングをよ」
「ふん。試験は試験よ」
あずさが拓斗に向かって文句を言うと、山本は笑い出していた。試験は試験であって、本番ではない。それは正論だろう。しかし、相手があの山本勇樹だと解った拓斗は、心の中で静かに敗北を認めた。
校内ランキング。
試験などによって張り出されるものであり、1位から50位までが発表される。51位からは各個人にこっそり教えられるのだが、拓斗は1年生200人中198位であり、魔法者の中ではビリであった。
拓斗自身特に気にしていないし、ランキングにも興味はない。1位から10位までの生徒の名前を見て、後は伊波のだけが分かれば問題ないと考えていたのだが、相手が悪すぎる。
拓斗は知らないが、あずさは15位、香菜は16位と優秀なコンビであり、あゆみは25位、伊波は40位となっている。
そして山本勇樹は、学年3位であった。
ーーーーーーーー
「何かA組が面白い事やってるよ」
伊波と香菜の耳に、その言葉が入ったのは丁度自己紹介が終わり、教材を取りに行くから待っとけと言われた待ち時間の時であった。
その一言で、B組の生徒のほとんどが窓に集まった。A組と聞こえた時点で、香菜と伊波は動き出していた。ちなみに、一番早く来たのは伊波である。
「ちょ、ちょっと伊波!あれってあずさと拓斗だよね?」
「た、拓・・・お兄ちゃん・・」
「あちゃー。勇樹とあゆみとかぁ・・」
右手を額にあててため息を吐く香菜に、伊波は顔を向けた。
「ん?あぁ。勇樹ってのはあそこでポケットに手をつっこんでるヤツで、あゆみはあそこでオドオドしてる子ね」
伊波の誰ですか?という表情を見て、香菜が説明しだした。
「あずさのヤツ大丈夫かなぁぁあって、あぶねー。ちゃんとスパッツ履いてたかぁ」
「・・・そっち・・ですか・・」
あずさが側転をして、攻撃があたらなかった事よりも、スパッツを履いている事に対して安堵する香菜に、呆れ気味の声をあげる。
「いや、だって、ただでさえ入学式で一躍有名人になったのが、更に有名になっちゃったら可哀想じゃない」
「た、確かに・・・」
スカートの中を覗かれるという事だけは、乙女としては避けたい。しかし、何故制服なのだろうか。着替えればいいのにと、伊波自身、模擬戦よりも服装に気をとられていた。
「しかし、余裕だね」
「え?何がですか?」
伊波は、何を言われているのかが分からなかった。
「相手は学年3位の実力者。バックアップは伊波のお兄さんなんだよ?」
伊波は、言われて初めて気がついた。
自分が兄である拓斗の心配をしたフリをしていないことに。
「さ、3位なんですか!?お兄ちゃん大丈夫かな・・」
拓斗の相手が3位だと知らなかったフリをして、誤魔化す伊波。
「まぁ模擬戦だし、大丈夫じゃない」
特に怪しんだりせず、香菜は再び窓の外を見るのであった。
ーーーーーーーー
試合は一方的な展開とまでは言わないが、負けていた。拓斗自身はポイントをとられはしないものの、ポイントをとってもいなかった。
バックアップはあくまでバックアップであり、ポイントをとるのはアタッカーの役目である。
「そこまで、10対5で勇樹ペアの勝ち」
「はぁ・はぁ・ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
「ふん。ざした」
「・・・ありがとうございます」
試合が終われば挨拶で終わる。
ありがとうございましたが、ざしたに聞こえたのは気のせいだろうか。拓斗がそんな事を考えていると、1時間目の終了のチャイムが鳴った。
結果は負けであった。
結局あずさは山本からはポイントが取れず、あゆみからポイントを奪ったのだが、5ポイントを取るのと同時に、10ポイント目をとられてしまい負けてしまった。
拓斗自身は勝ち負けに、特に気にしたりはしなかったのだが、頭を下げた後に見せたあずさの表情を見て、罪悪感が生まれてしまう。
その表情は、悔しくて堪らないといった表情であった。
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